第80話 第二の神獣
「……まさか【カット&ペースト】にそんな力があるなんてな」
ルイスがぼそりとそう呟いた。
確かにあの能力は私も予想外だった。
模擬戦の時、妙にスキル頼りの戦い方をすると思ってはいたが、この能力を知った今では納得も出来る。
もしあの時、義弟が私のスキルを奪い、持っているスキルをフル活用したのならば間違いなく負けていたのは私だろう。
だが、これから王族に近しい者となれば、義弟の敵は物理的な力を持った者だけではなくなる。
ハニートラップ、は流石に無いとは思うが、油断した所を暗殺されるとかそんな事だってあり得るのではないか。
対人戦闘においても、まだまだ未熟なのは間違いない。
約束通り、早めに稽古を付けてやらねばならんな。
「……兄さん、本当に彼は安全なんだろうか?」
私が今後の義弟の戦闘訓練に思いをめぐらせていると、ルイスが心配そうに尋ねてくる。
「……私も少し心配ですわ」
ん?エアリーもなのか。
まあ、確かに”あの能力だけ”を考えれば心配にもなるかもしれんな。
神様から授かった唯一無二の能力であるスキル。
それを知らないうちに、取られてしまう可能性があると言うのだ。
不安になるのも無理は無いか。
……逆に私のように心配にならないという方がおかしいという事か。
「お前達、心配はいらんぞ。
冷静に考えてみろ、義弟がスキルを私達から奪う気があるのなら、とっくに奪っているに決まっているだろう?」
「「……あっ」」
冷静も考えてみれば、理解出来る事だ。
もし、ルイスとエアリーの二人が危惧するような事を考える輩が、そんな力を持っていたら……。
すぐ目の前にあるスキルをさっさと奪わない等という選択肢は無いだろう。
何しろ、相手を弱体化させ、自分の能力が上がるのだからな。
それこそ、後先など考える必要すら無い筈だ。
これを今回の義弟に当てはめて考えてみればよく分かる。
先ず、スキルの強奪をしたいのならば、今回のように我々に能力を言う必要性が全く無い。
スキルをさっさと奪い、我々を殺し、神獣を呼ぶ時に見せたスキルで逃げればいいのだから。
更に、義弟には神獣の後ろ盾もあるのだ。
単騎でオーク・キングを倒せる人間と神獣フェンリル、どれだけ規格外な組み合わせだ。
この組み合わせ相手にどんな軍隊を差し向ければ倒す事が出来るんだろうな?
すなわち、現時点での単純な戦力比で考えれば、義弟にそれを遠慮する理由なんかない。
それでも、義弟は我々に能力を打ち明けたのだ。
神獣の後ろ盾を得たのも我々を脅す目的などでは無く、寧ろ敵対しないで済むように心理的な保険を掛けたかっただけだろう。
それ故、我々がしなければならないのは義弟を信じ、友好を深める。
それでいいのだと私は思う。
私の考えを二人に伝えると、完全に割り切った訳ではないだろうが、先程よりは落ち着いた表情を見せていた。
「姉さんもとんでもない人物を伴侶にしたなあ……。
まあ、姉さんのクランとうちのクランの提携は決まってる事だから、寧ろ彼がそれ程の人物ならば売りに来てくれる素材に期待が出来ると言ったところか」
ルイスもそんな軽口を叩く余裕も出てきたようだ。
「……そうですわね、私達は王族としてお義兄様が行動しやすくフォローをすればいいんですわね。
これから目立ってくれば、どうしてもよからぬ事を考える貴族達はいるでしょうし……」
よし、これで恐らく我が弟妹は大丈夫だろう。
後は義弟と親好を深めていけば、自ずと解決するはずだ。
私は再び、思考をどのようにして義弟を鍛えていくか、その事に切り替えていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『マインが言っておったドラゴンの幼体……人ごとでは無いな。
我も力を少しばかり貸してやるか、子供と引き離される心情よく理解できる』
少しの間、我が外に出ていたタイミングで我が子が人間に連れ出されてしまった。
人間など見た事も無い子供達は興味本位で人間達に近づいてしまい、あの忌々しい隷属の首輪を取り付けられてしまったのだ。
子供達の鳴き声で、攫われた事に気が付き、急ぎ追いかけ何人かの人間を始末した。
