第179話 新規の迷宮(21)
せっかくあそこまで追い詰めたと言うのに……まんまと逃げられてしまった。
これで、次回ザナドゥと戦う時は、手の内を知られた分、間違いなく今日よりも強敵になっている筈だ。
「マイン君!まずいわ!!!!」
ザナドゥとロゼリエを逃がしてしまった事に気を取られていた僕にアイシャが大声を掛けてくる。随分、慌てているみたいだけど……。あっ!?テイルズの事か!?確かに、まずい!
慌てて走って行くと、倒れているテイルズの胴体から黒く濁った大量の血がどんどんと流れ出ているのが見えた。……この黒く濁っているのは……毒なのか!?
「元々、弱っていた所にあんな攻撃を食らってしまったから……」
『おにいさま、これはもうたすかりません……すきるをいまのうちにとったらどうでしょうか』
クゥがそう提案してくる。確かにこれほどの重傷ではもう魔法では間に合わないし、仮に傷が治ったとしても毒を治療する術がない。カッポレの時と同じだ。
ひょっとしたら【再生】ならば、治せるかもしれないが、この男にそこまでの義理は無いし【カット&ペースト】の秘密がばれてしまう可能性をわざわざ作りたくもない。
だから僕は……例え冷たいと言われても、この場でテイルズに【再生】は使うつもりは無いんだ。
さっきロゼリエから奪った【死者傀儡】を使えば恐らく仮初めの命を得て、死霊として復活する事は出来るだろう。だが、死霊となった後で僕はこれを僕になんかしたくはないし、それは結局、テイルズを助けると言う事にはならないだろう。
……間もなく、テイルズの命の灯は消える。それは間違いない。
そんな状態のテイルズからスキルを奪う事に対し、躊躇いは覚えるし、冷たい対応と言われればそうなのかもしれないけど……。確かにクゥが言う通りスキルを【カット】しておくのが合理的ではあるかもしれないね。
名前:テイルズ
LV:34
種族:ヒューム
性別:男
年齢:39歳
職業:獣使い
【スキル】
テイム・大
看破
片手斧・極
取りあえず、【カット】して……っと。
う~ん、【テイム・大】これのおかげで精霊もテイム出来たのかな。
そういえば、テイルズの使役していた闇の精霊はどうなったんだろうか?
……どちらにせよ、闇の精霊を見る事が出来ないから、確認のしようがないか。
あれ?なんか変わったスキルがあるな。【看破】って何だろう?
【看破】:隠された物を見破る。
はて??……隠された物って一体何だろう?
……あ、ひょっとしてガーゴイル部屋の隠し扉みたいな物かな!?
という事は、従魔の輪廻はあの扉を偶然見つけたのでは無く、このスキルで見つけたのかもしれないね。
そういえば嘘とかも“隠された物”って事になるのかな?
今度試してみよう。
「……た……け…………れ……しに……くな…………にた……ない……」
弱々しく、助けを求めるテイルズだったが、やがて……その訴えも聞こえなくなった。
そう、今テイルズの命の灯は消え失せたのだ。
嫌な奴だったし、最低の男ではあったけど……せめて今だけは彼のために祈る事にしよう。
天国にいけるかどうか、僕には分からないけどね。
テイルズの遺体はシルフィと話した結果、時間停止の収納袋に入れて持って帰る事になった。こんな奴でも一応は国が認めた三大クランのリーダーである。国王様に報告をしなければならないと判断した為だ。
まあ、もっとも今回の件で従魔の輪廻は解散になるんじゃないかな?と思うけれどね。
「さて、お疲れ様だな」
シルフィが……きっとわざとだろう。明るく、そう全員に告げる。
「そうね、この迷宮の脅威は、ほぼ排除したと言っても良いんじゃないかな?なんと言っても生まれたての迷宮だから、そろそろ最下層にたどり着くでしょうし……。この階層に迷宮を造った魔人が居たと言う事でその可能性が極めて高いかと思うわ」
それにあわせて、アイシャもそう答えを返した。
『まいん、まいん、あのおんなどうするんだ?』
わっふるが気絶しているピロースを指さしながらそう言った。
……ああ、そうだ!彼女の事もあったね。
ザナドゥも居なくなった事だし、まずは奴隷状態を【カット】出来るか試してみよう。
名前:ピロース
LV:49+16
種族:エルフ族【闇落ち】
性別:女
【スキル】
なし
【世界樹の加護】
なし
うん、取りあえず【カット】する事が出来た。
世界樹の加護を【カット】できたから多分出来ると思ったんだよね。
問題は【奴隷 <ザナドゥ>】をどこに貼り付けるかだ。
変な物に貼り付けると、それがザナドゥの奴隷になっちゃう。
地面なんか貼り付けたら、この迷宮がザナドゥの奴隷になっちゃうのかな?
