第100話 閑話・シルフィのお願い < 前編 >
100話記念閑話 (っぽい)です。
いつもの1.5倍ほどのボリュームとなっております。
それは結婚式も無事終わり、ルーカスの自宅に帰ってからの事だった。
突発的なエイミさんやエアリーのお泊まり会も無事に過ぎ、少し落ち着いた時の事だ。
「旦那様、アイシャ……私はずるいと思うのだ」
晩ご飯を家族で楽しく会話をしていると、突然こんな事をシルフィが口に出したのだ。
ずるいって一体なんの事だろう?
全く心当たりが無いのだけど……。
「ずるいって何がなの?」
僕が頭に?マークを浮かべながら、シルフィにそう尋ねると少し拗ねた表情を見せる。
うん、シルフィのこういった表情は実に珍しいよね。
いつも凛としたシルフィもいいけど、拗ねたシルフィも可愛いね。
そんな事を考えていたのだけれど……。
シルフィは顔を真っ赤にして、動きが静止してしまっている。
「マ、マイン君、口に出てる、出てるよ……」
……どうやら口に出していたみたい。
「だ、だ、だ、だんな様!い、今はそ、そんな話では無くだな……」
面白いほど狼狽えるシルフィが落ち着くのを僕とアイシャはゆっくりと待つ。
そして、待つ事およそ五分。
ようやく落ち着いた彼女は、改めて当初の”ずるい”について話し出した。
「ふぅ、全く……旦那様ったら不意打ちと言うか……ブツブツ。
……ああ、そうだ!旦那様!私はずるいと思うのだ!!」
「うん、何がずるいの?」
本題に戻ってきた。
「アイシャだけ、旦那様と二人きりでデートをしているでは無いか!」
デート……?ん、ん、んー?
えーっと、デートなんてしたかな?
全く思い当たらないよ?
アイシャに心当たりが有るのかと思って、視線を向けるとアイシャも腕を組んで考え込んでいた。
うん、やっぱり心当たりが全くないぞ。
「……シルフィ、デートって何?覚えが全く無いんだけど……」
僕がそう問いかけると、シルフィは少し目を吊り上げて、体全体で怒りをあらわした。
「何を言ってるんだ!!二人きりで力の迷宮に行っただろう!」
ふんすと鼻息も荒く、シルフィはどうだとばかりに胸を張る。
力の迷宮……アレがデート……。
そうか、彼女にとってはアレがデートになるのか……。
何とも残念な奥さんの思考に僕は肩を落としながら溜息をつく。
……隣でアイシャも溜息をついているから、僕と似た心境なのだろう。
「ねえ、シルフィ?迷宮の探索ってデートになるの?」
「勿論だ!恋仲の男女が二人きりで、遠出をする。
デート以外、何があるというのだ?」
……そうか、そう言うのならシルフィがそう言うならそう言う事なんだろうね。
「……それで、シルフィはどうしたいのかな?」
「私ともデートをしてくれ!!!」
こうして、僕とシルフィの二人は、あの力の迷宮へ再び向かうのだった。
……アイシャとわっふるはお留守番です。
わっふるは最後まで『おれもいくー、おれもいくー!』と言っていたのだけどシルフィの二人きりじゃないとデートじゃない!の一言で強引にお留守番をさせられてしまったようだ。
……と言うわけで、僕とシルフィはアドル行きの乗り合い馬車の中にいる。
【固有魔法・時空】を使えば、一瞬で到着するのだが、シルフィの強い希望で馬車を使う事になった。
なんでも、移動の時間こそ、デートの醍醐味だそうだ。
それに僕とアイシャが馬車で移動した事も理由の一つらしい。
まあ、勿論二人で会話をするだけでもデートと言えばデートになるのだろうけど……。
シルフィの中のデートに関する知識は一体誰から手に入れたのだろう?
