第13話 受付嬢の想い
「マイン君は帰ったのか?」
ギルド長が私を見つけて声を掛けてくる。
「ええ、先程……。ヒヨルドとの件があったので無事とは言えませんが何とか冒険者登録は終わりました」
「そうか、ご苦労だったな。しかし、今更だが良く専属を引き受けたな?高ランクの連中が頼んでも断っていたのに」
ギルド長が、マイン君にお詫びの一端として専属受付嬢を付ける事を話した時、私はすぐに立候補した。
確かに私は今まで名のある冒険者の専属になる機会は何度かあった。
こう見えても、仕事は出来る方だと自負している。
以前は冒険者(B級)だった経験を生かし、冒険者の人達からも信頼を得ていると思っている。
だからなのか、私に専属を申し込む冒険者は結構多くいるのだ。
しかし、どうも心に響く者はおらず、全てを断ってきた。
断ってきた中にはギルド長が言われる通り、高ランクの者も何人かいた。
冒険者にとって専属受付嬢を持つ事は大変な名誉な事とされ、ランクを上げる事と並んで目標の一つとなっている。
ランクが高くても専属がいない冒険者は山ほどいる。
それはそうだろう、受付嬢の数の方が冒険者よりも圧倒的に少ないのだから。
受付嬢にとっても、高ランク冒険者の専属になる事は給料の面でも時間的な余裕が取れるという面においても大きなメリットがある。
高ランク冒険者と言えば高給取りであり、その専属となり、その冒険者と付き合って、そのまま結婚を夢みる娘もいる。
そして実際に嫁いでいく娘達も確かに過去に何人もいた。
それゆえ、受付嬢達も少しでも条件が良い冒険者の専属になりたくて、中々了解を出す事は無い。
だから、私のように高ランクの冒険者を断るケースは相当珍しいと言えるだろう。
私がマイン君の専属を引き受けた事をギルド長が不思議に思うのは無理もない事だと思う。
「そうですね、自分でも正直言って驚いています。まさか自分が専属冒険者を持つとは夢にも思っていませんでしたから」
「ふむ、ではどうして引き受けた?」
「……そうですね、ヒヨルドの攻撃を身を以て庇ってくれた事も当然理由としてはあるのですが、一番の理由は”女の勘”でしょうか」
そう、不確かな物なのだが、私は自分の勘に従ってマイン君の専属を引き受けたのだ。
冒険者を目指していると言う割に余りにも丁寧な態度、殴られるのが分かっていて私を庇った心の強さ、登録する前にギルドの事を調べようと考える思慮深さ。
そして、何よりも初めてあの子を見た時、全身に感じた電流のような物。
そう言った物が積み重なり、思わず手を上げてしまった。
きっと彼は名の通った冒険者になる、そう思えたからこそ、だ。
「そうか、まあいい。専属としてしっかりアイツをサポートしてやれよ」
それだけ言うとギルド長は執務室へと戻っていった。
きっと、マイン君の事を気にして待っていたんだろうと思う。
ちなみに専属受付嬢の仕事は、基本的に専属冒険者が居ない時で、忙しい時などは普通に応援として業務を対応する事になっている。
但し、その場合受付カウンターに『専属有り』を意味する赤い立て札が立てられる。
この赤い札が立っている場合、その受付嬢の担当する冒険者がギルドに来たら、たとえ対応中であっても他のスタッフと替わる事になりますという合図となっている。
これを承知して、並んで貰っているという事になるため、揉める事は基本的には余り無い。
しかし、当然というか荒くれ者が多い職業のため、たまにそれを無視して揉めてくる場合もある。
そういった場合はギルドの荒事専門の職員が即時対応をする事になっている。
一般受付業務を手伝う事が無い場合は、自分が担当する冒険者のためにその能力にあった依頼をギルド長の了承を得て、確保したり資料を集めたりする事が多い。
自分が担当する冒険者が活躍すれば、給料に大きくボーナスが追加で支給されるのだから、必死になって働く訳だ。
なお、ギルドの受付嬢は常時十人体制を取っている。
テラーと呼ばれる受付窓口を担当する者が5人、ステージハンドと呼ばれる補助要員が5人で構成されている。
テラーとステージハンドはローテーションで立ち替わる。
ステージハンドはテラーの補助を行い、休息を取る事が仕事となる。
当然、専属受付嬢が誕生するとこの10人に欠員が出る事になる。
この場合、すぐに専属解除になった受付嬢がその欠員を埋める事となる。
専属解除となった受付嬢はウエイターと呼ばれ、普段はテラーとステージハンドが休みを取る間にフォローに入る形となる。
ちなみに専属受付嬢の担当冒険者が不慮の事故で亡くなったり、冒険者を廃業した場合等は当然専属は解除となる。
生死が隣り合わせの仕事だけに、専属解除が起こる事は実の所、結構多くあるのである。
専属解除の受付嬢で欠員の調整が出来ない場合は、新規で募集を行う。
ギルド受付嬢という職業は女性に取って、非常に人気の高い職業である為、すぐに採用が確定する。
だが、大抵はウエイターによる補充で済む事になるので、新人が来る事は中々ないのであるが。
「さて、今日はもうマイン君は来ないと思うし、受付手伝おうかな」
開いているカウンターに赤札を置いて、椅子に座ると顔なじみの冒険者達が一斉に詰めかけてきた。
「アイシャちゃん、専属になったって本当か!?」
「ええ、本当よ。今日はもう来ないとは思うけどね」
「何でだよ!?俺が頼んでも断ったのに……何で今日ギルド登録したばかりの若造なんかに!」
以前、専属を断ったC級冒険者のライルさんだ。
まあ、確かに納得は行かないだろうなあ……正直に話すしかないかしら。
「……そうですね、強いて言うならあたしの直感と言う所ですね」
そう言うと、ワナワナと震えながらライルさんの顔は真っ赤に染まる。
「君はソイツの方が俺よりも将来性があるのだと、そう言うのか?」
「将来性、というのとは少し違いますけどね……気に入りませんか?」
「……そうだな、気に入らないよ。とてもね」
そう言って、カウンターに背を向けて彼はギルドを出ていった。
【改稿】
2017/03/11
・言い回しを修正。