第59話 町の英雄
家名は取りあえず、後回しにしよう。
思い浮かばないものはしょうがないもの。
幸い、まだ時間があるみたいだしね。
「取りあえず、王都でまとまった話はこれ位だな……後は……」
ん?まだ何かあるのかな?妙に顔が赤いけど……。
「……いや、何でもない。では、私はこのまま町長の所にいくとしよう」
「私も姫様に付いていきますよ、町長なら面識が有りますしね」
何か言いたい事でもあったのかな?本人が何でもないというならいいのかな?
アイシャも町長さんの所に行ってくれるなら、心強いよね。
何せ、元ギルドの人気受付嬢だもん。
それなりに会話もしたことがあるのだろうと思うし。
「うん、分かったよ!僕は親方の所に行ってくるよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「姫様、言わなくても良かったのですか?」
アイシャが聞いてくる。
私がさっき言えなかった事を察しているのだろう。
「……いや、いざ口に出すとなると恥ずかしくてな、どうにも言いづらい」
まさか、直球で抱いて欲しいなど言える訳がない。
アイシャだけが抱かれた今の状況は私としては見逃す事が出来ない状況だ。
アイシャには申し訳ないが、立場的に正妻は私という形になるだろう。
正妻であり降嫁するとはいえ、王女というよりも先に側室が子を成すという状況は当然避けねばならない。
勿論、クランの設立が決まった今、三人しか居ない中でいきなり妊娠しましたなど洒落にならない事態ではあるがあり得ない話では無い。
旦那様もアイシャもその辺は分かってはいるみたいで、ちゃんと避妊はしていたようだが……。
「まあ、なんだ……夜になったら……言う事にする」
この辺はアイシャと私の歳の差が物を言うのだろう。
こういった事に私は免疫が無いからな。
夫婦の問題というのは中々難しい物だ。
そんな重要かつ、どうにも照れる話をしながら私達は町長のいる役所へ到着する。
「さて、いくか」
私達は役所の中に入っていく。
受付で町長に会いたいと伝えたが、アポイントが無いと会えないと断られてしまう。
ああ、そうか。
正体が分からないよう、フード付きのローブを着ていたのだ。
アイシャと一緒だったのですっかり忘れていた。
フードを外し、素顔を見せて再度受付嬢に話しかける。
また来たのかという表情を見せる所を見るとまだ私の事は分からないのだろう。
するとアイシャが私に任せて下さいと目で合図を送ってくる。
「久しぶりね、ビルトさん」
アイシャが声を掛けるとビルトとか言う受付嬢が少し考え込む様子を見せる。
そして、顔と浮かんだ名前が一致したのか、笑顔を見せてアイシャに返事を返す。
「誰かと思えば、アイシャさんでは無いですか、今日はギルドの用事だったのですか?」
私の方をちらっと見てからアイシャにそう話しかける。
「いえ、実は先日ギルドは退職しまして、今日は私用なんですよ」
そう言いながら、アイシャは受付嬢の耳元で何かを囁く。
……多分、私の正体を話してるんだろうな。
案の定、アイシャが囁き終わり、彼女から離れるとクワッと目を大きく見開き私を見つめている。
そして可哀相な位に頭を下げて、謝罪の言葉を発する。
「申し訳ありません!!!まさかシルフィード殿下とはつゆ知らず、ご無礼をお許し下さいっ」
「頭を上げてくれ、いきなり来たこちらが悪いのだ」
頭を上げるように言っても中々上げてくれない。
ひたすらに謝り続けている。
これでは話が進まない。
すると再びアイシャが彼女に話しかける。
「姫様をお待たせする方が不敬では無いですか?」
そう言うとビクっと体を震わせてたかと思うと猛烈な勢いで立ち上がり「すぐ町長に話をして参ります」と走っていった。
う~ん、中々極端な性格のようだな。
受付嬢が居なくなってしまっては困るのでは無いだろうか。
アイシャも彼女の突然のこの行動は予想外だったのだろう。
苦笑しながら、彼女が走り去った先を見つめている。
そして、五分も経たないうちに彼女は戻ってきた。
それはもう猛烈に息切れをおこしながら……。
アイシャに習ってでは無いが、どうにも勝手に苦笑いが出てしまう。
「殿下、お待たせ致しました。執務室までご案内させて頂きます」
「……いや、受付が居ないのは不味いのではないか?」
「大丈夫です!」
大丈夫じゃないと思うのだが……まあ本人がそう言うのならば仕方ないだろう。
