第175話 新規の迷宮(17) VS ピロース戦<前編>
「……こちらの1勝だな?では、次は私達の番だ」
ライナス・スワードを片手で持ったシルフィがそう力強く宣言したのだ。
その宣言を受け、ザナドゥの後ろから褐色のエルフ、ピロースがあらわれた。
「ヒューム族は皆殺しだ」
名前:ピロース
LV:49+16
種族:エルフ族【闇落ち】
性別:女
状態:奴隷 <ザナドゥ>
【スキル】
片手剣・聖
聖樹拘束
固有魔法・木
【世界樹の加護】
世界樹の祝福(攻撃力増加)
さて、事前に決めた作戦を実行しなきゃね。
まず【片手剣・聖】【聖樹拘束】【固有魔法・木】を切り取り、シルフィに貼り付ける。
【世界樹の祝福(攻撃力増加)】は【カット】はしたが、元々【世界樹の加護】を持っていないシルフィに貼り付けると何が起こるか分からなかったので、一時的に僕に貼り付け
ておく。
……よし、次は作戦の肝だ。
代わりにあるスキルをピロースに貼り付けておいて……
ついでに先ほどの戦いで、わっふるとクゥに貼り付けておいた僕のスキルを戻しておこう。
「……実験体1号をまぐれで倒したとはいえ、いい気になるんじゃないぞ。ピロースはエルフ族の中でも最強クラスの実力者だ。ヒュームの女ごときでは、勝つ事など出来んぞ」
そういえばエイミさんが言っていたな。
エルフ族というのは元々戦闘に適した能力を持っている者が少ないって。
それを補っているのが【世界樹の加護】だって。
このピロースって人は、戦闘に適していないどころか素で【片手剣・聖】を持っている。
それに加えて【世界樹の祝福(攻撃力増加)】なんてとんでもない物まで持っているんだ。
確かにエルフ最強クラスと言うのも頷けるね。
確かに所持スキルだけで比べれば、本来ならばシルフィやアイシャが勝てる相手ではないだろう。ザナドゥが自信を持つのもよく分かる。
……だが、それはあくまでも初期スキルを比較した場合の話だ。
うちのお嫁さん二人は、神様から授かったスキルだけでは無く、僕が貼り付けたスキルが沢山ある。そして、ピロースのスキルは逆に今僕が切り取った。
その為、両者の間にはザナドゥが考えている程の力の差は無い。
寧ろ、スキルが無くなった事で力のバランスは間違いなくお嫁さん達に傾いている。
このピロース戦、僕らの目的は既に勝利では無い。
彼女の心の本音を確認して、彼女を魔人達から解放する事こそが目的になっているのだ。
「御託はいい、戦えば結果はおのずと出るものだからな」
シルフィがザナドゥの言葉を聞き、そう言い放つ。
アイシャも弓を手に持ち、自分の戦闘距離へと移動し、戦闘態勢を取る。
「なるほど、確かに君の言う通りだ。結果は必ず出る……君たちの死という形でな!結果が出たときに後悔をするがいい!我ら魔人族に逆らった事をな!……ピロース、やってしまえ!手加減などいらんぞ」
◆◇◆◇◆
おかしい。こいつらは何かおかしい。
今まで私達魔人を見た者達の行動パターンといえば、おおよそ2種類に分類される。
1つは、己と我々との力量の差を計る事が出来ず猛然と攻撃をしてくる者だ。
そしてもう1つは恐怖に駆られ、その場から逃げる者だ。
……だが、今私の目の前にいる者は誰一人としてそんな様子を見せない。
我々を魔人と知った今でもニュートラルな姿勢を崩す事は無いのだ。
あげく、私に対し頭をさげるなぞ傲慢極まりないヒュームとは考えられない行動だ。
これは、一体どういう事なのだ?魔人という存在を正しく理解していないだけなのか?
……それとも、我々の事と承知のうえで己の力量に絶対的な自信を持っているのか?
どちらにせよ、私が知るヒューム族とは全く違う存在なのは間違いないだろう。
……なんて事だ。確かに生まれたてとはいえ災害級の魔物、キメラだぞ?
いくら2匹がかりとはいえ、何故あんな小さな魔物に負けるのだ?
