第十八章 特攻
ディズムを乗せた特別機は、南極大陸の中心のあるピュトンの工場の上空に来ていた。
「核融合砲計画が表沙汰にされるのは想定内のことだ。この計画はスキュラ作戦と対になっている。二つの計画が発覚することによってより強力な宣伝効果が発揮され、私の真の計画を遂行するための隠れ蓑となる」
とディズムは呟き、ピュトンの工場を眼下に見た。
一方カシェリーナは何時間かして目を覚ました。
「早く行動を起こさないと、そのうち軍が全ての放送局を制圧に乗り出すわ」
彼女は言った。シノンが頷いて、
「確かにな。こうなると、私の家もマーン君やカシェリーナのアパートも危険だな。どこか身を隠す場所を探さないと」
「そうですね。どこかのホテルか……」
とマーンが言いかけると、アタマスが、
「いや、ホテルなどの宿泊施設には、情報部や軍の連中がすぐ来るからだめです。私がいい場所を知っています。そこに一時隠れていて下さい。何日かすれば、情勢も変わるはずです」
と口を挟んだ。カシェリーナ達は、アタマスを見て黙って頷いた。
カロンとヒュプシピュレも行動を起こしていた。
「どうするの、これから?」
走る車の中でヒュプシピュレが尋ねた。カロンは前を見据えたまま、
「ディズムを殺る。依頼を完遂するのが、俺のモットーだからな」
「なるほどね」
ヒュプシピュレはフッと笑った。カロンはさらに、
「それにディズムには確かめたいことがある。あの男、ナリタで俺が狙撃するのを仕向けた節がある。もしそうなら、その礼も兼ねて、丁重に殺してやる必要があるのでな」
と言った。
ゲスは大統領官邸に到着し、執務室の椅子に座るなり、
「地球に対しての侵攻作戦を開始する。地球軍のスキュラ作戦が予想以上に早く展開を始めたとの情報が入った。一刻も早くこの戦争を終結させ、真の平和を手に入れる必要がある」
と言い、インターフォンを押すと、
「特別回線で傍受したカシェリーナ・ダムンの放送を編集し、地球のことだけを全放送局に命じて流させろ。ただし、ネオモントには放送する必要はない。そして、政府のコメントとして、カシェリーナ・ダムンの話に感動し、全面的な支援を約束すると発表しろ。共に悪魔の使いであるディズムを倒すために立ち上がろうとも発表しておけ」
「はっ」
ゲスはニヤリとした。
( 情報は有効に、宣伝は速攻で。戦いに勝つには、この二点を忘れてはならん )
パイア・ギノもカシェリーナの放送を彼女の組織独自の特別回線で見終わり、ソファに横になってグラスを傾けていた。
「あの娘、なかなかやるわね。もう少し早く行動されていたら、私の仕事が一つフイにされるところだったわ」
パイアは楽しそうに笑った。
「でもこれでまた、一つ楽しみが増えたわね。戦争はどうなるのか? そして、二人の愚かな独裁者はどうなるのかってね」
パイアはグラスの酒を飲み干すと、トンとテープルに置いた。そして、
「私は高みの見物をさせていただくわ。カロン、貴方も頑張らないとね」
と言い、笑い出した。
リカス他全部で二十四名は、八機のスキュラへの乗り組みを命じられ、宇宙服を着せられてスキュラに搭乗した。
( スキュラに乗ってそのまま逃げちまえばいい。ついでにあのいけ好かない上官共をぶち殺してやるか )
リカスは心の中でいろいろと思案しながら、スキュラに乗り込んだ。
八機のスキュラは、基地の奥にある発射台に運ばれた。リカスは焦った。
「ま、まさか……」
彼の予想した通りだった。スキュラは直接宇宙へ向けて打ち上げられるのだ。
「畜生、そうはさせるか!」
リカスは操縦桿を動かしたが、スキュラは全く反応しない。彼の横にあるあの独立したパネルが作動していたのだ。もうどうすることもできなかった。
「何故だ? どうして動かせないんだ?」
絶望と苦しみ、そして焦りと嘆き。リカス達は断末魔に近い叫び声と共に、打ち上げられた。
「スキュラ作戦が成功すれば、地球は月に勝つ」
参謀総長は宇宙へ向かうスキュラに敬礼しながら呟いた。
