第21話 さらば、冒険者ギルド
「マイン君、君は成人したばかりだったな?どんなスキルを授かったんだ?他人のスキルを聞かないと言うのは確かに不文律ではあるが……F級がC級を倒してしまうなど異常すぎる」
どうしよう、確かに僕のスキルは異常だ。
それは自分でもよく分かってるんだ、けどそれを他人に言ってもいいんだろうか。
後ろ盾も無いまま、僕のスキルの事を広めてしまう事は僕自身にとってマイナスしか無い。
今回の件だってそうだ、僕のスキルの事をライルが知っていたらきっとこんなにあっさりと勝つ事は出来なかっただろう。
寧ろ経験の差で殺されてしまっていたかもしれない。
やはり、ダメだ……。絶対にこの事は話せない。
もし、話さない事でギルド長が怒ってギルドを辞めさせられたとしても仕方ない。
当初の考え通り、狩人になってオークや羊でも狩って過ごそう。
それでも十分に生活出来るんだから。
「……それは、申し訳ないのですが言えません」
僕がそう言うとギルド長はピクッとこめかみを動かした。
「なるほど……言葉が良くなかったか。これはギルド長としての命令だ。俺は組織を預かる者として君のスキルを知っておく必要があると判断した。勿論、他言する事は絶対ない」
「……それでもどうしても話せません」
僕とギルド長のやり取りをアイシャさんはハラハラしながら聞いていたのだけどギルド長の命令を僕が拒否した事で、息を飲んだのが分かった。
「……そうか、ならば仕方ない、君を冒険者ギルドから抹消する事にしよう。組織の長からの命令を聞く事が出来ない者を置いておくわけにはいかないからな」
そう言いながら、ギルド長は僕の反応を伺っている。
仕方ないよね、もう決めた事だ。
アイシャさんには良くしてもらったから申し訳ないのだけど……。
僕はギルド長の視線から目を逸らさず、逆にしっかりと見ながら立ち上がる。
「短い間でしたけど、ありがとうございました」
そう言って二人に深々と頭を下げた。
「……本気か?一度登録された冒険者が抹消された事実が残れば、理由はどうあれ二度と登録する事は出来ないぞ」
ギルド長も僕の答えは予想外だったのかもしれないね。
少し動揺しているようだ、わざわざ本気か?なんて聞いてくるなんてさ。
アイシャさんを見ると、なんとも複雑な表情をしている。
美人はどんな表情をしても美人なんだなあと、この場にそぐわない事を考えていると、そのアイシャさんが口を開いた。
「ギルド長、仰る事は理解出来ない訳ではありませんが、少し横暴ではありませんか?そもそもスキルの開示はギルド員への申告必須項目ではありません」
アイシャさんの剣幕にギルド長も少し後ずさる。
「いや、例外的に俺がギルド長として必要と判断した事だ。それを拒むと言うなら仕方なかろう」
アイシャさんの剣幕が却ってギルド長を冷静にさせてしまったのかな?
先程、感じた動揺が今の言葉からは感じられない。
「いいんです、アイシャさん。……アイシャさんには短い間でしたけど本当に良くして頂いて感謝しています」
僕がそう言うと、彼女は目を大きく見開いて僕の事を見つめる。
「君はそれでいいの!?せっかくギルドに入れてこれから頑張ろうって言ってたのに!」
ああ、こんなに真剣に話してくれている。
アイシャさんは本当にいい人なんだなあ……短い間だったけどこんな素敵な人に担当して貰えたのは本当に良かったよ。
「良くは無いですけど、仕方ないですよね。規則って大事な物ですから……」
僕はそう言うと彼女は俯いてしまった。
ギルド長もばつが悪いのだろう、倒れているライルの状態を確認している。
「アイシャ、すまんがこいつに回復をかけてくれ。このままだと死ぬぞ」
僕との会話を中断させられ、しかもライルの手当をしろと言われ、アイシャさんは目に見えて不機嫌になった。
「自業自得ではありませんか?」
「確かにそうだが、俺達は人殺しの集団じゃねえ。勿論、後から規則に従い裁かせては貰うが放っておけば死ぬと分かっている者を見殺しにはできんだろう」
そう言われて、アイシャさんは渋々ライルに回復スキルを行使する。
「……なあ、マイン君。俺はアイシャのスキルを知っているから今のような指示を彼女にする事が出来た。そのおかげで命を救う事が出来た訳だ。これでも考えは変わらないか?」
ギルド長も一連のやり取りに気を病んでいるんだろう、改めて僕に問いかけてくる。
「お気持ちはありがたいのですが、お答えする事はどうしても出来ません」
僕の返事を聞いて、明らかに落胆するギルド長。
ごめんなさい、どうしてもこればっかりは譲れないんです。
「……う、俺は……ぬ、あのくそ餓鬼は?」
アイシャさんの手当を受け、気が付いたのだろう。
ライルが立ち上がり、喚き始めた。
「ライルよ、テメエ何をしでかしたのか勿論分かってるな?」
僕の件での八つ当たりも恐らく入っているんだろう。
思わず、おしっこちびりそうな程の濃密な殺気を振りまきながらギルド長がライルの前に移動する。
「ああん?誰に向かって……えっ!?ギルド長!!?」
恐らく最初は相手が誰か分かっていなかったのだろう。
反射的に悪態をつき始めたが、それがギルド長だと分かると目に見えて態度を改めた。
「つい最近、ヒヨルドが懲罰を喰らったというのに、テメエ何をしてやがる?覚悟は当然出来て居るんだろうな?」
