第120話 CASE:エイミ(1)
燃えさかる炎が私を追いかけてくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……た、助けて……」
炎に追い立てられるように、私は必死になって暗闇の中、森を駆け抜ける。
「……はぁ、はぁ、あぁっ……痛っ!」
地面の窪みに気がつかず、足を引っかけてしまい、そのまま派手に地面に倒れ込んでしまった。
そして、私はそのまま燃えさかる業火に巻かれてしまうのだった。
……ああ、ここで私は死ぬんだろうか。
そう観念し、目を瞑り私の人生は終了を迎えたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……はっ!?……ゆ、夢?」
再び目を開けた時、視界に飛び込んできたのは、燃えさかる業火では無く、現在間借りしているギルドの一室であった。
喉はカラカラで、全身から汗が吹き出ている。
……寝間着が肌に張り付き、とても気持ちが悪い。
「はぁ、またあの時の夢ね……」
私の名前はエイミ。
ある事件が元で、絶滅寸前の危機に瀕しているエルフ族の数少ない生き残りです。
……厳密にはエルフ族の中でも上位種に位置する“ハイ・エルフ”という種族になるのですが……。
元々、私達ハイ・エルフを含めたエルフ族自体、多産種族では無いため、生息数は少ない。
その中で、ハイ・エルフとなると更に少なくなるのです。
そんなハイ・エルフには神様から与えられた大事な役目がありました。
神様がこの世界の気候や魔力など安定させる為にもたらした“奇跡の樹木・世界樹”。
“奇跡の樹木・世界樹”を枯れたり何か問題が起きないよう、お世話をする事。
そして時には世界樹から貴重な素材を盗もうとする者が居ないか監視をし、共に長い年月を過ごしてきた。
地上に生息するどの種族よりも大らかで寿命が長いハイ・エルフほど、世界樹の世話をするのに向いた種族は無い。
日頃の世話に対する礼なのか、ハイ・エルフには世界樹から【世界樹の祝福】と言う特殊な加護が与えられていた。
【世界樹の祝福】は受けた者によって、それぞれ違う効果を発揮します。
例えば、戦闘能力が低いハイ・エルフが不埒者達と戦えるような攻撃特化の能力であったり、治癒能力であったり……まさに様々です。
しかし、私が得た【世界樹の祝福】だけは、その効果がよく分かりませんでした。
力が強くなるわけでもなく、強い魔法が使えるようになったわけでもない。
加護を受けているのは間違いないようなのですが……。
そんな訳で加護による能力の強化は無い私でしたが、ハイ・エルフに課せられた役目を努める事が出来ていたのです。
世界樹を守護するハイ・エルフ達の族長の娘であった私はその家柄のおかげなのか、加護をカバー出来るスキルを得ていたのです。
そのスキルとは【魔法・回復大】と【錬金術】。
そして、樹木の成長促進を自在に操る事が出来る【固有魔法・木】です。
この【固有魔法・木】は、能力こそ制限されますが、世界樹にも使用出来たのです。
そんな中で、私達、エルフは世界樹の加護の元、穏やかな日々を暮らしていました。
しかし、私達は常にヒューム族にその身を狙われてもいたのです。
何でも、エルフ族の容姿は男女ともにヒューム族の価値観では“極めて美しい者”という事になっているらしい。
そんな私達を捕らえて、奴隷として販売する事を生業とした輩が多数、外の世界には存在しているのです。
先日もエルフ族の女性が数名、里から姿を見せなくなりました。
恐らくヒューム族に捕まってしまったのだろうと皆は言っています。
……残念な事に自分の身を守れる力を持った同族は極めて少なく、こうして捕まってしまう事も珍しい事では無かったのです。
何故、私達がこのような目にあわねばならないのか、何度も神へ問いかけました。
たけど、当然ながら神様から返事を頂く事は一度としてありませんでした。
結局、私達に出来る事はひっそりと暮らし、ヒューム族に見つからぬよう、生きていくだけなのでしょうか。
……願わくば、何事も無いまま、時が過ぎて欲しい。
そう毎日、私達は願って生きているのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、運命の日がやってきました。
この日も努めを果たすべく世界樹の元へ、私は向かっていました。
間もなく世界樹に到着する、そのタイミングで……あの狂気の出来事が始まったのです。
最初は、ヒューム族の王が大軍を引き連れて、私達の里に攻め込んできたのです。
戦闘が出来る仲間達が懸命に戦いましたが、多勢に無勢。
かつ、戦闘能力の違いもあり、あっという間に敗北し、次々と仲間達はヒュームに捕らえられていきました。
このままでは私も捕まってしまう!
