第97話 結婚式(1)
うーん、腕を大きく頭の上に伸ばして深呼吸。
眠気がどんどん抜けて、頭の中が次第にクリアになっていく。
隣で寝ているシルフィとアイシャはまだ目を覚ます気配は無いみたいだ。
……遂にこの日がやってきた。
僕もとうとう結婚か、なんかようやく実感が湧いてきた感じがするよね。
式は午前中に神殿で執り行われる事になっていて、僕はともかくとしてお嫁さん二人は早めに到着している必要があるらしい。
何でも結婚式用の正装があるらしく、その着替えや化粧などで時間が掛かるからみたいだ。
僕自身も結婚式専用の正装があるらしいけど、ぱっと着るだけの物みたいで準備にそれ程時間は掛からないと言う事だ。
中々大変な作業みたいで、僕が神霊の森でクロード達とゲームを行っていた時に二人は事前に何度か実際に衣装あわせをして練習をしていたみたいだ。
……事前の準備がいるなんて、女性は中々大変だよね。
けど、その準備すら二人は喜んでいたから、やっぱり結婚式と言うのは女性にとっては特別な物なんだろうね。
……逆に男からすると、正直言うと中々ピンと来ないんだよね。
取りあえず、実際に式を行えば今よりはずっと実感が湧くんじゃないかと思うんだけど……。
さて、何はともあれ、取りあえず汗やら何やらを落とす為にお風呂に行こうかな。
二人を起こさないように慎重に布団から抜け出す。
すると、ベッドから少し離れた場所に置いてある籠の中身がごそごそと動きだして、中からわっふるが這い出てくる。
「わふっ!」まだ寝ている二人を起こさないよう、少し小さな鳴き声で、僕に肉球を見せながら手を上げて恐らくは朝の挨拶をしてくる。
ちなみに女性陣のお願いで、わっふるは夜、専用の籠ベッドで寝ているんだ。
何でかは……勿論、内緒なんだけどね。
『まいんー、どこいくんだー』
『お風呂だよ、わっふるも来る?』
『おー、おふろー、いくー!おれもいくぞー!』
僕はわっふるをそのまま抱きあげて、仲良くお風呂に向かう。
やっぱり朝はお風呂に入ってシャッキリとするのが良いよね!
本当にアドルの町で、お風呂という物に出会えて良かったよ。
「~♪」
いつものパターンならそろそろアイシャとシルフィも入りに来るんだけど……。
何故だか、今日は来ないよね?どうしたのかな?
ひょっとしてまだ、寝てるんだろうか?
そう言えば、昨晩は事が終わった後、二人とも中々寝付けれなかったみたいだしな。
……ひょっとして、結婚式の事を考えて眠れなかったとかかな?
これは早めに出て、二人を起こさないと不味いかもしれないよ。
……下手したら、衣装あわせに間に合わないかもしれないぞ。
そんな事を考え始めたら、いてもたってもいられなくなってしまい、早々にお風呂を出る事を決断する。
気持ちよさそうに犬かきで風呂の中を”ばしゃばしゃ”とやってるわっふるに出るけどどうする?と聞くと少し考えた後「おれもでるー」と僕の横まで泳いできた。
『もう少し居てもいいんだよ?』
そう言うと『おれいっぴきだと、つまんないー』と尤もな返事を返してきたので『ごめんね、今度ゆっくり入ろうね』とまた一緒に入る約束をして、お風呂から上がった。
よし、体も拭き終わったし、二人の様子を見に行こう!とわっふるに声をかけるべく、体の向きを変えると……。
何故だか、大量の水飛沫が僕目がけて飛んできた。
「な、何事!?」
僕の視線の先には、わっふるが激しく体を”ぶるぶる”していた。
……ああ、そう言う事か……。
「わふ?」
わっふるの体をタオルで拭いてから、再度自分の体を拭き直し、服をちゃんと着て二人を起こしに向かう。
……やっぱりまだ寝てるよ。
やっぱり寝付けれなかったんだろうね……。
って、悠長な事を言ってる場合じゃないよ!
本当に間に合わなくなっちゃう!