「予想より三日も早く、地球が動き出した」
艦隊の旗艦ポルピュリオンの艦長席で、ララルは呟いた。
( どちらも焦りが見えている気がする。あのカシェリーナ・ダムンの放送が与えた衝撃は計り知れんな )
現に月の情報局は、すでに何百人ものデモ参加者を逮捕しているのだ。ララルはそんな治安当局、ひいてはゲスのやり方を憂えていた。
( どちらが勝っても、人類は滅びるかも知れないな )
彼は未来を悲観的に考えていた。
「全艦、地球に対して散開して行動せよ。次の指示があるまでそのまま待機」
とララルは命令し、シートに身を沈めた。
( 我々は一体何のために戦っているのだ? )
ディズムはピュトンの工場にある様々な機材を太平洋中央の孤島に運ばせた。核融合砲計画遂行のためである。彼はその時、月政府の放送が開始されたことを知らされた。
「ゲスの考えそうなことだな。カシェリーナ・ダムンを支援する、か。恐らくあの放送を自分の都合のいいように編集して流し、国民全員を欺いた上での、人気取りだろう。どこまでも国民の動向を気にする、政治屋だな。確かに世論の後押しは必要だが、支持欲しさに自分の目指しているものを見失ってはならぬ」
ディズムはゲスのコメントを発表する報道官の姿をモニターで見ながら言った。
「連中の宇宙軍が展開したのなら好都合だ。スキュラ作戦はそうでなければ意味がないからな」
ディズムはニヤリとした。
カシェリーナ達は、アタマスが提供してくれた彼の別荘に着いたところだった。そこはニューペキンから南へ100キロメートル行ったところにある、小さな別荘地帯だった。
「この別荘の場所は、会社の人間はもちろん、私の家族にさえ教えていない場所です。取材したものを文章にまとめるために買ったところですから、他人が来るのは困るんですよ」
アタマスは説明しながら、玄関のロックをパスワードで解除した。
「ですからまず、誰かにここを知られる、ということは絶対にあり得ません。安心して下さい。連絡用に専用回線のコンピュータを置いて行きます。こいつは決して傍受されることのない回線を使用していますから、大丈夫ですよ」
マーンはアタマスからコンピュータを受け取り、
「ありがとう、アタマスさん」
と言った。アタマスはニッコリして、
「とんでもない。あのカシェリーナさんの演説、大反響でしてね。EBCにもデイリーアースにも、問い合わせが殺到しています。もちろん、他の地球中の放送局にもですがね」
「私、変じゃなかったですか?」
カシェリーナは赤面して尋ねた。アタマスは笑って、
「そんなことありませんよ。地球のどの女性キャスターより力強くて、美しくて、素敵でしたよ」
「そ、そうですか?」
カシェリーナはますます赤くなってしまった。アタマスは大笑いをして、
「取り敢えず、私は帰ります。何かあったら、デイリーアース内の私の専用コンピュータにアクセスして下さい。こうなると、社内の人間すら信用できないですから」
とカードを渡した。カシェリーナはそれを受け取って、
「何ですか、これ?」
「私のコンピュータの回線のアドレスです。そこにアクセスすれば、どこからもハッキングできませんよ。例え、シノン教授でもね」
アタマスはシノンを見て微笑んだ。シノンは苦笑いをして応じた。
ヘルミオネは、キッチンで夕食の用意をしていた。今は彼女とテセウスは、中央の入り江にあるゲスの別荘に避難していた。
「お母さん」
そこへテセウスが入って来た。ヘルミオネは手を休めてテセウスを見た。
「どうしたの、テス?」
テセウスの顔は、真剣そのものだった。彼は椅子に腰掛けると、
「座ってよ、お母さん」
とヘルミオネに言った。ヘルミオネは手を洗うとテセウスと向かい合って座った。
「何、どうしたの?」
「僕、今日カシェリーナという人の放送を編集される前の状態で見ました」
「そう」
ヘルミオネは、カシェリーナの放送が月で流されたのは、ゲスが命じて手を加えたものだということは知っていた。