それはそれで面倒くさくなりそうだから、パスだね。
いつも通り小石に貼って何処かに捨てちゃうのがいいかな?
けど、何だか貼ってある物が物だけに一抹の不安がどうしても残るね。
……試してみるか。前から思っていたんだ。【カット】をしたすぐ直後に別の物を【カット】したら最初に【カット】したものはどうなるんだろうか、って。
上書きされて消えちゃうのか、それとも2つ【カット】した状態になるのか。
万が一、スキルが消えてしまったら困るので、いくらでも後で手に入れる事が出来る【常時:パワー】を上書き候補に選択してみる事にする。
よし、【カット】……そして再度小石に貼り付ける。
鑑定結果は……うん!【常時:パワー】でした!つまり【奴隷 <ザナドゥ>】は消えちゃったって事だね!
だけど、これ気をつけないと駄目だよね。大事なスキルや貴重なスキルを間違えて上書きしちゃうと目も当てられないよ。
貼り付けておいた【補助魔法・徐々回復大(体力)】の効果だと思うが、目立った外傷も無く、意識を取り戻せば普通に会話も出来るだろう。
実際に相対したシルフィにピロースの事を任せて、僕はもう1つ実験を行う事にする。
『まいん、なにをするんだー?』
『きゅきゅ??』
僕がピロースから離れて、倒れ伏しているキメラの亡骸の前までやってくる。
わっふる達は自分達が倒した魔物に僕が何をするのか、興味津々のようだ。
そう、ロゼリエから手に入れた【死者傀儡】を試してみようと思っているんだ。
死霊と聞くと何となくイメージが悪いのだけど、緊急時の時間稼ぎや盾にも使う事が出来るんじゃないかと思うんだ。
【死霊召送還】を使えば、普段はしまっておけるみたいだからこれを絡めれば不意打ちなんかも出来るんじゃ無いかな?
「よし、やってみるか!」
【死者傀儡】を使用すると、目の前のキメラの亡骸がうっすらと紫色に輝き始める。
「!?何事??」
アイシャが突然の事態に驚いて声を上げている。
その声を聞いたシルフィもピロースから目を離してこちらに顔を向けている。
『ギャオオオオぉ』
雄叫びをあげながら、キメラが立ち上がる。
白だった体の色が、わっふるよりもかなり濃い目の紫色に変化していく。
そして、ほぼ黒といってもいい色にまで変化したところで、僕に向かって頭を垂れたのだ。
「……マイン君、どういう事?」
アイシャの問いかけを聞いて、ロゼリエから奪ったスキルを説明する。
「なんと!?即死のスキルだって?……しかも、死んだらこのキメラみたいに死霊にされるとか……なんという事だ……旦那様じゃなかったら、本気で詰んでいたぞ」
確かにその通りだよね。
【カット&ペースト】が有って本当に良かったよ。
……ところで、わっふるにクゥ?キメラを滑り台にして遊ぶのはやめようね?
お読み頂きありがとうございました。
活動報告とツイッターでも書かせて頂きましたが、書籍の発売日が決定しました。
6月10日(土)となります。
活動報告にマインとアイシャのラフイラストを公開しております。
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■スピンオフ「隠れた勇者の物語」更新致しました。
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