第189話 カッポレの結末
不味い、不味い、不味い……この状況は本気で不味い。
それほど奥までは進んでいないにせよ、ここは魔物がうじゃうじゃと住む森だ。
しかも、正体不明な魔物までいる可能性がある。
今の俺は右腕、右足が自由に動かない。
右半身に障害を抱えているため、うまくバランスを取る事が出来ず普通に歩く事すら困難な状態だ。
そして、従魔であるちゅん介も何処かへ行ってしまった。
もし今、魔物に襲われたら……逃げる事も出来ない。
畜生、畜生、畜生、畜生ぉぉぉぉっ!!!
何なんだよ!一体何だって言うんだ!!!!
あのクソったれな騎士め!俺のこの状態を知っていて置いて行きやがった!!!
王都に戻ったら覚えていやがれ!!絶対に復讐をしてやるぜぇっ!
何はともあれ、今はこの危機をどうやって乗り越える、かだ。
俺が生き残る手段は……1つしかねえ。
そうだ【テイム】だ。
最初に現れた魔物をテイムするしか、俺が生き残る道はねえ。
テイルズの闇の精霊のようなレアな魔物か、それともマインとか言う小僧の見た事が無い狼のような魔物か……いずれにせよ、強力な魔物を使役しなければならない。
……だが、俺にそんな魔物が使役出来るのか?
ちゅん介だって、偶然使役出来たのだ。
ちゅん介を使役した以降、何度【テイム】を試しても使役する事は叶わなかった。そんな俺が……この絶対絶命の場面で魔物を使役出来るのだろうか。
いや、何を弱きになっている?やるしかねえんだよ!
ここでやらなきゃ、死ぬだけだ。
それに、もしここで強力な魔物……例えばその未確認の魔物とやらを俺が使役したらどうだ?セシルだって俺の事を見直すだろうし、俺を置いて行きやがったあのクソッタレ騎士の鼻も明かせるだろうよ。
「へっ、へへへ……来るなら来てみやがれってんだ、俺は何処にも逃げねえぜ!!」
俺は誰もいない森の中で大きな声をあげる。
緊張しているからだ、気持ちを鼓舞しようと勝手に口から出てきやがる。
畜生、怖くねえ、怖くなんかねえぞ!俺は【テイム】で成り上がるんだ。
テイルズのような国から認められるテイマーとなって、贅沢三昧な生活をしてやる。
いい女に贅を尽くした料理、酒……全て、全てが俺のもんなんだよ!
!!!!ッ
今、あの草むらから音が聞こえた……!?
なんだ?魔物か?魔物が出やがったのか!?
俺は腰に掛けていた片手剣を抜き出し構えた。
三日月刀という種類の片手剣で、結構珍しい物らしい。
武器屋で店主を少し脅したら、言い値で売ってくれた俺様自慢の武器だ。
魔物が現れたら、こいつで牽制しながら【テイム】を使うって案配だ。
「……誰かいるのか?」
緊張からか思わず間抜けな問いかけをしてしまう。
もしも、これが魔物だったらこちらの居場所を教えてしまうだけの愚行だ。
だが、口に出さずにはいられなかった。
黙っていたら、そのまま緊張で俺は倒れてしまうだろう。
俺の声に反応したのだろうか。
草むらから、小さな塊が飛び出してきた。
「ギャウゥゥゥッ」
兎か、フォレスト・ラビットと言う最弱に分類される魔物だ。
コツさえ掴めば、成人前の若い奴だって倒せるような魔物だ。
ふぅ、驚かせやがって……コイツならいくら何でも負ける事はねえだろう。
三日月刀を構えて、俺は兎に向かって【テイム】を使用する。
……だめだ、スキルが通らなかった手応えが返ってきた。
ち、何でだよ!何で【テイム】する事が出来ねえ?
もう一度だ!……ダメだ。もう一度……もう一度……もう一度!!
何度も何度も【テイム】を試した。
……しかし、1度も成功する事はなかったのだ。
何度目かの挑戦で、ついに俺は根をあげた。
ダメだ、こいつは俺とは相性が良くないのだろう。
これだけ試しても使役出来ないのは、それしか考えられない。
三日月刀が珍しいからなのか、警戒して動かないのにも助けられてここまでは攻撃は受けていないが、そろそろこの兎もじれてくるだろう。
今のうちに倒してしまうのが最善策なのかもしれない。
どちらにせよ、兎程度の従魔では強めの魔物と遭遇したときに役に立たない。
ちゅん介の野郎は弱かったが、空中から攻撃出来ると言う優位性があったので、それなりの魔物も倒す事が出来たんだがな……。
そう考えると、次の魔物も空を飛べる魔物がいいかもしれんな。
「ピギャーーー!」
兎の野郎、案の定じれて襲いかかってきやがったぜ。
へっ、この三日月刀で一刀両断にしてやるぜぇぇ。
……だが、俺の体は予想以上にガタが来ていやがった。
剣を振るのに必要な踏み込み……右足に力が入らずバランスを崩してしまう。
「ぐぉぉっ」
すれ違い様に破れかぶれで三日月刀を振り回す。
何とか手傷を負わす事は出来たが、こちらも左肩の肉を噛みつかれ、引きちぎられてしまったのだ。
こいつは不味いぜ……。
まさか、まともに動く左手にこんな怪我を負っちまうなんてな……。
だが、兎も手負いの今がチャンスだ。待ってろ、今止めをさしてやるからな。
右足を引きずりながら、痛む左肩をこらえながら一歩一歩兎に近づいていく。
兎の野郎、手傷を負った事で完全に戦意を失ってやがる。
畜生めっ!そんなんだったら最初から出てくるんじゃねーよ!!