大人しく彼女の後を付いていく事にする。
「シルフィード殿下がお見えになりました」
受付嬢が扉を開けて入室する。
私達も彼女に続き、部屋の中へと入っていく。
「シルフィード殿下、ようこそお越し下さいました。
ルーカスの町長を務めておりますサマバと申します」
呼ばれるまで仕事をしていたのだろう、椅子から立ち上がり応接用の長椅子を奨めながら挨拶する町長。
……ふむ、見た感じ中々良い為政者のようだな。
立場上、こういった都市の代表者に会う事は多いのだが、たまにいるのだ。
政を行う立場なのにも関わらず、私利私欲しか考えていない者が。
「忙しい中、仕事を中断させてしまい申し訳ない。
シルフィード・オーガスタだ、以後宜しく頼む」
奨められた長椅子に腰掛けながら、突然押しかけてきた事を詫びる。
「いえ、姫騎士と名高い殿下をお迎え出来、嬉しく思っております。
ところで御用向きは何でしたでしょうか」
アポイントも無しに突然王族が尋ねてきたのだ、当然何をしに来たのか気になるだろう。
後ろめたい事が無くとも、不安になるものだ。
「身構えなくても大丈夫だ、何かの査察という訳ではない。
実は今度結婚する事になってな、相手がこの町の者なのだ。
そんなわけで私もこの町でやっかいになる事になった。
その挨拶と少しばかりの頼みがあってな、今日は……」
「ほぉ、おめでとうございます!!!
そうですか……殿下がご結婚を……いや!めでたいですなあ!
して、お相手はこの町の者ですが……ふむ、ロゼリア家のクロード様ですかな?」
「いや、貴族では無い。身分で言えば平民だな」
「ほう、姫騎士と名高い殿下を射止めた平民、ですか……羨ましい事ですなあ。
宜しければお相手の方のお名前を教えて頂けますかな?」
「町の裏手に住んでいる狩人のマインという今年成人した若者だ、知っているか?」
「……マ、マインですと……!?ダインさんとユキノさんの忘れ形見……マイン君の事ですか!?」
旦那様の名前を聞いた途端、町長の反応が激変した。
「ここでも御父様の名前が……」
ん?アイシャが気になる事を言ってるな。
「どういう事だ?」
アイシャに尋ねると風呂の作成を頼みに行ったときも職人の親方が同じような反応をしたのだという。
私達の会話を聞いていた町長は「当然でしょう」と一人で納得している。
よくよく聞いてみると旦那様のご両親はこの町の恩人なんだそうだ。
詳しくは話してくれなかったが、ある程度の年齢を越えた住民達のほとんどが感謝し、今でも尊敬しているらしい。
旦那様の礼儀正しい振る舞いもあるのだと思うが、影ながら支援をしてくれている町民も多いと言う。
また、マインという名前を知らなくてもダインの息子と聞けば、それだけで協力を惜しまない人間が多いだろうとの事だった。
「……勿論、この私もダインさん達には感謝しております。
そうですか、マイン君が殿下の……」
この後は実にとんとん拍子に話が進んでいった。
クランを設立する事、それに伴いクランの本拠地を建造したい事。
町長は快く許可を出してくれた。
土地の代金も利益度外視で提示してもらえた。
これは私の立場がどうこうという事ではないな。
最初から旦那様が来ていても良かったんじゃないかと思わないでは無いが、旦那様のご両親の事を聞けたのは私にとってもアイシャにとっても良かった事だろう。
こうして、私とアイシャの二人は無事目的を果たし、帰路へと付いたのだった。
「姫様、あそこにいるの……マイン君じゃないですか?」
アイシャが少し遠くを歩いている旦那様を発見する。
……だけど、なんか様子がおかしいな?どうしたのだ?
私とアイシャは旦那様に気が付かれないようこっそりと後を付ける事にした。
私達で何か力になる事が出来ればいいんだが。
何時もお読み頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
家名について皆様より、非常に沢山のご意見を頂きありがとうございます。
私には思いつかないような物も沢山ありまして、目移りしております(笑)
家名の募集につきましては、11月16日までとさせて頂こうかと思います。
どんなかっこいい名前になるのか私も楽しみです。
引き続き宜しくお願いします。
※なんとなろうのトップページPICKUPに本作が出てました!
超びっくりです。