やっと追いついたのはいいが、追いつめられた人間は可愛い坊やに短剣を突き立てた。
あの時の喪失感、怒り……思い出しただけでも心がかき乱される。
子供を攫われたというドラゴンの親も今まさに同じ思いをしているのだろう。
本来ならば我が介入するべき事ではないのかもしれん。
だが、同じ子を持つ親として何か手助けをしてやりたいのだ。
『ドラゴン、といえばヨルムンガンドに聞けば何かわかるかもしれんな』
ヨルムンガンド、我と同じく神よりこの大地を守護する役目を任された神獣の一柱。
ドラゴン族を司る至高の存在、そして我が弟である。
『ヨル、聞こえるか?ヨル……我だ、フェンリルだ』
『ん?おうフェン姉か?久しいな、今立て込んでいるんだが緊急の用件か?』
『……恐らくその立て込んでいる理由に関係あると思われる話だ』
子供達が攫われた事、マインとの出会い、一連の話をヨルムンガンドに伝えていく。
すると、予想通り、忙しかった理由はまさに子竜が攫われた事が原因だった。
『ぬぅ、人間共め……フェン姉の子供にまで手を出すとは度し難いな。
一度、滅ぼした方が良いのかもしれんな』
『まあ落ち着け、幸いマインのおかげで子供達は無事だ。
だが、その子供を攫われたドラゴンの心情を察すると我もつらいものがある。
今、マインが子供を救出すべく動いておるからな、我も力を貸そうぞ』
ヨルに子供の居場所が掴めたら、すぐに連絡を入れる約束をし、念話を終える。
次は今、打ち合わせた内容をマインに伝えねばならないだろう。
『……マインよ……応えるがいい』
『はい!フェンリル様!』
マインに用件を伝える、少しでも早く子供を親ドラゴンに返せる事を願って……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……やはり、それが一番確実な方法なのか。
大丈夫だとは思うが、断られる可能性も考慮せねばならんな。
「第一騎士団をすぐにアドルへ向かわせろ!!!」
私は騎士団長に命じて、騎士団をアドルの町へと派遣した。
一刻一秒を争う事態なのだ、判断の遅れが致命傷になりかねん。
走りゆく騎士団長の背中を見送りながら、私自身も行動を開始する。
目指す先は……娘の婿であるマインの部屋だ。
「すまん、私だファーレンだ。入るぞ」
先触れにメイドを送っておいたので、すぐに娘が出迎えてくれた。
娘達の居室に入り、婿殿の姿を探すが見あたらない。
「シルフィよ、婿殿はどうした?」
「ああ、旦那様なら……」
娘が口を開きかけた瞬間、隣の部屋から婿殿が現れた。
「婿殿、済まぬが力を貸して貰えないか。
……ドラゴンの子の隠し場所が分かったのだが、非常に遠い。
一刻が惜しいのだ、先に見せてくれた移動方法で救出に向かっては貰えぬか?
私利私欲のためにでは無く、罪の無い国民の命を救う為に……。どうかこの通りだ」
私が頭を下げると婿殿は慌てて頭を上げるように言ってくる。
こんな頭を一つ下げるくらいで、罪の無い国民達の命が救われると言うのなら安いものだ。
「協力しますから!だから頭を上げて下さい!国王様!
それにフェンリル様からも協力するように言われてます。
子ドラゴンは今、何処にいるんですか?」
神獣様が協力!?それは何にもましてありがたい話だ。
婿殿も協力してくれるというなら、この問題も解決が約束されたものだろう。
「……その場所は迷宮都市、アドルだ」
何時もお読み頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
この話を皆さんが読まれる頃(予約投降の時間)、私は新幹線の中におります。
本日と明日の二日間、出張となっております。
明日の分まで書き上げておりますので更新が滞る事はありませんが、誤字等の対応は出来ません。
宜しくお願いします。
【改稿】
2016/12/08
・全般の誤字を修正。
・アルトが弟妹に説明する場面の言い回しを修正。
2016/12/10
・アルトの思考部分の言い回しを一部修正。
・フェンリルの思考部分の言い回しを一部修正。
・「御しがたい」→「度し難い」に修正。