とても不思議です。
シルフィの目論見通り?乗り合い馬車の中では色々な話をする事が出来た。
お互いの事もより深く知る事が出来て良かったとは思う……のだけど……。
仕方ない事ではあるが、僕等は馬車の中で大いに目立っていた。
元々シルフィは国民から圧倒的人気を誇る”姫騎士”だ。
結婚式の時の市民の集まり具合からもその人気具合は間違いが無い事が分かる。
そんな、人気の美女がすぐ目の前にいるのだから注目を受けない訳がない。
シルフィの注目度が高いのは当然の事として、その隣にいる平凡な男……。
つい先日に結婚式が終わったばかりなのである。
当然、その平凡な男は”姫騎士の夫”だとばれているわけで……。
……つまり、僕にも注目が集まっていた訳で。
聞こえてくるんだよね、ひそひそ話が……。
「あれって姫騎士シルフィード様よね?結婚されたんでしょ?」
「隣にいるやつが姫様の旦那だよな?なんだ、まだガキじゃないか」
「しかし、姫騎士様は本当にお美しいな」
「いや、でも旦那さんも結構可愛いわよ?」
「……姫騎士様を娶るとは……羨ましい……」
そんな訳で、アドルに着くまで、正直針のむしろで肩身が狭かったよ……。
シルフィは慣れているのか、全く気にしていなかったみたいだけどね。
そんな、微妙に居づらい空気を乗り越えて、僕等はやっとアルドの町に到着したのだった。
……うん、良かったよ、到着して!
今までも沢山馬車には乗ってきたけど、これほどまでに目的地に着いた事が嬉しかった事は無いよ!
いや、ホントに辛かった……。
そんな事を考えながら、馬車旅で凝り固まった体をほぐしていると、シルフィが全く疲れを感じさせない様子で話しかけてくる。
「旦那様!早速アイシャと泊まった宿に行くぞ!
やはり妻同士の間で何かしらの差があるのは良くないからな!
……ほら、早く行こう!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ、銀の鈴亭にようこそ」
宿に入った途端、アイシャと泊まった時と同じように女将さんが僕達に声を掛けてきてくれた。
「あら?」
僕の事を覚えていたのだろうか?女将さんは僕に向かって笑顔で尋ねてくる。
「お二人で宿泊という事でよろしいでしょうか?」
流石は、高級宿の女将さんと言う事だろうね。
この反応は間違いなく僕の事を覚えているんだと思う。
以前、来たときから大分経つと言うのに、こうして以前の対応をしてくれるとはある意味感動すら覚えるよ。
「……はい、二人で一泊で構いません。覚えていてくれたんですね!」
「ご贔屓にしていただきまして、ありがとうございます」
僕がそう言うとにっこりとたおやかに笑顔を浮かべ、丁寧なお辞儀をする女将さん。
こういう対応をされるとまた来たくなっちゃうよね!
「……ところで、恐れ入りますが……シルフィード殿下でしたでしょうか」
ああ、やっぱり分かってしまうよね。
本当にシルフィって有名人なんだよね……。
「ああ、シルフィードで間違いは無いが、今は既に王女という身分では無いからな。
それ程、気を使ってくれなくて構わない」
「存じております、ご結婚をなされたとの事。
心からお祝いを申し上げます」
女将さんはそう言って深くシルフィに頭を下げる。
そして、部屋へと案内をしてくれたのだが、くしくも前回アイシャと泊まった部屋と同じ部屋だった。
流石に女将さんが狙ってやったとは思えず、偶然の一致に驚いているとシルフィが首を傾げて聞いてくる。
「どうしたのだ、旦那様?」
「いや、前に泊まったときと同じ部屋なんだよ」
「おお、そうか!!私としてもそれは嬉しいな!!」
アイシャと差が付かない事にこだわっていたシルフィだ。
本当に嬉しいんだろうね。
「……そうか、この部屋で旦那様とアイシャは結ばれたのだな……そう考えると感慨深いな」
いや、恥ずかしいからそんな事に感慨を抱かないで欲しいよ!
物珍しいのか、シルフィは部屋の中を歩き回り、ベッドやお風呂などをチェックしている。
「さて、大体部屋の事は分かった。
アイシャと来たときは、この後すぐに迷宮に潜ったのか?」
えっと、確かあの時は町の探索に行ったんだったよね。
……雑貨屋さんと武器屋さんを回ったかな。
僕がその時の話をすると、シルフィは少し考えて提案をする。
「ならば、その二つとは違うお店を回らないか?
雑貨なんかは家に置いてあるのがここで買った奴だろう?