「シルフィ、アイシャ、起きて!起きてよ!!結婚式間に合わなくなっちゃうよ!」
僕が裸のままの二人をゆさゆさと揺すると、まずアイシャが目覚めた。
「アイシャ!遅刻しちゃうよ、急いで起きて!」
「あれ?マイン君……」
しばらく寝ぼけているようだったが、覚醒が進み状況を理解すると、悲鳴を上げて飛び起きる。
「きゃーーーー!遅刻しちゃう!」
そのアイシャの悲鳴で今度はシルフィが飛び起きる。
「な、なんだ!?何があった?……あれ、旦那様……」
「シルフィ、急いで結婚式遅刻しちゃうよ!」
「ひ、姫様、不味いです、時間が……」
僕の慌てっぷりと、アイシャの切羽詰まった様子をみて、状況を理解したのだろう。
やっと、シルフィも慌てて行動し出す。
この時点で、集合時間まで、残り一時間程に迫っていた。
ここから神殿まで、馬車でおよそ30分掛かる。
一応、市民の方々へお披露目の意味もあるので、ゆっくりと向かう手筈になってるんだ。
「取りあえず、お風呂入って汗とか流してきて!」
僕がそう言うと、二人は慌ててお風呂へ駆け込むのだった。
……本当に今日大丈夫なのかな??
「……わふっ」
結局、二人は信じられない位のスピードで朝の準備を整えた。
流石に朝ご飯を食べる余裕は無かったけれど……。
……その時の様子を一言で現すなら”嵐”だ。
普段の彼女達と違う姿を見て、新鮮だった反面、驚きも覚えたのは取りあえず内緒だ。
わっふると僕はただ、何も出来ず呆気に取られて見てるだけだった。
神獣であるわっふるが呆気に取られる程の慌ただしさと言えば、想像も付くだろうか。
そして、今僕達は神殿からの迎えの馬車で神殿に向かっている。
沿道からは大勢の人達が僕等を祝福する声が聞こえてくる。
僕等も窓から顔を少し出し、祝福してくれるみんなに軽く手を振って応えていく。
なんか、僕がこんな大勢の人にこうして手を振るなんて、本当に不思議な気持ちになるよ。
そんな多くの祝福を受け、僕達を乗せた馬車は無事に結婚式会場である神殿に到着したのだ。
……なんか、この場所でスキルを貰った時の事を思い出しちゃうね。
考えてみれば、ここから僕の人生が大きく変わったんだね。
そう思うと、感慨深い物があるよ。
僕達は馬車から降りると、男女別々に控え室へと案内された。
アイシャとシルフィの二人は今から衣装を結婚式用の正装へと着替え、神殿長から祝福を受ける手筈になっている。
わっふるもこちらについて行っている。
その後、僕達三人は祭壇に奉られた神様の前で再び、神殿長から祝福を受ける。
決まり事で、新婦は二度祝福を受けるんだそうだ。
……何でかは、よく分かってないんだけどね。
本来は結婚する当事者と神殿長だけが、祭壇に入る事ができるのだけど、僕達の結婚式は特例でわっふるの同席が認められている。
わっふるは幼くても立派な神獣様だ。
神様と一緒に祝福するのにこれ以上の適任はいないと言う事で神殿長から是非にとお願いされた格好である。
ちなみにわっふるが神獣だと知っているのは王族以外では神殿長だけである。
さて、予定通り僕の着替えはほんの五分も掛からず終わったわけで……。
だけど、本番までまだまだたっぷりと時間はあるわけだけど……どうしたものだろう。
そう思案にくれているとドアをノックする音が聞こえる。
一体、誰だろう、神殿長様だろうか?
慌てて、返事をしてドアを開けると……。
そこには国王様を始めとした王家の男性陣が立っていたのだった。
国王様からお義兄さん、ルイス殿下、レクタル殿下の順に祝いを言葉を頂き、感激していると何時も如く、お義兄さんに背中をバンバンと叩かれる。
何時も通り、痛いのだけど何故か今日は心地よい痛みに感じられた。
ちなみに、二人の王妃様とエアリーはシルフィとアイシャの所に行っているらしい。
「そう言えば、マインよ。家名は決まっているだろうな?」
国王様が尋ねてくる。
「はい、決まりました”フォルトゥーナ”でお願いします」
「ほう、中々良い家名を決めたな、よかろう」
国王様からの承認を得て、今日から僕の名前は”マイン・フォルトゥーナ”へと変わる。
文字通り、今日と言う日は人生において新たな一歩となる。
僕は数時間後に始まる人生の晴れ舞台へと心を馳せるのであった。
何時もお読み頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
【改稿】
2016/12/23
・神殿内でのわっふるの居場所について追記。