第52話 お風呂を造ろう!
夜が明けて、顔を洗うべく井戸水を汲みにいく。
【常時:水】の小石を使っても良かったのだけど、目覚めに顔を洗うなら冷たい井戸水の方がスッキリすると思うんだよね。
昨日の晩ご飯はアイシャが気を遣ってくれたので、今日は僕が作ろうと思う。
顔を洗ってスッキリしながら、朝ご飯を作り始める。
後は盛り付けのみという段になって、アイシャが起きてきた。
昨夜は結構遅い時間まで部屋を片づけていたみたいで、珍しく眠そうだった。
「ごめんね、朝手伝えなくて」
笑いながら気にしないでいいよと伝えると、ニコニコ笑いしながら何も言わずに盛り付けを手伝い始める。
「もう終わるからゆっくり休んでいていいよ、昨日は僕が甘えちゃったしね」
僕がそう言ってるうちに、彼女は盛り付けを完了させてしまった。
流石【料理Lv6】手際がいいね。
「ご飯を食べ終わったら、昨日言ってたように職人さんにお風呂の事を相談しようと思うんだ。
アイシャは腕の良い職人さん知ってるかな?」
「うーん、ギルドが仕事を頼んでいたドワーフの人が居るからその人を訪ねてみる?」
ドワーフの職人さん!それは腕が良さそう!
何か良いアイデアも持ってそうだよね、今後も何かお願いする事があるかもしれないし……。
是非、その職人さんに相談してみよう!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アイシャに連れられ、件のドワーフの職人さんの工房に到着した。
僕の家も大概町の外れに建っているけど、職人さんの工房もホントに町外れに建っていた。
狩人を営んでいる僕の家の周りは空き地ばかりで寂しげな感じなんだけど……。
こちらは何軒も工房や酒場の建物が建ってて、それなりに人通りもあるから町外れと言ってもそれなりに活気のある場所のようではある。
「親方さん、いらっしゃいますか~?」
アイシャが工房の入り口を開けて、中に声を掛ける。
すると、受付らしき場所に座っていたドワーフの女性が返事をしてくれた。
「あらま、アイシャさんでないの。親方に用事かい?ちょっと待っておくれ、今呼んでくるからよ」
妙に独特の喋り方の受付の女性はドタドタっと工房の奥へと走って?いった。
しばらくすると、何か作業をしていたのか顔を煤のような物で真っ黒にしたドワーフにしては長身なお爺ちゃんがやってきた。
「おう、アイシャちゃんでねえか!ギルド辞めたって聞いたんで心配しとっただよ」
満面の笑顔でアイシャに声を掛けてきたのが、この工房の親方のようだ。
「ええ、突然ですみませんでした。今度結婚をする事になりまして……」
僕の方を見ながら、アイシャがそう言うと親方は初めて僕の存在を認識したようだ。
「おはようございますっ!マインって言います!」
僕が何時も通り、挨拶をすると親方は少し面食らったようだったが、すぐにニカッと歯を見せて笑顔を向けてくれた。
お父さんとお母さんが教えてくれたように、挨拶は大事だね!
「ほうか、ほうか、マインというのか。儂はこの工房の主でロクじゃ。覚えておいてくれや」
ロクさんは豪快に笑いながら僕の背中をバシバシ叩いてくる。
……痛い、けどいい人みたい。
僕が背中を叩かれているのを見て、アイシャも苦笑しながら見守っている。
いや、見守るんじゃなく、出来れば止めて貰えるよう言ってくれると嬉しいんだけどね?