恐怖で体が竦むのを必死に耐え、私は世界樹の沢山ある洞の一つに身を隠し、時が過ぎるのを待つのでした。
しかし、彼らヒューム族は私の予想以上にどん欲で愚かでした。
こともあろうに、この世界への神様から贈り物である世界樹を伐採し始めたのです。
何という事でしょう。
世界樹は、ヒューム族の手によって、どんどん切り刻まれ、その形を変えていきます。
このままではダメだ。
世界樹を世話し、守るのが私達ハイ・エルフの役目であり、誇りなのだ。
私一人で、出来る事などしれている。
戦闘が得意な訳でもないし、加護があっても使えない。
そんな私が姿を見せれば、恐らくそのまま捕まり奴隷にさせられるだろう。
……だけど、だからといって、このままヒューム族の思うがままに世界樹を穢させる訳にはいかない。
私は震える体を自ら抱きしめ、覚悟を決める。
さあ、今こそハイ・エルフの誇りをヒューム族へと見せつけるのだ!
強い決心を心に秘め、隠れていた洞から飛び出ようとしたとき、私が目にした物は……。
全身が白銀に輝く巨大な物……100年以上生きてた私も初めて目にする、そう巨人の姿だった。
この瞬間、事態はまさに急変したのだ。
世界樹から、少し離れた場所にあったヒューム族の拠点が、いきなり天空から落ちてきた白銀の巨人に押しつぶされた。
「神ヨリ、与エシ、コノ世界樹ヲ、穢ス、不届キ物共ヨ。
我ハ、神獣ユミル……神ノ命ニヨリ、貴様ラを抹殺シニ、ヤッテキタ。
神ノ慈悲デアル、セメテ苦シマズニ、殺シテヤロウ」
……神獣ユミル、そう確かに聞こえました。
伝説の中で神様の使いとして、この世界に十体存在すると言われる神獣様。
目の前の巨人は、その神獣様の一柱……ユミル様だと言うのでしょうか?
ユミル様はその手に持っていた巨大な槌を大きく振りかぶり、辺り一面を破壊し尽くしていきます。
鳥がさえずり、綺麗な川が流れ、美しく手入れされた木々に囲まれた、私達の故郷。
……そのエルフの里がみるみる破壊されていきます。
そして、ヒューム族もろとも、捕らえられた私の同胞達もこの世界から消えていきました。
今、私の目に映るのは……消えていく故郷の姿、仲間の姿、そして攻め込んできたヒューム達の姿だけだった。
「こんな事って……」
知らず知らずのうちに私の目から涙が流れ落ちていきます。
私達が一体何をしたと言うのでしょうか。
神様、私達は……何故このような仕打ちを受けなければならないのでしょうか!
「答えてください!何故なの!?一体、私達が何をしたと言うのですかっ!!!!神よっ!!!!!」
私の心の叫び声は、ユミル様の振るう槌の轟音にかき消され、消えていきます。
そして、いつの間にか私達の里から火の手が上がり、森へと移っていました。
私は一度だけ、世界樹を振り返ります。
「……きっと戻ってくるから」
そう呟き、私は駆けだした。
この惨劇の場所から逃げる為に、生き残る為に!!
……火の手がこちらに来る前に安全な場所まで、逃げなければならない。
必死になって、私は走った。
燃えさかる炎は私のすぐ側まで迫ってきていた。
「こんな所で死ねないのよ!私はみんなの分まで生きてみせる。生きてみせるんだからっ!!」
急激な運動に驚き、暴れる心臓を無視し、恐怖で竦む足を必死に叱咤し、私は走る。
……五分程、全力で走っただろうか。
流石に息が切れ、走る速度も目に見えて遅くなってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……た、助けて……」
思わず、弱音が口から溢れる。
……目から涙がどんどん溢れてくる。
「……はぁ、はぁ、あぁっ……痛っ!」
地面の窪みに気がつかず、足を引っかけてしまい、そのまま私は倒れ込んでしまった。
そして、私はそのまま炎に巻かれてしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「んっ……」
……目が覚めた私はゆっくりと立ち上がる。
おかしい、何故私は生きてるの?炎に巻かれて確かに……死んだ筈だ。
その証拠に私の周り一面、焼け野原になっている。
何故か、私は生きていた。
一糸まとわぬ姿で生き残っていたのだ。
分からない、一体何が起こったのだろうか。
走ってきた方角、すなわち里があった方角を振り返ってみると、既にユミル様の姿は見あたらなかった。
恐らく、全てを破壊し尽くし帰っていったのだろう。
力なく私は里があった場所へと歩いていく。
私達の故郷がどうなったのか。
その結末を見届ける為に……。
お読み頂きありがとうございました。
予想以上に長くなってしまい、分割する事にしました。
明日は続きとなります。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
【改稿】
2017/01/15
・全般の誤字を修正。