第132話 ユミルの謝罪とエイミの独白
「……ここは……間違いない、世界樹だわ」
黒い渦を通り抜け、やって来た場所は、エイミさんの故郷があった場所。
世界樹の直ぐ側だ。
「あの辺りに、私達の里があった……」
エイミが見つめるその先には、大火事で朽ち果てたのであろう廃墟の広がる姿。
今、彼女の目に見えているのは、一体どんな景色なのだろうか。
かつての美しかった故郷の姿なのか……それともこの無惨にも廃墟と化した姿、そのものか。
……彼女のその胸中は、僕には推し量る事は出来ない。
ただ、黙って彼女を見守るだけだ。
「……約束通り、帰ってきました」
彼女は世界樹に向かい、そう呟く。
その呟きが聞こえたのか、まるでエイミさんを歓迎するかの如く、世界樹は葉を優しく揺らすのだ。
「……ただいま」
十年ぶりに故郷に戻ってきたのだ、しばらくそっとしておいてあげるべきだろう。
わっふるも空気を読んでか、彼女の頭の上でじっと大人しくしている。
僕はと言えば、地面に座り込み、わっふるの兄弟達の背中を撫でながら、彼女が落ち着くのを待つことにする。
きっとフェンリル様も気遣っているのだろう。
僕の隣で目を瞑って寝そべり、同じく待ってくれているようだ。
『……うん?来たみたいだね』
フェンリル様が目をゆっくりと開きながら、耳をピクピクと動かしながらそう言った。
……誰が来たのか?そう、そんなのは決まっている。
そう、十年前にこの地を蹂躙した十体の神獣のうちの一柱、巨人ユミル様だ。
ズシン、ズシンと地響きが辺り一面に響き渡る。
そして、世界樹の影から、巨大な影がぬっと姿を現した。
「……ユ、ユミル様」
思わず、その巨大な体躯に圧倒されてしまう。
『随分と、遅かったじゃないか?』
フェンリル様がユミル様に向かい、唸り声を上げる。
ユミル様はフェンリル様を一瞬だけ見た後、エイミさんの方に顔を向ける。
そして、ユミル様の巨大な体が黄金に輝いて辺りを照らしていく。
その黄金を浴びた僕とエイミさんの体も同じようにうっすらと輝き始める。
……ああ、これは……。
名前:マイン
LV:63
種族:ヒューム
性別:男
年齢:15歳
職業:狩人
【神獣の加護】
念話 ≪ユミル≫ new!
名前:エイミ
LV:11
種族:ハイ・エルフ
性別:女
年齢:121歳
職業:族長の一人娘
【神獣の加護】
念話 ≪ユミル≫ new!
……やっぱり、そうだ。
ユミル様が加護を僕達に授けたんだ。
けど、何で僕まで加護を受けたのだろうか?
そんな事を悩んでいると、ユミル様が静かにエイミさんに声を掛け始めた。
『ハイ・エルフの娘よ、儂の事は知っておるな?』
『……はい、ユミル様……』
エイミさんは震える体を必死に奮い立たせ、ユミル様の問いに答えを返す。
頭の上のわっふるが、前足でエイミさんの頭をぽんぽんと叩いて励ましているのが見える。
『えいみ、がんばれ、こわくないぞ!おれがついてるぞ!』
『……ありがと、わっふるちゃん』
その二人の様子をフェンリル様は嬉しそうな目で見守っている。
きっと、わっふるのエイミさんを思う気持ちが親として嬉しかったのだろうね。
『……ハイ・エルフの娘よ。
十年前より今日まで儂の勇み足が原因で迷惑を掛けたの。
命を落としたエルフ族の者達にも、心から詫びよう。すまんかった』
前置きも何も無しに、ユミル様が頭を下げたよ!?
神獣様が、人間族に……頭を下げる姿を見るなんて……。
フェンリル様からユミル様が謝るとは、聞いていたけれど……。
まさか、こんな直球で謝罪をするなんて、思ってもいなかったよ。
本気で悪いと思ってるんだね、これは……。
……エ、エイミさんの反応はどうなんだろう?
そう思い、僕は彼女の様子を慌てて伺い見た。
「……ユミル様……」
彼女は複雑な表情で、ユミル様を見つめていた。
何と言ってもエイミさんは当事者だ。
ユミル様が本気で謝罪をしている事は僕でも分かる位だから、当然分かってはいるだろう。
分かっているからこそ、心中は穏やかでは無いはずだ。
「……私達は、何でこんな事になってしまったんでしょうか。
エルフの里はあの日まで、本当に平和でした。
今でも思い出すんです、家族の……父と母の笑顔や友達の顔を……。
何処かで生きているのでしょうか、それとも死んでしまったのでしょうか……。
いえ、家族や友達だけではありません。
里のみんなは……どうなったのでしょうか。
……そして、何より……私だけがこうしてのうのうと生き残って良かったのでしょうか。
たまに思うのです、私もあの時に死んでいれば、こんな思いをしなくても良かったのに、と」
エイミさんは無表情に淡々と十年の間、心に溜め込んでいた思いを口に出す。
ユミル様は無言でその言葉を聞いている。
フェンリル様やわっふる達も静かに聞いている。
「……今、こうしてユミル様がわざわざ来て下さった事は感謝致します。
そして、エルフ族の為に真摯に謝罪を頂きました事も心からお礼致します。
……ただ、申し訳ありません、私は……私の心は……どうしても整理がつきません。
十年の月日が流れ、再びこの場所をこの目で見て、改めて思いました。
やはり、心の中に渦巻く感情は……思いは、何故こうなってしまったのだろう。
これだけなんです」
無表情だった彼女の顔は、言葉を発する度に歪み、その目からは涙が溢れ出る。
『……本当に申し訳ないと思うとるよ』
彼女の心情の吐露を聞き、ユミル様も苦しげに言葉を返す。
『……そもそも私達、神獣は人間の営みや争いに関与する事はない。
ユミルの行いは、明らかに我々の分を越えた行いだと言うのは、残り九柱の共通の認識だ。
今回の件を神獣だからという免罪符を用い、この罪を反古にするような恥知らずな事はしない』
今まで沈黙を守っていたフェンリル様が、突然会話に参加し出す。
一体、どうする気なんだろう。
そう思い、フェンリル様に注目する。
……すると、フェンリル様は一瞬、僕を見てにやりと笑ってから、再び話し始める。
『神様にも許可は取ったんだけどね……
どうだい?あんた達、十年前に戻ってみたくは無いかい?』
……え?十年前に戻る??どういう事?
お読み頂きありがとうございました。
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