しばらく僕の背中を叩いていた親方だったけど、満足したのか叩くのを辞めて立派な顎髭をさすりながら尋ねてきた。
「ほんで、今日は何の用じゃな?結婚の報告でもきたんだか?」
「いえ、家にお風呂を造ろうと思って、相談に来たんです」
そう言って、お風呂の構想を親方に話していく。
・大きめの風呂桶。
・風呂桶の側面に3cm×3cm位の窪みを幾つか付ける。
・お湯を作る機構、水を入れる機構は不要。
・排水は魔導具を使用し、濾過しタンクに溜めておき、家庭内で再使用出来るようにする。
「うーん、お湯を作って風呂桶に入れる部分を省いてええなら、三日もあれば作れるが……。
本当にそれでええのか?お湯を入れるの大変じゃろう?」
通常は専用の魔道具を使い、井戸などから水を引き、それを専用の窯で暖めたお湯を湯釜に流し込むそうだ。
その為、工事費や魔道具の代金が馬鹿高い事と工事が大がかりになる。
それがネックで、お風呂が一般に普及しない原因となっているようだ。
「ええ、それで大丈夫です!」
親方は戸惑いながらも、そう言うならと家の風呂工事を請け負ってくれる事になった。
丁度、工房的に暇な時期だったようで、早速今日から風呂桶の作成に入ってくれるらしい。
親方さんは数名のお弟子さんを連れて、このまま家に来て、場所の工事をしてくれるとの事。
思ったよりも早く話が進んでいく。
これならシルフィが来る前に間に合うかもしれないね。
親方さんにホント感謝だよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ダインの家じゃねえか、んじゃなんだ?マインってダインの息子だか?」
親方さんを家に案内するといきなり驚いていた。
何でもお父さんのお友達だったらしい。
お父さん、顔が広いのは知ってたけど……。
肉屋さん、錬金術屋さん、武器屋さん、防具屋さん……そして親方……。
広いってもんじゃないんじゃない?
僕がお父さんの息子と知って、親方の気合いが半端じゃない。
ダインの家をいじるのに妥協は許せねえ、そう呟いてるのが聞こえてくる。
人が変わったようにお弟子さんに声を掛けている。
「ええか!おめえら儂らが出来る最高の仕事ばしろ!」
その勢いに僕とアイシャは顔を見合わせて苦笑する。
親方に発破を掛けられて、お弟子さん達も気合いが入っているようで、みるみるうちに内装が出来上がっていく。
しかも、明らかに打ち合わせよりも豪華な作りになっているみたい。
「お、親方さん……打ち合わせより豪華になってます!」
いくら、金銭的な余裕があるとはいえ、予算と言う物はあるわけで……。
「んなこたあ、気にすんなあ、さっき決めた予算できっちり作るでな。
それより楽しみにしてるがええ、最高級宿屋に負けねえくれえのすんごい風呂つくっからなあ」
ああ、親方が暴走してる。
もう止める事は出来ない……。
工事は結局、深夜まで及びなんと風呂釜以外は全て完成してしまった。
養生があるとかで、しばらくは立ち入り禁止と言われたので、完成した風呂場はまだ見てはいないけど、すごい事になってるんだろうなあ……。
作業をしていた親方含め弟子さん達が帰っていく時に妙にやりきった男の顔をしていたのが実に印象的だった。
いいんだろうか、予算大きくオーバーしてると思うんだけど……。
翌日、風呂桶の作成に時間が掛かっているからと今日の作業が中止になったとお弟子さんが伝えに来た。
お弟子さん……目の下に隈が出来てたけど、まさか昨日帰ってからまだやってたんじゃないよね??
更にその翌日、シルフィが王都に向かって八日目。
早ければそろそろ、帰ってくる頃だと思う。
何とかそれまでにお風呂を完成させて驚かせて上げたい。
本来なら今日の完成予定だったんだけど……親方の暴走で高級宿すら越える風呂場を作ってるので、終わるかどうか微妙だ。
けど、完成の為に目の下に隈まで作って頑張ってくれている工房に人に無理を言える訳がないからね。
お昼頃になり、寛いでいると親方が弟子達を引き連れて家にやってきた。
「最高の風呂桶が出来たでよ!」
嬉しそうに満面の笑顔でそう言いながら、工事中の風呂場に向かっていった。
本気で今日中に終わらせるつもりみたい。
後で親方から聞いたのだけど……途中で何があろうが工期を守って最上の物を作るのが職人の責任なんだって。
暴走したからと言って、最初に三日と言った以上、親方はその段取りで動いてたって事だ。
アイシャは本当にいい職人さんを紹介してくれたよね。
お父さんの事もあったのだろうけど、この姿勢は僕も大いに見習うべき所だと思う。
……まあ、お弟子さんはきっと死ぬ思いだったんじゃないかと思うんだけどね。
本当にゴメンナサイっ!
