第128話 エイミの心情
結局、休憩を挟みながら、走りに走ったけど世界樹の迷宮には辿り着けなかった。
……やっぱり、エルフの里って遠いんだね。
途中、ルナワンの町を見つけたので、切りもいいし、今日の行程は此処までにしたんだ。
これで、この町にもこれからは簡単に来れるようになるね。
移動出来る場所を増やすという目的も、まずは一つ目クリアだ!
ちなみに僕が冒険者ギルドに所属していた時、と言っても一日だけだけど……。
その時に受けたスライムオイルの納品を依頼した町がこのルナワンなんだよね。
帰ってからアイシャに報告したら、随分遠くまで行ったのねと驚かれてしまった。
天空の迷宮については、更に遠くにあるとの事なので、思ってたよりも時間が掛かるかもしれないね。
さて、エイミさんにフェンリル様からの伝言を話さないとね。
「エイミさん、フェンリル様から伝言があります」
僕が彼女にそう声を掛けると、ビクッと体を震わせて僕の方にゆっくりと顔を向ける。
ユミル様の件で、神獣という存在にトラウマを覚えている彼女にとって、フェンリル様からの伝言なんて言うのは恐怖以外の何者でも無いだろう。
「フ、フェンリル様から……わ、私にですか?」
う~ん、コレやっぱり無理じゃないかなあ……。
フェンリル様の名前を聞くだけで、こんな状態ではユミル様の前に出たら卒倒しかねないよ。
けど、フェンリル様からの話を伝えない訳にもいかないし……。
「はい、落ち着いて聞いて下さいね」
「……は、はいぃ~」
……心配だ。
「ユミル様が、エイミさんに謝罪をしたいそうです。
厳密に言えば、エイミさんというよりもエルフ族全体に対して……だと思いますが」
僕の言葉にエイミさんより先にうちの嫁二人が反応した。
「「し、神獣様が謝罪ですって!?」」
二人の余りに激しい剣幕に、エイミさんは出しかけた言葉を思わず引っ込めてしまう。
「ちょっと待って、マイン君……それ本当なの!?」
「うん、本当だよ」
今でこそ、わっふるが目の前にいるし、フェンリル様とも出会っているから随分身近に感じているけど、そもそも神獣様という存在は神話の中の存在だ。
人が気軽に話しかけて良い存在なのでは断じてない。
そもそも、僕のように神獣様と友達になる事自体、絶対あり得ない話なのだ。
そんな神獣様が人に頭を下げると言うのだ。二人が驚かない筈がない。
逆に言えば、向こうの言い出した事とは言え、これを断ったりすればユミル様本人は当然だが、仲介をしたフェンリル様の顔まで潰す事になる。
……そんな訳だから、エイミさんには本当に申し訳ないのだけど頑張って貰わないと行けないんだよね。
二人とも、その事実に気が付いたのだろう。
固唾を呑んで、エイミさんの発する言葉を待っている。
肝心のエイミさんはと言えば、泣きそうな顔で僕達の顔を順番に見回していく。
「そ、それって謝罪は要りませんって言ったら、きっと不味いんですよね?」
「……ええ、きっと不味い事になると思います」
“謝罪は要らない”
これはきっとエイミさんの心からの本音なのだろう。
だが、この希望を通したら、どうなるかは彼女も想像がついている。
……だからこそ、僕に確認を取ったのだろう。
だから、僕も本音で彼女に答えを返す。
そして、少しでも彼女の心の負担を取り除く為に言葉を続ける。
「エイミさんの気持ちもよく分かります。
だけど、神獣様は……少なくとも僕が知っている神獣様は……。
エイミさんが心配されているような存在ではありません。
わっふるを見れば分かりますよね」
急に名前を呼ばれたからか、わっふるが「わふ?」と首を傾げて僕を見る。
その様子を見たからだろうか、エイミさんの様子は明らかに落ち着きを取り戻していく。
「……フェンリル様って、わっふるちゃんのお母様なんですよね?」
「わふっ!」
わっふるが、会話が出来ないエイミさんに右腕を上げて、そうだと彼女の問いを肯定する。
「ふふっ、わっふるちゃんのお母様なら怖くないですよね!
分かりました、正直に言えばユミル様は怖くて怖くて仕方ないですけど……。
マインさんとわっふるちゃんとフェンリル様が付いていてくれるならお会いします」
……なけなしの勇気を振り絞ったのだろう。
笑顔とその言葉の反面、手が震えているのが見える。
『わっふる!エイミさんを励まして!』
僕がそう言うと、わっふるはテクテクとエイミさんに向かってジャンプ!
そして、エイミにさんに抱きついて、ほっぺたをペロペロと舐め始めた。
「きゃっ!ちょ、ちょっとわっふるちゃん!いや、やめてー、くすぐったい、アハハハ」
……うん、上手くいった。ないすだ、わっふる!
エイミさんの過去は悲しすぎるもんね。
彼女には少しでも幸せになってもらいたいよね。
今回のユミル様との邂逅が、彼女の心に良い影響を与え、本当の意味での第一歩を踏み出す切っ掛けになればいいと思う。
その為に僕等は、出来る限りの努力をしようと思う。
「……エイミさん、頑張りましょう!
これはきっとエイミさんにとって大きな転機になります。
僕等も精一杯、応援しますから!大丈夫です!」
わっふるとじゃれながら、笑顔を浮かべるエイミさんに僕はしっかりと気持ちを伝える。
「……はい、宜しくお願いします」
こうして、エイミさんとユミル様の邂逅は行われる事が決まったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『分かっているね、ユミル爺。
まさか、私の顔を潰すような事はしないだろうね?』
『わ、わかっておる……。確かに儂が悪かったのは認めよう。
……年寄りをあまりいじめてくれるな』
マインに件のエルフ娘がユミルに恐怖を感じていると聞き、すぐに私はユミル爺に連絡をした。
『全く、神の使いが調子に乗って種族を一つ、絶滅の危機へ追い落とすとは一体何事だい。
しかも、それが世界樹の守り手のエルフ族って言うから、尚更私は許せないよ』
『いや、もうその話は何度も聞い……』
『何度でも聞きなっ!あんたが悪いんだからねっ!!』
『……すまんのじゃ……』
さあ、マイン。
こちらの準備は万端だよ。
あとはお前次第さね。
娘との話によっては、エルフ族の復興に我らが力を貸す事もある。
頑張って、娘を連れてくるんだよ。