俺の肩から引きちぎった肉、返しやがれってんだ!!
怒りに燃え、止めを誘うと三日月刀を振りかぶったその時……!
兎の背後の茂みがガサガサっと揺れ動き……見た事が無い魔物が飛び出し、手負いの兎をパクッと食べてしまった。
「……なんだ、こいつ……」
全く見た事が無い魔物だった。
オークのような人型……そして、体全体を覆う鎧のような外殻。
そうだ……強いて言うなら“蟻”を巨大な人型にしたらこんな感じになるのでは無いか?
まさか!?これがセシル団長が言っていた魔物か!?
俺が恐怖で体がすくんでいるのがわかったのだろうか?
口?をカタカタと鳴らし、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
笑っていやがるのか?無様な俺を笑っていやがるのか?このくそ野郎が!
一瞬、怒りがわき上がるが、すぐに現実を理解する。
悠然と俺へ向かって歩いてくる蟻型の魔物。
ああ、俺は……ここで死ぬのか?
そう、覚悟を決めた瞬間……奴は口から透明な液体を吐き出した。
強烈な酸の匂いが辺り一面に広がる。
その匂いに思わず、顔を背けてしまった瞬間、その液体は俺の体全身に降りかかる。
「うがああああああああああああああああああっ」
体全体を焼け付くような痛みが襲いかかる。
いや、実際に灼けているのか?ジュウジュウと肌が焼ける音と共に白い煙が立ち上がる。
その激烈な痛みに悶え苦しむ俺に蟻型の魔物は近づき、そして左腕を……引きちぎられた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
そのあまりの激痛に膝を思わずついてしまう。
こ、この野郎……喰ってやがる。俺の左腕を喰ってやがる!!!
まるで、俺たち人族がソーセージにかぶりつくように、奴は俺の左腕を喰ってやがるんだ!!!!
胸の中に、強烈な怒りが湧き上がる。ふざけるなっ!!!と。
だが、現実は無情だ。すでに俺にはこいつと戦う力など残っていない。
余りの激痛に【テイム】する余力すら残っていない。
残された未来は……こいつの食事になる事だけ……だ。
「ち……畜生……」
左腕を食い終わっった蟻型の魔物は、更に俺の右腕を引きちぎる。
もはや、俺は悲鳴すら上げる事が出来ない。口から出るのはうめき声だけだ。
「……ちゅん介……」
俺の口から、つい出た言葉……それは従魔のちゅん介の名前だった。
意識が途切れるその瞬間、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。
だが、俺はその音が何だったのかを知る事なく、意識を失うのだった。
◆◇◆◇◆
「見つけたぞっ!団長を呼べっ!」
「おい、誰か襲われてるぞ!!」
やっと見つけたぞ!一体何だってんだ!!確かに見た事が無い魔物だ。
いや、人型という事はオーク達と同じ魔族なのか?
第一騎士団の誇りに掛けて、討伐を果たしてくれる。
「全員、無事か?」
団長の声が聞こえてくる。
全く厄介な敵だった。堅い外殻のせいで剣は通りづらく動きも素早い。
挙げ句、なにやら酸のような液体を吐き出す始末だ。
なんとか倒す事は出来たが……。
「全員、無事です!……しかし、この冒険者は極めて重傷です。一応、応急処置は致しましたので、命は取り留めると思いますが……」
目の前の担架に乗せられた冒険者を見てみる。
両腕が無くなっており、全身に酸を浴びたのだろう、皮膚が焼けただれており素顔も全くわからない。命を取り留めたのは奇跡だったと言えるだろう。
「よし、こいつの死骸を回収したら、王都へ戻るぞ」
団長の号令一下、俺たちは王都へと戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。
書籍一巻の発売日が決定しました。
6月10日(土)となります。
アマゾンでも予約販売が開始したようです。
また、活動報告にラフイラストを公開しております。
良かったら感想などお聞かせください。
■マインとアイシャ
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■シルフィとライル
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また随時行っております、名前募集等の読者様参加イベントの告知などもつぶやく予定です。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。