第122話 CASE:エイミ(3)
宿屋を抜け出して、途中の小さな村に立ち寄りながら、ルーカスの町へと急ぎます。
街道を避けて、移動する事も考えたのだが、魔物に出会う考慮し、透明薬で姿を消して街道を進む事にしたのです。
透明薬を作るための素材は大量にあるのが幸いでした。
もっとも足りなくなれば、森に入って探せばいくらでも手に入ります。
エルフである私の草木の知識はヒューム族よりもかなり豊富です。
ヒューム族から見れば雑草でも、私から見れば立派な練金素材なのです。
透明薬の材料「月下草」は比較的、何処ででも取れますが、一般的には雑草扱いです。
エルフ族以外には、素材としては認識されていませんから、どこの森でも大量に取得出来るんです。
そう言った理由から、姿を隠して街道を行くと言う方法が一番、安全な移動法になると思うんです。
ちなみに透明薬の効果は使用毎に違っています。
効果が長い時で約二時間程、短くても一時間は持ちます。
しかも効果が切れそうになっても、重ねて使用する事も出来るので私を認識する事は出来ない筈です。
そんな感じで街道を歩く事、約二週間。
遂に目的地であるルーカスの町が見えてきました。
……結局、ここまで誰かにつけ狙われる事はありませんでした。
宿屋の受付で王都とルーカスへの道を確認し、王都に行くと告げておいた。
王都に興味を持っているように女将さんには話しておいたので、あのおじさんが女将に話を聞いてもルーカスに向かったとは思わないでしょう。
この作戦が上手く行ったのでしょうか。
それとも、あのおじさんの事は私の気のせいだったのでしょうか。
今となってはもう分かりません。
「ここがルーカスの町……」
町に入る為、並んでいる人の一番後ろに並びながら、町の外観を眺めてみる。
確かに聞いていたように、もの静かな印象を受ける町です。
外観を眺めながら、これからの事を考えているうちに、私の順番が回ってきました。
門番の方から簡単な質問を受け、滞在証を発行してもらう。
その際、この町に住むにはどうしたら良いかを尋ねると、門番の方は丁寧に教えてくれた。
まず、住む所を決める所から始めるとの事。
幸い、賃貸物件は数多くあるらしい。
そして次は身分証明書の類を作るとの事。
身分証明書と言えば、有名な物は冒険者ギルドのギルドカード、商業ギルドの会員カードだろう。
商売をするなら商業ギルドに登録をし、冒険者になるなら冒険者ギルドで登録をする。
私の場合はポーションなどを販売する予定なので、商業ギルドで登録するのが良さそうです。
身分証明書を入手したら、次は住民登録です。
役所に行き、住居の場所と身分証明書を提示し、一年分の税金を納める事で登録が完了するとの事です。
詳しく教えてくれた門番の方にお礼をして、ヒュームにもこんな親切な方がいるんだと思いながら、町の中へと足を運ぶ。
……まずは、住む所ね。
何処で申し込みをすればよいのか分からないので、まず商業ギルドに行く事にする。
登録をするついでに、その辺りの状況も聞いてみればいい。
ついでに手持ちのハイポーションも買って貰えるかもしれない。
まさに一石三鳥である。
道行く年配の方に商業ギルドの場所を尋ね、少し迷いながらも無事に到着する事が出来た。
「……すみません、商業ギルドに登録したいのですが」
受付の若い男性に声を掛けると、にっこりと微笑んでギルドの説明をしてくれました。
「……と、こんな感じですね。
問題が無ければ、この書類をお書き下さい」
渡された書類をしっかりと確認する。
うん、騙されるような事は書いてないようだ。
「名前……エイミ、と……販売物……薬品類、と……定宿……ってどうしよう」
私が悩んでいると、受付のお兄さんがどうしましたか?と聞いてくる。
「私、ついさっきこの町に来たばかりなんです。
この町に住もうと思っているんですけど、まだ家は決まっていなくて……」
「おや、そうなんですか……。
宜しければ、当ギルドで賃貸物件をご案内致しましょうか?」
……これは、とてもありがたい申し出です。
商業ギルドのような組織の斡旋ならば、おかしな物件を進めてくる事はないでしょうし。
どちらにせよ、商業ギルドを出た後は賃貸物件を探す予定だったんです。