「僕はあのカシェリーナという人の言うことは、正しいと思いました。お父さんの言っていること、そしてディズム総帥の言っていることは、間違っていると思います」
「テス……」
ヘルミオネが思っている通りのことをテセウスが言ったので、彼女はびっくりしてしまった。
「でも、悪いのはそんな状況を作り出してしまった、それぞれの国の国民です。お父さんやディズム総帥ばかりが悪いのではないと思います」
「……」
ヘルミオネは言葉がなかった。テセウスは彼女が考えている以上に立派な少年だった。
「だからと言って、今のままにはしておけません。僕は今日、お父さんが帰って来たら、話し合おうと思っています。戦争は何も生み出さないのだということ、地球の人も月の人も、元は同じなのだということ。そして、どちらの国の人々も、望んでいるのは平和に暮らして行けることだということ」
「ええ」
ヘルミオネは椅子から立ち上がってテセウスに近づくと、彼を後ろから抱きしめた。
「お母さん」
今度はテセウスがびっくりした。ヘルミオネは目を潤ませて、
「良かった。貴方は私が望んでいた通りの子に育ってくれました。月にも地球にも偏向しない考えを持った子に。私達や地球の人々に本当に必要なのは、狂信的な愛国精神の持ち主ではなく、相手の心を思いやり、共に生きて行くことを考えられる人なのよ」
「はい」
ヘルミオネはテセウスから離れ、
「お父さんに話す時は、私も一緒に話します。二人でお父さんを説得し、一刻も早くこの戦争を止めるのです」
「はい、お母さん」
テセウスは大きく頷いた。
宇宙は静かだった。ララルは艦長席でじっと外を見つめていた。
( カシェリーナ・ダムンの放送で、軍の内部がかなり動揺している。いくらゲス閣下が都合の悪い部分を編集させたとは言っても、あの娘の言っている独裁者とは、ディズムのことだけでなく、確実にゲス閣下のことでもあるのは明白だ。戦争が長引くと、離反者が続出してしまう恐れさえ出て来た。できるだけ早く決着をつけんと、大変なことになる)
ララルが思索に耽っていると、レーダー係が叫んだ。
「来ました! 地球大気圏内より離脱する敵機がいます! 数、8!」
「8、だと?」
ララルはその数の少なさに耳を疑った。
「ネオモントの戦力を舐めているのか、地球人め」
彼は舌打ちした。
「全艦迎撃用意! スキュラを一機たりともネオモントに近づかせるな!」
ララルは命じた。
ディズムは帰路についていた。彼は特別機の中で、カシェリーナ達の行方について報告を受けていた。
「姿を消したか。足取りは?」
「カシェリーナ・ダムン以下、関係していると思われる四人を追跡調査したのですが、誰も発見しておりません。あの娘が一体どこのテレビ局にいたのか、未だにわかっていません」
SPの一人が答えた。ディズムは目を伏せて、
「わかった。しばらくその件は放っておけ。世論がどれほど騒ごうと、戦争に勝ち、月を滅ぼしてしまえば、国民は結局私の言いなりになるしかないのだからな」
「はい」
特別機はその時かすかに揺れた。
ララルの艦隊は、スキュラの放つ核ミサイルの前に、半滅に近い状態となっていた。
「まさかこれほどの戦力とは……。こんなものがネオモントに突撃したら、確実にネオモントは沈んでしまう」
ララルの額を汗が伝わった。
「スキュラと距離を取りつつ、砲撃! 核ミサイルには十分注意しろ」
とララルは命令した。
しかしスキュラは人が操縦しているのではない。コンピュータにより、リモートコントロールされているのだ。つまり危険度に対して、全くためらいや迷いがないため、人知を超えた攻撃を仕掛けて来た。
「何?」
ララルは仰天した。スキュラの一機が艦隊の中心に特攻をかけ、核ミサイル全てを切り離すと、自らの機銃でそれを破壊したのだ。
「全艦全速後退!」
ララル艦隊は、この狂気の作戦に度肝を抜かれ、戦線を離脱した。スキュラは何隻かの月の艦隊の戦艦を巻き込み、大爆発を起こした。
