第158話 新規の迷宮(1)
「それでは、行ってきます」
僕たちは今、王都で国王様にこれから依頼の為に新規の迷宮に向かう事を報告に来ている。依頼主にきちんとした報告を行うのは当たり前の事だし、目的地は王都を経由した方が近いので、まずは【固有魔法・時空】で王都まで移動をした方が効率が良いという訳だ。
「ああ、気をつけて行くんだぞ。いくらお前達でも油断していたら痛い目にあうだろう。慎重すぎる位で丁度いいんだ。」
「はい、無理しないで慎重に攻略するようにしてきます!」
王様に報告をした後、僕たちは騎士団の馬車で新規の迷宮へと運んでもらっているのだ。
「……で、私は言ってやったんですよ!……聞いてますか?シルフィード様」
移動中の馬車の中、大げさな身振りを交えて、ひたすらシルフィに話しかけてくるのは、騎士団期待の若手、カールさんだ。新規の迷宮までの付添人として一緒の馬車に乗り込んでいる。
このカールさん、シルフィの事がずっと好きだったみたいで、僕と結婚してもその気持ちは全く変わっていないらしい。かといって僕からシルフィを奪うとかは考えておらず、好きな人と“とにかく話したい”だけみたいなのだ。
もっとも相手をする事になるシルフィはと言えば、実に微妙な表情をしている。
悪感情は持ってはいないが、別段好意をもっている相手ではない。
5分、10分程度ならともかくも、目的地までは半日以上掛かるのだ。疲れてもくるのも当たり前である。
「……なあ、カールよ。悪いが私は少し休みたいのだ。到着するまで黙っていては貰えないか」
ああ、とうとう我慢の限界を超えたのか。シルフィには珍しく直接的に話してるよ……。
「あ?も、申し訳ありません。あまりにも嬉しくてつい我を忘れてしまっておりました!
そうですね、到着したら迷宮に挑戦するのです。今のうちに鋭気を養うのは当然ですものね!」
シルフィにそう言われて、元気よく答えを返すものの明らかにシュンとなるカールさん。
うーん、ここはちゃんと僕からも釘を刺した方がいいのかな?
「カールさん、もうシルフィは僕の妻です。話しかけるなとは言いませんが、休む間もなく話しかけられるのは、正直あまり気分がいい物ではありません。控えて頂けますとありがたいのですが……」
シルフィに続いて、その伴侶たる僕にもはっきりと注意を受けて、益々しょんぼりしてしまうカールさん。模擬戦の時のあの凛々しい姿を想像出来ないよね……。
なんか、気分的にモヤっとしちゃうけど、仕方ないよね……こればっかりは。
……恋愛の悩みって今までずっと縁が無かったけど、難しい物なんだね。
「いやはや、申し訳ありません。確かに軽率でしたね。申し訳ありません。」
どうやら、分かってはくれたみたいだ。騎士団の期待の新人なんて言われてるだけに根は真面目なんだよね……この人。だから、どうにも憎めないんだ……。
シルフィもカールさんの発した反省の言葉を聞いて、ほっとした表情を見せる。
カールさんが静かになったのは良いのだけれど、結局到着までの間、馬車内は何とも言えない微妙な雰囲気になってしまった。
……いや、わっふるとクゥだけは、そんな中でもマイペースだったんだけどね。
後で聞いてみたら『おれたちには、かんけいない、わふ!』との事だった。
そんな、何とも言いがたい時間を乗り越えてようやく目的の“新規の迷宮”に到着した。朝一番で王都を出発してきたので、まだお昼前である。
カールさんの未練がましい視線を残しつつ、馬車が王都へと帰っていく。
その様子を見ながら、目の前にそびえ立つ“門”のような物をじっと見つめる。
「ここが……出来たばかりという迷宮か」
今までに僕が入った事がある迷宮は“力の迷宮”と“世界樹の迷宮”の2箇所だ。そのいずれの迷宮も入り口に立った時点で何かしらの魔力や得体のしれない力を感じる事が出来た。
……しかし、この迷宮からは、そう言った力を全く感じる事が出来ない。
これは生まれて間もない迷宮という事だからなのだろうか。
……この何も無さが、逆になんとも言えない不気味さを感じるよ。
「マイン君、中に入る前に一つだけ注意があるの。生まれたての迷宮は確かに他の迷宮に比べれば、圧倒的に難易度が低いのだけど、それはあくまでも階層が少ないという理由からそう言われてるだけよ。つまり中にいる魔物が弱いと言うわけでは無いの」
アイシャの注意を聞いて「なるほど」と思う。もしかすると、いきなり1階層のボスでS級の魔物が出てくる可能性もあるっていう事か。……いや、場合によっては災害級だって可能性だってあるのか。確かに油断なんかしていたら、あっという間に負けちゃいそうだ。
僕がアイシャの言葉を聞き、そんな事を考えるとシルフィも真剣な表情で話しかけてくる。
「……それだけじゃないぞ、これは過去に一度だけあった報告なんだが……」
うん?シルフィにしては歯切れが悪いよね。いつもならズバっと話してくるのに……。
あれれ、アイシャもおや?って顔をしているよ。一体、何だろう。
「どうしたの?言い淀むなんて珍しいよね?」
「ああ、すまない。迷宮が、何故生まれるか……旦那様は知っているだろうか?」
迷宮が何故生まれるか?……以前、アイシャから教えて貰ったよね!ちゃんと覚えているよ。……確か、魔人が遺跡や洞窟なんかに、コアと呼ばれる巨大な魔石を設置して、その魔石の内包する魔力によって環境が変化し魔族が生まれ出る空間……即ち迷宮となるだったよね。
「そうだ、その通りだ。これが一体、何を意味しているか想像してみてくれ」
う~~ん。
なんだろう……。シルフィがここまで念入りに話をするなんてよほどの事だよね。
……あっ!!えぇっ!?まさか!?
「シルフィっ!ひょっとしてっ!?」
「姫様っ!それって!!?」
僕とアイシャの顔色が変わった事で、シルフィは答えを告げる。
「……この迷宮は生まれたばかりだ、つまり魔人がまだいる可能性がある」
やっぱりそうか!……確かに十分考えられる話だと思う。
僕の脳裏に、あの男の顔が浮かび上がってきた。……そうヨルムンガンド様の背中から見つけたあの男だ!あの男の冷酷な笑みを思い浮かべ、思わず身震いしてしまう。
あの時、絶対に僕の存在に気づける訳がないんだ。ヨルムンガンド様がいかに速度を落として飛んでいたとしても
「そんな訳だ、十分に注意して進もう」
お読み頂きありがとうございました。
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【改稿】
2017/03/04
・言い回しを修正。




