第150話 王宮にて(3)
「この扉の欠点は……」
ゴクリと唾を飲み込んで、お義兄さんの言葉の続きを待つ。
いや、僕だけでなくその場にいた全員がその言葉を待っていた。
「……誰でも、簡単に移動出来てしまうという事だ」
全員から「ふぅ」という溜息が飛び出る。思ったより単純な事だった。
と言うよりも、一々僕を呼ばなくても、簡単に移動出来るようにするのが目的じゃなかったっけ?
お義兄さんの指摘はそもそもの目的を否定してるような気がするんだけど……。
「……お義兄さん、それだけですか」
僕がそう訪ねると、お義兄さんは「ああ」と言葉少なげに頷く。
うん?一体どういう事なんだろう。目的をちゃんと達成しているし、何も欠点なんか無いよね?
僕がうんうん唸って考え込んでいると、シルフィが「ああ、なるほど」と手を叩く。
国王様も何も言わないって事は、その欠点をちゃんと理解しているんだろう。
エアリーも分からないという表情を見せているけど、そもそも彼女はこの扉の存在をつい先程知ったばかりだ。
実質、欠点が分からないのは僕だけという事になる。
……まあ、分かっていないからこそ、欠点を指摘されちゃうような物を作っちゃったんだろうけど。
「……ごめんなさい、分からないです」
僕が素直にそう述べると、お義兄さんでは無く、国王様がヒントを教えてくれた。
「マイン、アルトが言った欠点という奴は、運用の仕方である程度は何とかなる問題だ。だが特定の用途の時にきっと困る事になる筈だ」
運用である程度は何とかなる?けど、特定用途の時に困る……?ますます分からない。
「そうだな、この扉を使うのが、お前の家の者とフェンリル様の契約を受けた者だけなら問題なかろう。
だが、例えばさっき執務室にいたモルグが使うとなったらどうだ?」
今度は、お義兄さんが更に具体的な例を出して、教えてくれた。
……なるほど、まずこんな規格外の物を誰が作ったんだって思うだろう。
そして、すぐに僕の名前が候補に挙がるのではないだろうか。
スキルを絶対に秘匿したい僕にとっては、確かにこれは不味い事態だと言える。
そう指摘されると確かに不特定多数の人間が、この扉を使う事が出来る今の状態は良くないと思う。
このままの状態では、都度この扉の詳細を尋ねられる事になってしまう。
その度に上手くごまかすなんて、恐らく無理だろう。
「さっきも言ったが、基本的には運用方法を明確にする事である程度は防ぐ事が出来るだろう。
例えば執務室に置くとか、私の私室に置くとか……だな。だが、それでも100%では無い。
先程、名前が出たモルグなんかは、どちらにも来るからな。ほんの些細な事がきっかけで、用意した策が脆く崩れ去るなど、珍しくも何ともない事だ」
確かにそうだね。執務室にせよ、国王様の私室にせよ、人の出入りが全く無い場所など無い。
他の場所に比べれば、圧倒的に人の行き来は少ないだろうと思うけど、それでもゼロじゃ無いのだ。
一例をあげれば、この王宮で働いているメイドさん達だ。彼女達はその仕事柄、先の二つの部屋のメンテナンスも行っている。
各部屋の清掃や衣類やベットカバーの洗濯は当然、毎日必ず行われている。
即ち、このどちらかに移動扉を置いた場合、彼女達はその扉を見る事になる事は必然となる。
当然、メイドと言う立場から彼女達が、その二つの部屋の備品を勝手に触ったりする事は無いだろうとは思う。
下手な事をして王族の不興を買ってしまい、解雇されてしまうのは困るだろうから。
だが、絶対に扉を触らないと言い切れるだろうか、扉と言う物は恐らく彼女の認識では家具の扱いだろう。
家具ならば、当然掃除する事だってあるはずだ。その時に扉の裏側を掃除をしようとすれば……?
尤もそれがいつも僕を案内してくれているメイドさんなら、それほど問題にはならないだろうとは思う。
何せ、彼女は既に僕が突然、部屋に現れている事を知っているのだ。
わざわざ、突然現れた時の為に呼び出し鈴まで部屋に設置している位だ。
理由こそ、分からないだろうけど僕が何かをしている事位は察している筈だ。
そして、誤って扉を開けてしまったとしても、僕の移動の秘密がこの扉の存在だったと紐づけられるだけで、恐らく何も変わらないだろうと予想がつく。
アイシャとシルフィが僕のスキルを知る以前の時のように“何か秘密がある事”は理解しているが詳細は知らない。
まさに、今の彼女はそんな状況だ。そう言う意味ではモルグ宰相もそうなのだが、メイドさんとは立場が違う。
シルフィやお義兄さんの話を聞く限り、決して悪い人物では無い。
陰謀を画策する事も多いと聞くが、そのどれもが国益を考えて行っている事で、全て王家の為になっている。
だが、僕の秘密をあかせる相手かと言えば、答えはNOだ。
不用意に話す事は出来ないのは、今更である。
「……確かに欠点ですね……」
「ああ、分かったか?あともう一つ、特定の場合……だが、これはほぼ有り得ない話ではあるが……」
ああ、そう言えば特定の用途の時に困るかもしれないって国王様が言ってたよね。
一体なんだろう、そもそも特定の用途って……。
「我々王族が、王都を捨てて逃げなければいけなくなった時、だ」
……え?
「何も驚く事は無いだろう?他国との戦争や内乱で、この王宮が戦場になる可能性だってある。
そうなったとき、女子供は逃がさねばなるまい?この扉があれば、逃げのびる可能性は相当あがるはずだ。
だが、逃げた後、追っ手がこの扉に気が付いたら……当然、追いかけてくるだろう?
そんなとき、誰でも入れる扉だと困るという訳だ、まあ、極めて特殊なケースだがな」
……なるほど、実際にそんな事が起こってしまっては困るもんね。
もしもの保険にこの扉がなるというなら、僕も嬉しい限りだよ。
ただ、今のままではどちらにしても、色々駄目だって言う事だよね。
「よく分かりました。もう少し考えてみます」
僕がそう言うと、国王様やお義兄さんは「ああ、頼んだぞ」と励ましてくれた。
取りあえず、もう一度挑戦してみて、どんな対応方法にするか考えてみよう。
「……さて、次はこちらの話をしよう、魔人国の侵攻の件、話して貰えるか?」
お読み頂きありがとうございました。
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【改稿】
2017/02/25
・言い回しを修正。