「狂っている……。このスキュラのパイロット達は一体何者なのだ?」
ララルには、スキュラがリモコンで動かされていることなど、わかるはずがなかった。
「残りのスキュラはネオモントに向かいました」
レーダー係が報告した。ララルはハッとして、
「追撃しろ! ネオモントを潰させてはならん! そして我々も全滅する訳にはいかんのだ」
と叫んだ。
カシェリーナはナターシャの手伝いをして、夕食のための食器をテーブルに並べていた。その時、アタマスが置いて行ったコンピュータから呼び出し音が鳴り響いた。カシェリーナは手を拭って、コンピュータのディスプレイを開いた。
「何かありましたか、アタマスさん?」
カシェリーナはモニターに映るアタマスに呼びかけた。アタマスは大分興奮していて、声がうわずっていた。
「カシェリーナさん、たった今、ゲスが、貴女を全面的に支援すると、月の全放送局からメッセージを送って来ました」
その声にシノンとマーンもモニターを覗き込んだ。ナターシャもキッチンから戻って来て、その様子を見守っている。
「そうですか」
カシェリーナは意外そうに言った。アタマスはさらに、
「それだけじゃありません。DI教団の教主が、貴女と会談したいと言って来ていますよ」
「まァ……」
カシェリーナは酷く困惑していた。シノンとマーンは顔を見合わせた。
「そうですか。わかりました、アタマスさん。ありがとう」
「また何かわかったら、連絡しますよ」
アタマスは言うと、通信を切った。カシェリーナはディスプレイを閉じた。シノンが、
「ゲスが支援をすると言っているのか?」
「ええ。みたいね」
カシェリーナはシノンを見た。マーンが、
「俄には信じ難いな。あの男、謀略で上院議員になった男だし、大統領を殺した方法もかなり狡賢いやり方らしいからな」
「確かにな。とにかく、今のところはしばらく様子を見るしかなかろう。ここを知られたら、元も子もないからな」
とシノンが言った。カシェリーナは頷いて、
「そうね」
「その、DI教団て何ですか?」
ナターシャがシノンに尋ねた。シノンはナターシャを見て、
「DI教団というのは、昔ニホンにあった、新興宗教の団体の会長が、死んで神になったと信じている、愚かしい連中の集まりだよ。大方、カシェリーナを利用して、信者を増やそうとでも考えているのだろう」
と答えた。ナターシャが、
「本当にメディアの力って凄いですよね。私、ここに来る途中、街の中でカシェリーナさんの特大ポスターが掲げられている場所があるのにびっくりしました」
「えーっ? それどこですか? 恥ずかしいなァ、もう」
カシェリーナは赤面して言った。ナターシャはニッコリして、
「いいじゃないですか。カシェリーナさん、美人なんだから、何も恥ずかしいことなんてありませんよ」
カシェリーナは苦笑いした。シノンが、
「それより、ディズムが評議会議長を殺したという証拠の方はどうなったのかな?」
とマーンに尋ねた。マーンはシノンを見て、
「評議会議長が監禁されていると言われている、議長官邸の別邸の航空写真です。赤外線カメラで撮影したためにわかったのですが、別邸内に生命反応が存在していないのです。ディズムは議長達はそこにいると言い切っているのですから、もしいたとしても生きてはいない、ということになります」
「なるほど。直接証拠とは言えんが、間接的に議長の死を暗示しているな」
「ええ、そうですね」
シノンは自分のコンピュータで取り込んだ画像の写真を出してみせ、
「それから、スキュラ作戦が始まったぞ。これは、デイリーアースの通信衛星のカメラが捉えた映像だ。そして、軍の周囲の連中にメールで問い合わせたら、それらしき飛行物体が打ち上げられたと返事をもらった」
「スキュラが?」
とマーンとカシェリーナは同時に言った。カシェリーナは暗い表情になり、
「もしかすると、レージンがスキュラに乗っているかも知れないわ」
「……」
マーンとシノンとナターシャは、黙ったまま顔を見合わせた。