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第174話 新規の迷宮(16) VS キメラ戦

「さて、そろそろ準備は良いかね?ああ、死んでしまっても恨まないでくれよ」


ザナドゥは、自分達が負けるなんて、これっぽっちも思っていないだろう。

会話の端々に僕らを見下した感じが混ざっているのが分かる。


恐らく、従魔の輪廻(テイマーズリング)がキメラ一匹に蹂躙された事実があるから余計にこちらを舐めているんだろうと思う。


……見てろ、全力で抵抗して思う通りにはさせないから!


「ええ、大丈夫です。そちらこそ、約束は守ってくださいね」


僕がそういうと、再びザナドゥの右眉がピクリと跳ね上がる。

どうも、感情的になると動いちゃうみたいだね。

魔人と言えども、こう言った所は僕らヒュームと変わらないんだね。


「……ほう、中々自信があるようだな?せいぜい死なないように頑張ってくれよ」


先ほどまでのある種、弛緩した空気から一転し、ピリピリした感じに変わっていく。


『グゥオォォォォォォッツ!!!!』


キメラが突然、雄叫びを上げ始める。


「さあ、1戦目は実験体1号が相手をする、そちらはどいつだ?」


『わっふる、クゥ……頑張って!』


『わっふうううううううううう!!!!』

『きゅきゅきゅきゅうううううう!!!!』


わっふるとクゥもキメラに負けじと叫び声をあげる……が、神獣とは言ってもまだ子供だ。

どうしても迫力よりも可愛くなってしまう。


「ククク、中々良い作戦だな?この戦いは代表戦だからな、勝ち目のなさそうな実験体1号に捨て駒をぶつけて戦力を温存するか!愉快愉快!もっともその小さな魔物達には同情するがな」