あのマインという男は初めから、あの2匹の勝利を疑ってはいなかった。
……ん、待てよ?紫色の狼?どこかで聞いた事がある気がするが……。
ん、ん、駄目だ……思い出せないか。もう少しで思い出せそうなのだが……まあ、いい。
次はピロースの出番だ。この女は良い拾いものだった。
こいつのヒュームに対する憎しみは本物だ。これほどの憎しみを持っていると本来ならは、その憎しみに呑み込まれ、我を忘れバーサカーとなる可能性もあるのだが……。
この女は深い憎しみを持ちながらも、冷静に状況判断が出来る希有な存在だ。
高い実力と判断力、そして深い憎しみ……この要素がある以上、ヒュームの雌に負ける理由など無い。さあ、主人である私に見せてみろ!お前の怒りの深さを!憎しみを!!!!
◆◇◆◇◆
「ヒュームの女よ、貴様個人に恨みは無いが……ヒュームという種族に生まれたのが運のツキだ。せめて苦しまずに殺してやろう。それがこれから死ぬ事になる貴様への私からの手向けだ。安心して死ぬがいい」
広間の中央で対峙するシルフィとピロース、二人の剣士。
ブロードソード系の上位剣であるライナス・スワードを持ち、純白のサーコートメイルを装備するシルフィ。
それに対し、レイピア系の真っ赤な片手剣を持ち、体の線がきれいに浮き出る漆黒の皮鎧を装備するピロース。
戦闘スタイルもその見た目も全く正反対の剣士が対峙する姿は中々迫力がある。
「……ふむ、ピロースと言ったか?ヒュームを恨む理由……おおよそ想像がつくがエルフ族が、かつての暮らしを取り戻す手段があるとしたら、貴様はどうする?」
ライナス・スワードを構え、そう答えを返すシルフィ。
その言葉を聞いたピロースは一瞬、呆けた表情を見せるが、すぐに激昂し手に持っていたレイピアをシルフィに向かって突き出した。
シルフィも予想していたのだろう。素早くその剣をいなす。
「……な、なんだ……今の手応えは……」
あの様子……【片手剣・聖】が無い事に気がついたか?
「何を呆けている!戦いは始まったのだぞ!今度はこちらからいかせて貰おう!」
シルフィの体が一瞬赤く光り輝き、ライナス・スワードをピロースの体目がけて下方から力任せに切り上げる。……ん?今のは【片手剣・極】か?
『シルフィ、どうして【片手剣・聖】を使わないの?』
思わず念話で戦闘中だというのに問いかけてしまう。
『ん?ああ、旦那様に心配を掛けてしまったか……何、騎士としての意地という奴だ。気にしないでくれ。どうしようも無くなれば当然使うから心配は無用だ』
……なるほど、戦略的にスキルを奪い自分に貼り付ける事は理解しているが、今回の相手は魔物では無くエルフで自分と同じく女性で片手剣を武器に持つ者同士だ。
元より持っていたスキルで戦いたいという気持ちはよく分かる。
ましてやシルフィは王族だ。
元冒険者のアイシャや狩人である僕よりもそう言った部分の矜持は強いのだろう。
シルフィの斬撃を素早い身のこなしでかわすピロース。
うまくかわしきったというのに、その表情に喜びは無い。
「……一体、どういう事だ?」
戸惑いながら、再びシルフィと相対しレイピアを構えるピロース。
『マイン君、彼女……おかしい事に気がついたみたいね』
アイシャが油断なく弓を構えながら、念話を飛ばしてくる。
そう、気がつくのは想定内だ……いや、気がついてくれなければ困る。
そんな会話をアイシャとしているうちにも、広間中央部で二人の剣が火花をまき散らしながらぶつかりあう。
そして、当然の事ながらシルフィが打ち勝ち、ピロースはその反動で数歩後ろに後ずさる。
「……貴様、何をした!?」
視線で人を殺せるというなら、間違いなく成し遂げただろうと思うほどの殺気を帯びた視線をシルフィに向けながら、ピロースが問いかける。
『うん、それは僕が説明しようかな』
ピロースの放った質問に僕は【念話】でピロースに答えを返したのだ。
そう、彼女のスキルを奪ったときに代わりに彼女に貼り付けたスキル……それが【念話】だったんだ。
お読み頂きありがとうございました。
活動報告とツイッターでも書かせて頂きましたが、書籍の発売日が決定しました。
6月10日(土)となります。
これから、順次イラストレイターさん等の情報をお出し出来ると思います。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
【改稿】
2017/03/19
・全般の誤字を修正。