「覚悟も何も俺は悪くないでしょう!?悪いのはみんなあの餓鬼だ!パーティメンバーに聞いて貰えば分かる筈だ!」
「その”元”パーティメンバー達に聞いて、俺はここに来てるんだよ」
その一言を聞いて、何かを思い出したのかライルは急に大人しくなる。
そして、微妙な空気の中、僕達は一路冒険者ギルドへと戻るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今、僕はアイシャさんと一緒にギルド長の執務室にいる。
何でもギルド長は先ずライルへの処分を行う必要があると言う事で此処で待っているようにと言われたからだ。
恐らく僕の処分についてここで話をする事になるんだろう。
一緒に待ってくれているアイシャさんは何かを思い詰めたような厳しい表情だった。
「待たせたな」
そう言いながらギルド長が入ってきた。
僕とアイシャさんの事を一瞥して、ギルド長は僕等の向かい側の椅子に腰を下ろした。
「さて、と……まずライルの処分がどうなったか、だが……」
結局、ライルは違約金として白金貨8枚払ってギルドを除名となった。
違約金については設定が規約で決まっているらしく、白金貨8枚というのは上から二番目に高い金額らしい。
何でも一般人に対して今回のような事をやらかせば、白金貨は10枚となったそうだ。
また、ギルドを除名後に同一人物(この場合は僕)に対し、同じような問題を起こした場合、王都で見せしめのうえ極刑となるとの事だった。
そして、違約金の半分は被害者に渡される事になっている。
ちなみに前回のヒヨルドの時は違約金の代わりに両腕を落とした為、ギルドからのお見舞金扱いだったため額は少なかった。
その足りない金額分の穴埋めという事でアイシャさんが僕の専属になってくれる形になったんだそうだ。
「これが今回の違約金となる、受け取り給え」
そう言ってギルド長は僕に白金貨を4枚手渡してきた。
本来ならギルドカードに貯金するところなんだろうけど、この後で僕はギルド登録を抹消となるはずだ。
当然、カードも没収となる筈なので素直に自分の収納袋に入れる事にした。
僕がお金を収納袋に入れるのを見て、僕の考えが分かったんだろう。
アイシャさんが悲しげな顔を見せ、ギルド長は顔を少し顰めた。
「さて、次は君の事だが……その様子だと考え直すという事は無いんだね?」
「はい、お世話になりました」
「そうか……アイシャ、彼の除名処理を頼む」
僕がアイシャさんにギルドカードを渡すと、一瞬躊躇ってそれを受け取った。
「ああ、そうだ。アイシャさん今受けていた依頼ですけど、取ってきたスライムオイル、此処でお渡しすれば良いですか?」
そう言うとギルド長が此処で構わないとアイシャさんの代わりに告げる。
僕はそれを聞いて、収納袋に入れていたスライムオイルを”全て”外に出した。
『ガラガラガラガラッ』
ちなみにこのスライムオイル。スライムを倒すとドロップするのだが、透明な瓶のような器に入ってドロップする。
蓋は無いため、中から取り出す際はこの器に穴を開けてそこから抜き出す事になる。
そんな透明な器が実に1269個。
執務室の床は一気にスライムオイルで埋め尽くされた。
「こ、これは……」
その余りの物量に先程までのお通夜のような雰囲気が一変して呆れたような、驚いたような微妙な空気へと変わっていく。
「こ、これ今日だけで取ってきたの!?」
アイシャさんが聞いてくる。
「はい!あと薬草も出しますね!」
更に追加で薬草を出していく。
大量の群生地から半分ほど持ってきただけあってこれも大量にある。
アイシャさんは慌てて、他の職員を呼び寄せオイルの器と薬草を運び出させていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全部で金貨17枚、銀貨12枚、銅貨2枚となった。
内訳は薬草が全部で1618本あった。数が割り切れなかったので2本おまけで1620本で計算してくれたみたい。
依頼の時は20本で銅貨50枚って言ってたけど根も土もしっかりと付いているという事で銅貨60枚で計算をしてくれてた。
アイシャさんに言われた事を守って良かった!合計するとなんと銀貨16枚と銅貨2枚!!
ゴブリンが31体で銀貨27枚、これは端数分は計算されないみたい。
そしてスライムオイルだけど、1つ銀貨1枚らしい。
元々はギルドポイントを溜める為に受けた依頼だったから余り期待はしていなかったんだけどルナワンでの品不足から通常よりも高価になってるようだ。
と言うわけでこれが金貨16枚と銀貨69枚。
今回の依頼分+カードに預けていた金貨20枚を併せてアイシャさんから受け取り、再び収納にしまう。
「……ごめんね、マイン君……本当ならこれでギルドのランクも上がった筈なのに……」
「いえ、いいんです。さっきも言いましたけど規則は大事な物です、ギルド長の判断は正しいです」
全ての作業が終わり、僕はアイシャさんとギルド長に深々とお辞儀をして、冒険者ギルドを後にした。
こうして、在籍たった2日で僕の冒険者としての生活は幕を下ろしたのだった。
【改稿】
2016/12/24
・コブリン→ゴブリンに修正。
2017/03/11
・全般の誤字を修正。