中々失礼な事を言ってくれるよ。

わっふるとクゥはうちのパーティの中でもトップクラスの実力の持ち主なのにね。


「見てればわかりますよ」


さて、戦いの前にキメラのスキルを奪ってしまおう。

【固有魔法・極光】と【固有魔法・剛雷】は僕に貼り付ける。

【劇毒の魔眼】はクゥに【噛み砕き】はわっふるだ。


これで、キメラはスキルを使った戦いがもう出来ない。

純粋に身につけた力と技だけで戦うしか無いわけだが……。


僕がわっふるとクゥの勝利を全く疑っていないのには訳がある。

彼らが幼いとはいえ神獣だと言う事もあるが、あのキメラの事をザナドゥは“実験体1号”と呼んでいた。


[アレキサンドリア物語]ではキメラの事をこう説明している。

キメラは魔法生物で複数の魔物をつなぎ合わせて作りあげた魔物だと。


ザナドゥが“実験体1号”と呼んでいる事から作り出されて間もないのだと推測できる。

つまり、スキルを奪った事で一番重要となる力と技をうまく使いこなすだけの経験が足りていないと思われるのだ。


かつて僕がお義兄さんと戦い負けた時と同じ事だと思う。

反対にわっふるもクゥも暇な時は僕と模擬戦をして、戦闘勘を鍛えているし、わっふるはブラックドラゴンとも戦っている。


熟練とは言わないまでも、間違いなくキメラよりは戦い慣れているだろう。


この僕の予想が正しいのか、間違っているのか……どちらにせよ、もう少しで結果が出る。


二匹には、事前に【再生】も貼り付けてある。

油断さえしなければ災害級であっても負ける事はないだろうとは思うが、万が一があっても対処は可能だろう。


先ほど、テイルズを引き渡された広間の中央で対峙するわっふる&クゥとキメラ。


「それでは1戦目、はじめだ!食い破れ実験体1号よ!」


開始の号令を聞き、わっふるが攻撃系のスキルを一気に使用する。

【豪腕・極】【身体強化・小】【ストレングスレイズ】

そしてそれに伴い、クゥが【神獣の守り】を使用する。


キメラは何も考えていないのか、いや……考える事が出来ないのか。何も考えずにわっふる達を目がけて突進してくる。


わっふるが突っ込んでくるキメラの足下に【重力の魔眼】を叩き込む。

すると、瞬く間にキメラの動作が遅くなった。


【重力の魔眼】の影響でキメラの自重が重くなっているのだ。


『きゅ、きゅー!!』


その隙をクゥが見逃さない。

【神獣の突撃】でキメラの額目がけて強烈な体当たりを叩き込む。


『ブガァア!!』


クゥの一撃に体制を崩し、よろめいた所に【麻痺息吹】をわっふるが吹きかけた。


「何をやっている!実験体1号よ!そんなちっぽけな魔物に苦戦するとは一体何事だ!」


ザナドゥにとっては予想外の展開だったのだろう。

縦横無尽に動き回り、強力な攻撃を繰り返すわっふるとクゥに苛立ちを隠す事が出来ないようだ。


出会った当初の余裕ある言動が無くなってきている。

恐らくこれが奴の素の態度なんだろう。


『わっふる、これを使って!』


そう僕は念話で話しかけ、わっふるに自分の【魔術の極み】と【範囲魔法・火極大】を貼り付けた。


『がうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!わふっ!』


わっふるが吠えたその瞬間、【魔術の極み】で強化された【範囲魔法・火極大】がキメラの体を一気に包み込む。


じりじりと肉が焼け焦げる匂いが辺り一面に広がり、キメラが苦痛の叫びを上げながら激しく体をよじりながらもがき出す。


『クゥにはこれだ!』


次にクゥに【身体強化・大】と【豪腕・聖】そして【火属性・耐性】を貼り付ける。


『きゅ、おにいさま!うれしいです!』


クゥの体が赤色にに光り輝き、再び【神獣の突撃】でキメラに体当たりを敢行する。

【火属性・耐性】と【神獣の守り】のおかげでキメラを取り囲む爆炎も気にする事なくキメラの胴体に弾丸と化したクゥが見事に命中した。


凄まじい轟音が鳴り響き、キメラの巨体がズンと音を立てて、崩れ落ちる。

そして、間髪入れずにクゥは追撃を掛ける。


『バブリブルシャワー!!!』


クゥの放った【バブリブルシャワー】は周りの炎を消火しながら、キメラにダメージを与えていく。


『わふ!これでとどめだぞ!』


地面に崩れ落ちたキメラの額目がけて……スキルによってブーストされた【神獣の双撃】を叩き込んだ。


骨が砕ける鈍い音と共にキメラの額から帯びだたしい血が流れ出る。

断末魔の叫びを上げて、その頭を地面へと落とすキメラ。


頭蓋骨もろともわっふるの攻撃が脳を粉砕したのだろう。

如何に災害級の魔物であっても、脳を破壊されれば生きている事はできない筈だ。


「……ば、馬鹿な……一体、どういう事だ?」


いかんせんキメラは魔物の本能に忠実すぎた。

力任せに突進をし、スキルを使おうとすらしなかったのだ。

これは恐らく人工的に造られた魔法生物なのが影響していたのでは無いかと僕は思う。


わっふる達が勝つと確信があった理由……戦闘経験、これがキメラにはやはり足りなかったのだ。


オーク・キングは自分のスキルが使えない事に気がつき、激怒していた。

仮にキメラがスキルを使おうとしたとしてもオーク・キング同様に使う事は出来ず、きっと同じように激怒するだけだったろう。


だが、スキルを使用し戦闘を有利にしようと考える事が出来るだけの戦闘経験、頭脳があればここまで一方的に負ける事は無かっただろう。


『わふ!まいんー!かったぞ!!』

『きゅきゅ、くぅもがんばりましたよ!おにいさま!』


わっふるが尻尾を激しく振り、僕に飛びついてくると、クゥも僕の頬にすり寄ってくる。

頑張ったね!と二匹を褒めながら背中を撫でていると、ザナドゥがこちらを憎々しげに見ている事に気がつく。その表情から先ほどまでの余裕は完全に消えていた。


「……一体、その魔物は何者なのだ?ただの狼とクジラではなかろう?」


「僕の自慢の家族ですよ」


敵である魔人に正体を明かす必要はないし、義務も無いよね。

ただ、戦う前にうちの大事な家族を馬鹿にしていたんだ、これくらいは話してもいいだろう。


「……こちらの1勝だな?では、次は私達の番だ」


ライナス・スワードを片手で持ったシルフィがそう力強く宣言したのだ。


お読み頂きありがとうございました。


活動報告とツイッターでも書かせて頂きましたが、書籍の発売日が決定しました。


6月10日(土)となります。


これから、順次イラストレイターさん等の情報をお出し出来ると思います。


今後ともどうぞ宜しくお願いします。

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