第107話 CASE:ファーレーン
義理の娘となったローレル家の娘、アイシャが提案してきた話。
それは、まさに王家に取って願ってもない話であった。
もはや、何人が生き残っているのか分からないエルフの保護。
……これはヒューム族が果たすべき責任であり、贖罪である。
ルーカスの冒険者ギルドから、エルフを保護したと報告があった時は本気でどうするか悩んだものだ。
王宮で保護するべきと宰相のモルグは強く主張していたが、果たしてそれが彼女にとって最良なのかと。
確かに王宮内であれば、身の安全はそれなりに保証されるだろう。
だが、メリットだけでは無く、デメリットもあるのだ。
王宮で保護するとなれば、彼女の正体を広く知らしめる事になる。
エルフである事を魔導具で隠している彼女の身分は一介の薬売りに過ぎない。
そんな人物を王宮に住まわす事になるのだ。
当然、それを正当化する理由が必要だ。
……つまり、エルフだと世間にあかす必要がある。
モルグは私の側室として娶れば良いなどと馬鹿な事を言っていたが、私にそんな気は無い。
そもそも国王である私がエルフを妻になど迎えれば、他国が黙ってはおるまい。
下手をすれば、あのウィルズ国王と同類として見られるようになってしまう。
それは大きく国益を損なう事になってしまうだろう。
……聡明なモルグの提案とも思えないがな。
……話が少しそれてしまったな。
つまり、己の出自をあかし王宮に彼女を匿う事となれば、メリット以外に二つデメリットが出てしまう。
・世間に自らエルフが此処にいると知らしめる。
・王宮内から出られなくなり、自由が無くなる。
王宮は確かにかなり安全な場所ではあると言える。
しかし、身の安全が100%保証される場所なのかと問われれば、答えはノーだ。
王宮と言う場所はそれこそ人の往来が激しい場所である。
訪れてくる者の中に不届きな事を考え、それを実行に移そうとする人間が居ないとも限らない。
無論、警備に万全を期してはいるが、どんな事にも例外は存在する。
100%大丈夫等という事は絶対に無いと考えねばならない。
世間に対し、自ら正体を明かすと言う事はそう言った輩にエルフが此処にいるぞと宣言するという事だ。
また、二つ目にも関わってくるが居場所を世間に公表すると言う事は王宮から身動きが取れなくなると言う事だ。
何せ、此処以外に安全な場所が無くなると言う事だからな。
正体を隠蔽する魔導具を使っているとの事だが、あの魔導具には欠点もある。
居場所を特定されると言うだけで、大きなリスクを背負う事になる。
そんな事があるから、単純に王宮で預かるという訳にはいかなかった。
……となれば、どうするべきか。
頭を悩ましていた所に、例のロゼリア・クロードがドラゴンの子供を捕まえた等という報告が舞い込んできた。
これにより、問題を棚上げせざるを得なかった。
クロードの件も義理息子のおかげで解決し、更にエルフ保護の件も義理息子のおかげで取りあえずではあるが解決を見た。
後は義理息子をサポートすべくこちらで画策をするようにせねばな。
「モルグ、王都全域に”エルフを王宮で保護している”と噂を流すよう手配をしておけ。
それから離宮の一番奥に部屋を一つ用意して、女騎士を一人で構わないので毎日交代で配置する。
人選をアルドと決めておけ」
こうして噂を流しておけば、本命の義理息子の所まで目がいく可能性は減るだろう。
ついでによからぬ事を考える輩がいれば、あぶり出す事も出来るだろうからな。
「……なるほど、確かに有効ではありますな。
身代わりの女性も用意をなさらないのですかな?」
「いや、それは必要無い、兎に角、噂をばらまくんだ。
噂が大きくなれば、なるほど目撃情報が無いエルフという存在を勝手に想像するだろうよ」
よし、これでいい。
次は、義理息子のクランへ派遣する人選だな。
腕が立ち、口が堅く信頼出来る人材……。
アルドあたりが適任ではあるが、流石に王子を派遣するわけにはいかんしな。
それに警護対象がエルフの女性だ。
問題が起きても困るからな、出来るなら女性か既婚者が良いだろう。
「アルドよ、マインの所に派遣する人材だが、心当たりはあるか?」
先程、頭の中で考えた選定条件を伝えながら息子である第一王子アルドに聞いてみる。
私の問いに少し間を置いてアルドは答えを返してくる。
「……そうですね、第一騎士団長は如何でしょうか。
例の神霊の森のゲームでマインと親好を深めたと聞きますし、腕も立つ。
家庭も持っていますし、父上の仰った条件は満たしておりますね」
第一騎士団長、ああフランツか。
なるほど、奴なら人格的にも能力的にも確かに問題は無いか。
少し前に子供も生まれて、すっかり親馬鹿になったと聞くからな。
家族を泣かせるような事もすまい。
ふむ、考えれば考えるほど、悪くない選択に思えるな。
あとは本人が王都から離れる事を承知するかどうかだが……。
ふむ、生まれたばかりの子供を連れての異動となる訳か。
フランツの奴は功労者だからな、王命で強引に命じるのは出来れば避けたい。
本人の意思を聞いてみるのがてっとり早いか。
「ふむ、あと二人ほど女性騎士をいれたい所だな、心当たりは無いか?」
「うーん、二名ですか。
ああ、そう言えば第二騎士団の方にシルフィを慕っている女性騎士が何名かおりましたな」
「ほう、その者達は信頼出来るか?」
「……さて、私は分かりませんね。シルフィに確認してみるのがよろしいかと」
ふん、確かにアルドに女性騎士の事を聞くのは野暮だったか。
相変わらず、女性が苦手なようだな。
しかし、妹が結婚したのだ。
そろそろ、アルドにも身を固めて貰わねばならん。
立場的に簡単に相手が見つかる訳ではないのは分かるが、コイツは己の結婚に無頓着すぎる。
ついでにこの場で話しておくか。
「アルドよ、女性が苦手などと言っていないで、そろそろ身を固める事を考えてはどうだ?」
私がそう言うと、アルドは顔を顰め腕を組み、顔を背ける。
「お前の相手には聖弓か聖女と思っていたのだがな。
聖弓はシルフィと共にマインに嫁いでしまったからな……。
どうだ?聖女と見合いでもしてみるか?ん??」
聖弓、言わずと知れたマインと結婚したアイシャの事だ。
実績・容姿・スキル、どれを取っても王族の伴侶として問題が無い人物だ。
だが、時既に遅い。
となると、現在王家が公認出来る相手は聖女しかいない。
強力な回復系スキルを持ち、相手の身分や報酬に関係なく治療をする姿から聖女と呼ばれる冒険者がいる。
王家が依頼を出す事も多く有り、聖弓のアイシャと共に王家の人間とは馴染みが深い女性である。
「……父上、その話はまた今度という事で……。
今は決めなければならない事が多くあります、そちらを決めてしまわねば……」
……ふう、やれやれ。
どうしてこう自身の結婚には反応が薄いのだ。
まあ、いい。
文官から一人、第二騎士団から女性騎士を二人。
モルグとシルフィの意見を聞きながら、決めるとするかな。
お読み頂きありがとうございました。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。
【改稿】
2017/01/02
・全般の誤字・言い回しを修正。