武器についても、必要な物を既に我々は持っている」
そうだね、確かに一理あると思う。
雑貨も今の所は必要な物は無いし、あの武器屋さんには目新しい物は売ってなかったしね。
”始まりの武器”は、もう持ってるしね。
「うん、そうだね!他のお店でも見に行こうか」
そんなわけで、僕等は宿を出て町の中を探索に出かけるのであった。
前回来た時に町の中が冒険者達で混雑する事が分かっていたからね。
最初から手を繋いで町を歩いている。
最初に入ったお店は服屋さん。
普段着を三人分とわっふるの服を作る為の布地を購入した。
一人数着買い込みはしたので、それなりの料金を払う事になったけれど、中々良い服を買えたと思う。
……シルフィがこっそりと少し気合いの入った下着をかなりの枚数買っていたのは内緒である。
あれ、多分アイシャの分も買ってるよね……。
服屋さんを出て、さて次はどこに行こうか、と相談していると突然後ろから声を掛けられた。
「なあ、そこの別嬪さん。
そんなガキなんかと遊んでないで俺達と飲みに行かないか?
好きなだけ奢ってやるからよ」
声を掛けてきたのは強面の冒険者二人組だった。
既に少し酔っぱらっているみたいだ。
……やっぱり、こういう輩はいるんだね。
この前絡まれなかったのは奇跡みたいな物だったのかな?
というか、ビックリだよね!
シルフィを見て誰だか分からない人って結構いるんだね!
あんなに沢山の人が一発で”姫騎士”だって分かったのに!
……あ、けど僕も分からなかったから人の事は言えないのか……。
「おいっ!そこのガキ!!さっさと何処かに行きな!
その姉ちゃんは俺達が責任持って預かるからよ!イヒヒ」
……あ、不味い。
シルフィが切れそうだ。
「ごめんなさい、彼女は僕の奥さんなんです。
僕達はあなた達に用事はありませんので、あなた達こそ何処かに行って下さい」
シルフィが切れる前に僕が前に出る。
鑑定でちらっと見てみたけど、どちらもC級の冒険者みたい。
油断は出来ないけれど、以前戦ったカールさんに比べれば随分と格下に見える。
『妹を頼む』
お義兄さんから言われた言葉が僕の頭に蘇る。
「ああ?こんないい女がお前みたいなガキの奥さんだ?
嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくんだな!!!!」
そう叫びながら酔っぱらい冒険者Aは僕に殴りかかってくる。
こんなの避けるまでもないや!
僕は左手でその拳を受け止め、そのまま思い切り握り潰してやる。
ミシミシと骨が軋む音が周りに響きたる。
「ぐぉぉっ、俺の手がぁぁっ!!」
喚き散らす酔っぱらい冒険者Aの鳩尾に僕は残った右拳を叩きつけた。
「ぅ……」
一瞬、呻き声を漏らし、酔っぱらい冒険者Aはその場に沈み込んだ。
僕は連れが一撃で倒されたのを見て、狼狽えるもう一人の酔っぱらい冒険者Bに声を掛ける。
「……まだ、僕達に絡んできますか?
これ以上、続けるというなら本気でやりますよ」
わざと無表情を装って、淡々と話すよう心がける。
すると、酔っぱらい冒険者Bは力なく首を横に振り、ペタンと尻餅をついた。
「……では、僕等はこれで失礼しますね!」
僕はそう言って、シルフィの腕を取り、その場から足早に立ち去っていく。
しばらく歩いて喧噪から抜け出すと、僕は「ふぅ」と溜息をついた。
「……旦那様、格好良かったぞ!」
「あんな奴ら、シルフィなら一捻りだったと思うんだけど……。
やっぱり、僕がシルフィを……アイシャを守らないとダメだから……」
手放しでシルフィが褒めてくれるので、少し照れ気味に答えを返した。
その後、時間も大分経ってしまったので、宿へと帰る事にした。
ご飯の時間を過ぎちゃうと勿体ないしね。
銀の鈴亭の晩ご飯は凄く美味しいのは分かってるしね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱり美味しかったね!」
「ああ、確かに美味しかった」
今、僕達は食事を終えて、部屋でまったりと寛いでいる。
お風呂が沸く間、僕等の話題は勿論、先程食べた夕食の事だった。
「……お、そろそろ湧いたか?
旦那様、入ろうか?今日は私が背中を流そう」
僕達は仲良く手を繋いで、お風呂に向かい至福の時間を過ごしたのだった。
うん、やっぱりお風呂は気持ちがいいね!
何時もお読み頂きありがとうございました。
今後とも宜しくお願いします。
と言うわけで閑話っぽくない閑話の前編です。
友人からのリクエストでシルフィにスポットを当てさせて頂きました。
楽しんで頂ければ幸いです。
【改稿】
2017/01/09
・時間軸調整のため、冒頭の文章を変更。