第92話 訓練開始
「全員、整列ッ!!!!」
騎士団長の号令が、広い演習場全体に響き渡った。
その号令の下、第一騎士団と第二騎士団の団員が一斉に集合し、整列を完了させる。
一糸乱れぬ、その行動にしがない田舎狩人の僕は呆気に取られてしまう。
「……うわぁ、凄いや」
僕が呆気に取られる様子を見て、お義兄さんは笑みを浮かべている。
なんか凄く楽しそうだ。
「全員、気を付けッ!これよりアルト殿下のお言葉がある」
騎士団全員が注目する中、お義兄さんはすっと前に進み出て、声を張り上げる。
しばらく訓練に参加出来なかった事を詫び、今日の訓練から復帰する事を告げた。
そして……。
「皆も知っているとは思うが、第一王女シルフィードが今度結婚する事になった。
シルフィードの相手が此処にいるマインだ。
将来有望な若者ではあるが、まだまだ未熟なのは否めない。
そこで、私が彼を預かり、基礎からみっちりと鍛えようと思っている」
そう宣言されて、僕は神霊の森でのゲームでお世話になった騎士の方々で構成されている分隊に預けられる事になった。
「マイン殿、宜しくお願いしますね」
「マイン殿、頑張りましょう!」
たった、二日の短い間だったが、顔なじみとなった騎士の人達が声を掛けてきてくれた。
「はい!アルト殿下が言われたように未熟者ですので、ご指導の程、宜しくお願いいます!」
挨拶を交わした後、早速訓練が始まった。
基礎体力をつけるために、基本となる走り込みが最初のカリキュラムらしい。
この走り込み。
基本とはいえ、騎士団員達にはかなり重要視されているようで、訓練日でなくとも行っている団員が多いらしい。
僕もスキルを使わないで、訓練に参加しているんだけど、思った以上にきつかった。
周りには普段から鍛えている人達ばかりなので、体力が足りていない僕はどんどん取り残されていく。
お義兄さんの言うとおりだね。
確かに僕にはこういった基礎的な物が全く足りてないのがよく分かる。
……すごく、しんどいし辛いのだけど、僕はとにかく必死に前を走る騎士団員の人達の背中を追いかける。
今は追いつけなくてもいい。
だけど、絶対に最後までやりきる。
そう強く決心して、ひたすら足を動かし、走る事……約一時間。
やっと走り込みが終了した。
僕はその場に倒れ込み、ぜー、ぜーと呼吸を整える事に専念する。
すると、そこに同じように走っていたお義兄さんがやってきた。
微妙に汗はかいているようだが、息は全く乱れていない。
「最後まで、よく頑張ったじゃないか、義弟」
「……はぁ、はぁ……自分の…体力の無さを……実感してます……」
僕が息も絶え絶えにそう言うと、腕を組んで大笑いを始めるお義兄さん。
いや、そんなに笑わなくてもいいのに……。
「どうだ?少しは私の言っていた意味が分かってきたか?」
「……はい……」
「王都からルーカスの町という距離の問題が無くなった以上、これから毎日ここで学んでいくんだ。
お前の場合、ある程度まで基本が出来るだけで劇的に強くなるはずだ。
いいか、辛いかもしれないが必ずやりきるんだぞ。
次のメニューは柔軟だ、これも大事な体作りには重要な要素だからな。
しっかりとついてこいよ」
そう言って、再び騎士団全体を見渡せる場所へとお義兄さんは戻っていく。
……が、急にお義兄さんが振り向いて僕に一言かけてきた。
「ああ、言い忘れていたが回復魔法で疲れをとるんじゃないぞ?
それでは、身にならんからな。
体が自分自身で治していく力を高める事も大事だからな」
そう言って、今度こそこの場を去って行ってしまった。
そして、体力が回復しきらない状態のまま、お義兄さんの宣言通りに柔軟訓練が始まった。
まずは体の筋を伸ばす運動を何セットか行う。
呼吸を一定に保ち、空気を吐き出しながら開脚や柔軟体操を行った後、二人一組となる。
普段使わない体の筋を伸ばす為に、あり得ない角度になるまで脚を開かされたりした。
一見、地味な訓練なのだが、先程の走り込みとは違う意味で辛い。
本気で痛みのおかげで気絶しそうになるのだ。
そんな地獄とも言える柔軟訓練は、やはり走り込み同様に約一時間行われた。
「……死んじゃう……」
再び地面に大の字になって寝転がった僕の口から出たのは、この一言だった。
本格的な訓練なんかは、今までした事が無かった僕には本当に新鮮な体験ではあったけれど……。
やっぱり辛い事は辛い訳で……。
「……騎士団のみんなは凄いなあ……」
僕の何気ない呟きを聞いた騎士団長が笑いながら声をかけてくれる。
「マイン殿、我々は長い間、これを続けていますからね。
今日初めて体験されるマイン殿とは条件が違いますよ。
寧ろ初めてなのに頑張ってると思いますよ」
……うん、確かにそうだね。
僕の大好きな向日葵だって、種を植えてすぐには生えてこないもの。
お義兄さんが言ったように毎日の積み重ねが大事なんだ。
うん、頑張ろう!
慰めてくれた騎士団長さん、本当にありがとうございます!
柔軟訓練の後は、長めの休憩だったと思う。
さて、次の訓練は何だろう?
「よし、義弟よ、こっちに来い。ここからは、お前専用の訓練だ」
お義兄さんに呼ばれ、そのまま訓練場の端っこに連れてこられた。
「これを持て」
お義兄さんがそう言って僕に渡したのは……以前の模擬戦で使った木製の短剣だった。
ん?模擬戦をまたやるのかな??
「今から、短剣の型をいくつか実演するからな、良く見ておけ。
慣れてきたら短剣が本業の奴を付けるが、先ずは私が見本を見せよう」
そう言って、お義兄さんがしばらく短剣を使った型を実演していく。
十通りほどの型を実践した後、僕にも同じ事をやってみろと言われ、早速試してみた。
「……違う、そうじゃない!腕の動かし方が全然ダメだ!」
「そうじゃない!もっと肩から力を抜け!」
「そう、そこだ!振り抜け!……違う、さっき俺がどうやってやったか思い出せっ!!」
何度も何度もやり直しを受け、気が付けば全身から汗が吹き出していた。
「……そろそろ休憩するか」
僕は再び地面にへたり込む。
明日、絶対筋肉痛だよ……、間違いないと思う。
「いいか、義弟、休憩が終わったら力の抜き加減を考えてやってみろ。
今、お前は疲れのピークになっているだろう?
体が自然に楽をしようと無駄な動きを省こうとする。
そう言った動きを取るようになればしめたものだ。
後は、体にその動作を覚え込ませればいいんだからな」
そんなアドバイスを受けながら、休憩は過ぎ去っていき、再び型の訓練が再開された。
……結局、その日の訓練が終わったのはそれから二時間後の事だった。
「よく頑張ったな、お疲れ様だ」
疲れ果てて地面に寝転がっている僕にお義兄さんは労いの言葉をかけてくれたのだった。
何時もお読み頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
【改稿】
2016/12/18
・全般の誤字を修正。