第161話 新規の迷宮(4)
翌朝、一番でルーカスの自宅から、再び【固有魔法・時空】で新規の迷宮に僕たちは戻ってきた。
昨日は結局のところ【物理攻撃無効】を確保するためとは言え、予想以上に時間を掛けてしまった事から、その時間を取り返すべく早目に攻略を再開する事にしたのだ。
いくら、国王様から期限を切られていない、時間的な余裕がある依頼とはいえ、こんな調子で進んでいればどれだけ時間が掛かるのか分からないからね。
短縮を出来る部分については、こうやって極力縮めていこうと思う。
もっとも僕たちには【固有魔法・時空】が有るため、攻略が長期に渡ったとしても快適に進行する事が出来る。
迷宮で寝泊まりをせず、自宅に都度帰るなんて攻略をしている常識外れなパーティなんか普通は無いよね。
これだけ取ってみても他のクランやパーティーに比べて、とんでもなく恵まれている。
進行に大きく影響する心理的なストレスや、疲労が蓄積するのを抑えながら進めるのだから、多少の寄り道は問題無いとも言えるのだけどね。
「さあ、今日は少なくとも1階層は通過してしまおう!」
僕の宣言に全員が「おぉっ!」と元気よく声を上げる。うん、やはり自宅に戻れたのは大きいかな。
すごくいい雰囲気だよね。
さて、今日の方針だけど【物理攻撃無効】を集め回った昨日とは違い、白スライムについては見かけた物のみを倒す事にする。
わざわざ探しにいくような事はせずに、ひたすらボスの部屋を目指すという事にする。
ここ新規の迷宮は世界樹の迷宮と違い、わっふるの感知能力を使ってボスの位置を特定する事は出来ない。
迷宮や魔物達から魔力を感じる事が出来ないため、いくらわっふるが優秀であっても探しようがないのである。
だから、ひたすら迷宮を彷徨い歩き、ボス部屋の場所を探すのだ。
そういった事情もあり、今回の迷宮攻略は、少しでも効率よく階層を回るためにと、アイシャが迷宮のマッピングを買って出てくれている。
流石、元B級冒険者だけあって、この辺の能力もばっちりみたいだ。
聞くところによるとスキルにも【マップ】という物があるらしい。
このスキルを持っていると、更に今アイシャが行っているような手間は無くなって便利らしいのだけど……。
「こっちかな?右に行くと多分、さっき白スライムがまとめていた広場の方に行くんじゃないかしら……」
アイシャが書きかけの手書き地図を見ながら、僕らに進行方向を示してくれる。
長時間の移動でそろそろ方向感覚が麻痺してきているので、正直とても助かっている。
たまに遭遇する白スライムを倒しつつ、迷宮の探索を続け、そろそろお昼ご飯でも食べようかという時間になって、やっとボス部屋とおぼしき大きな扉を発見した。
……だけど、何か様子が変だ。なんというか……そう!何か違和感を感じるんだ。
力の迷宮、世界樹の迷宮、のボス部屋と比べると何かが違う、そんな気がする……。
一体なんなんだろう?この違和感の正体は。
「……マイン君、ここのボス……倒されてるわ」
えっ!?……そうか、これなんだ!!違和感の正体は!扉が最初から開いてるんだ!!