そして、それから約2時間後……親方渾身のお風呂が完成したのだった。
「養生の時間があるからの、使うのは明日からにして貰えるかの?いや、ほんにええ仕事だったわ」
元々、契約した代金は金貨800枚だった。
しかし、出来上がったお風呂場はどう考えても素人の僕が見てもそんなもんでは済まない出来映えだった。
完成したお風呂を見てみるとアドルの町で泊まった銀の鈴亭のお風呂場よりも大きく、豪華なお風呂場だった。
大きめのお風呂を頼んだのだから大きいのは当然なんだけど、言うのと見るのとでは全く違っていた。
それに親方曰く、床には高級建材のなんちゃら石(名前聞いたけどよく覚えていない)っていうのを敷き詰めているとの事。
何でもこの石材は滑りにくく、水分が乾きやすい性質を持っていて値段は高いが風呂場に使うには間違いがない物らしい。
更に、壁はやたらといい香りがする木の板で覆われていた。
まるで森の中にいるような、落ち着いた感じがする香りで、これも結構高い建材みたいだ。
そして何と言っても風呂桶。
この風呂桶も床板とは違う高級建材を使っているそうで、黒っぽい光沢が美しかった。
更に凄く細かい飾りが彫り込まれていて一種の美術品みたいになっている。
僕がお願いした小石を入れておく穴もきちんと作られていて親方が言うように高級宿に負けない出来映えと言えるだろう。
親方にお礼を述べ、代金を白金貨10枚手渡した。
当初の金額以上だが、僕はそれでも安いと思っていた。
親方は固辞していたのだが、心からの感謝の気持ちですと僕とアイシャが頭を下げると、渋々と受け取ってくれた。
何はともあれ、待望のお風呂がこれで完成だ。
明日、入るのを楽しみにしよう。
何時もお読み頂きありがとうございました。
再生について色々ご意見を頂いておりますので、少し私の思う事を書かせて頂きます。
何人かの方にご指摘を頂いております素材に戻るのでは、という件ですが、これは実は私も最初思いました。
今後の話の中でいれれたら説明はしようと思ってはいますが、流れ的に説明出来るかどうか分からないので
ここで書いてしまいます。
再生の起点は対象物に名前が付けられた時、要はその対象物がその存在になった時と考えています。
なので装備品などは”鋼鉄短剣”と名付けられた所まで再生を行います。
シャム猫さんの感想が非常に近いですね。
ただ、生物への再生をこの概念を持ち込むと赤ちゃんに戻ってしまいます。
なので、生物と静物で起点については別扱いという事にしました(自分でも苦しいとは思いますが)
カットでも別扱いなので、そういう物だと思って下さるとありがたいです。
生物の起点は成長が働いていない状態を起点としようと思います。
つまり、怪我も欠損もない状態に戻るという事ですね。
また、再生スキルを付けた者の”死”の判定ですが、心臓が止まった、もしくは脳が破壊された時点と考えています。
※トロールが心臓を潰されて死んでいます。
再生は肉体を再生するだけで断ち切られた精神は戻せないという位置づけです。
無論、これでも色々と突っ込み所はあるのでしょうが、こういう物だとご理解を頂ければと思います。
死んだら静物扱いで生き返りそうですが、体が生き返っても精神が生き返らない、そんな感じです。
あと、もう一つ。
魔力水の件ですが、一応フィクションという事で飲み水にもお風呂にも問題が無いとお考え下さい。
魔力が含まれており、美味しいお水的な感じで捉えて頂けますとありがたいです。
この辺の説明、本文に入れた方がいいんでしょうかね。
※しかし、ホントに皆さんの発想は凄いですね。
いつも真剣に感心しています(私が浅慮なだけともいいますが……)
私が書くより、皆さんが書いた方が良い物になるんじゃないかとまじに思ったりします。
こんな作者の作品ですが、これからも宜しくお願いします。