ありがたく申し出を受ける事にしましょう。
「是非、お願いします!」
私の余りの勢いに軽く驚きながら、受付のお兄さんは「わかりました」と言った後、資料を取りに席を外されました。
そして、しばらく待っているといくつかの紙束をもって戻ってきたのです。
「取りあえず、住居を決めてしまいましょうか。
それからギルドの登録の続きを行う感じで宜しいでしょうか?」
当然ながら、私に異存は無い。
早速、賃貸物件の資料を見せて貰う事にする。
十件ほどの物件を見せてもらい、何とか候補を二つまで絞る事ができた。
月の家賃を考えると悩む所ではあるけれど……。
一件は月に金貨五枚の高級物件、もう一件は銀貨80枚と中々リーズナブルな物件だ。
家賃は大分違うのだが、金貨五枚の物件が安全の面では群を抜けて良い。
自分の身の上の事を考えると安全面では妥協する事は出来ない。
どちらの物件も商業ギルドから、それほど離れてはいなかったため、中を見せて貰ってから決める事にした。
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「へえ、最新の魔力結界ですか。凄いですねえ……」
「……お風呂もあるんですか!」
「この広さなら、作業場としても使えそうですね……」
二つの物件を見た結果、想定内だったが金貨五枚の物件をお願いする事になった。
支払いは毎月ギルドに払えばいいとの事だ。
収納袋から、早速金貨五枚を取り出し支払いをする。
「はい、確かに頂きました。
この後出来上がる商業ギルドのカードが家の鍵にもなりますから無くさないで下さいね。
無くした場合、金貨一枚で再発行は出来ますがギルドの評価も低くなりますので気をつけて下さい」
受付のお兄さんはそう言って、カウンターの中で魔導具をカチャカチャと弄っている。
「はい、出来ました」
そう言って、商業ギルドの会員カードを手渡されたのだった。
「さて、この後エイミさんはどうされますか?
お店を開きますか?それともお店は持たずに薬品類を何処かに卸しますか?」
「はい、薬を何処かが買ってくれるのなら卸売りをしたいと思っています」
「なるほど、薬品ですよね……一度見せて頂いても?
品質次第ではありますが、宜しければ商業ギルドで買わせて頂きますよ」
このお兄さん、中々やり手です。
金貨五枚をぱっと払った事で、私が売っている薬品に興味を持ったのでしょう。
けど、私からすれば、やはりギルドが買ってくれるというなら、取引としては安心出来ます。
「ええっと、こちらですけど……」
収納袋からハイポーションを20本ほど、取り出してお兄さんに渡します。
「ほう、これは……一本開けてみても?」
品質を確かめる為に、こうやって一本開けて確認してもらう事は良くある事だ。
勿論、問題は無い。
「はい、どうぞ」
私が許可を出すと、お兄さんは小さなコップにハイポーションを少し垂らして、カウンターの後ろにあった大きな魔導具にセットした。
「ほほう、これは素晴らしいですね。
色が濃いと思っていましたが、ハイポーションですか。
どうでしょう、是非当ギルドに卸して頂けませんでしょうか。
この品質を維持して頂けるなら一本、銀貨50枚出しましょう」
……思ったより、提示金額が高かった。
例のおじさんは一本銀貨20枚で買っていった事を考えると相当足下を見られていたのが分かる。
「わかりました、是非お願いします」
お兄さんは嬉しそうに私に礼をいい、更に条件を出してきた。
「我々に専売して頂く契約を結んで頂ければ、更に銀貨10枚上乗せしますが、どうですか?」
……やっぱりやり手ですね。
けど、これも私にとってはありがたい話です。
「交渉上手ですね、分かりました。契約させて頂きます」
「ありがとうございます!」
こうして、私はルーカスの町で無事に生活の基盤を持つ事になったのだ。
……そして、ここより十年後。
この町で運命を変える人物に出会うのだった。
お読み頂きありがとうございました。
お友達に書いて頂きました「わっふる」を載せてみました!
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
【改稿】
2017/01/21
・全般の誤字を修正。