基本的に迷宮のボス部屋の仕組みだが、ボスが中にいる間は、部屋の大扉は閉まっており、我々が中に入ると自動的にロックされてしまう。
そしてボスが倒されると自動的にロックが外れ、そのまま扉が開く。
再度、ボスが部屋の中に湧くまでの間、扉は開かれた状態になるんだ。
……今、扉が開いているという事は、中にボスはいないと言う事だ。
そして、今は扉が開いている……という事は、中にボスは居ない、即ち誰かに倒されたと言う事だ。
「一体、誰が倒したんだろう?」
「……見当もつかないな……」
僕の独り言のような問いに、シルフィが答えを返す。
そもそも、この迷宮。中に入るのに制限は掛かってはいないので、基本的には誰でも入る事は出来る。
だが、生まれたての迷宮という事で、情報が全く無いのだ。
この迷宮が一体、どれくらいの危険度なのか分からない以上、現実主義者である冒険者が自ら立ち入る可能性は低い筈なのだ。
すくなくとも、国王様からそう聞いている。
そして、この迷宮の危険性については、ギルドでもそう勧告されているし、冒険者達自身も当然、常識として理解している。
危険だと分かっていて、しかも金になるかどうかも分からない生まれたての迷宮なんかに、わざわざ来る筈もない。
……もっとも、希に誰も手を入れていないからこそ、得られる利益を求め、行動をする者もいるので絶対居ないとは言い切れはしないのだが。
そんな状況だからこそ、シルフィが言うように検討が付かないのだ。
「……まさか……魔人」
そんな中、アイシャがそうつぶやいた。小さな声だったのにも関わらず、何故だか周囲にその声が明瞭に響き渡る。
……魔人。
もし、これが本当に魔人の行った事だとしたら……恐らくこの迷宮を攻略するためにはソイツと戦わなければならないだろう。
「……ボスが倒されてから、次に湧くまでの時間ってどれくらいなのかな?」
そう、このボスの湧くまでの時間がどれくらいなのか、というのは実際のところ、かなり重要な情報になる。
例えばもし、5分とたたずに湧く……即ち、扉が閉まると言うならば、5分圏内の距離に魔人がいる可能性があるという事になる。
つまり、このまま何も考えずに進めば何の心構えも準備も出来無いまま、魔人との戦闘に突入する可能性があると言う事だ。
「……う~ん、迷宮にもよるのだけど……恐らくこの迷宮は結構長いと思うわ」
迷宮探索の経験が長い、アイシャがそう教えてくれる。
「……この迷宮?なんで?他の迷宮と違うの?」
「ボスが湧くまでに掛かる時間は、その迷宮に貯まっている魔力の量によって左右されるらしいのよ。魔力が多いほど、早く湧くって言う事ね。……この迷宮って出来たばかりでしょ?という事は魔力が貯まっていない状態だと思うよね。実際にわっふるの感知でも魔力は感じられなかったのよね?」
……なるほど。つまりボスっていうのは、迷宮に貯まった魔力を使って生み出されているって事か。
この迷宮に魔力が感じられなかった理由。
それは、誰か(恐らく魔人)が……ボスを倒した事により、迷宮が、ボスを再度作り出す為にため込んでいた魔力を使っているために、今この迷宮から魔力を感じないという事なのだろうか?
……いや、だけど……違うか。
だとすると、何故魔物にまで魔力が無いんだ?って事になる。
確かに迷宮自体に魔力を感じないという事は今の考え方で説明出来る。
しかし、魔物にまで魔力が無い事については説明する事が出来ない。
……おっと、今はそんな事を考えている場合じゃないよ。
魔人の存在とその対策の事をもっと真剣に考えなきゃ駄目だよね。
アイシャの予想通りならば、魔人がいるにしてもすぐに鉢合わせるほどの距離にはいないと思われる。
だが、それを裏付けるだけの物理的な証拠は何も無いのだ。ひょっとしたら、魔人はすぐそばにいるのかもしれない。
「……魔人がそばにいる事を想定しておこう。魔人が現れたら、すぐにみんなは距離を取ってくれるかな?僕が全力で戦うよ」
『わふっ!まいーん、おれもたたかうぞ!』
『おにいさま、わたしもです!きゅー』
確かにわっふるとクゥが一緒に戦ってくれるなら、助かるんだけど……。
けど、もしアイツだったら……わっふるとクゥでも様子を見てからでなければ危険だと思う。
僕が全力で戦うとなれば、少し離れて見ていてくれた方がいい。
『二人とも、相手を見てからどうするかは決めるけど、まずは下がっていてくれるかな?』
『!!!わっふ!?』
『!!!きゅきゅきゅ!?』
二人ともまさか、断られるとは思っていなかったんだろう。驚いた様子が伝わってくる。
『大丈夫だよ、最初のうちだけだから。様子を見たら助けて貰うからね!』
その後、ヨルムンガンド様の背中から見た魔人らしき男の危険性を説明し、なんとか納得してもらった。
……さて、魔人が本当に出るのか?それとも出ないのか?
気合いをいれて慎重に進む事にしよう。
お読み頂きありがとうございました。
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【改稿】
2017/03/04
・全般の誤字を修正。