第10話 ギルド長が現れた
「けっ、餓鬼が冒険者になるだと?なめてんじゃねーぞ」
うん、何かめんどくさい事が起きそうだ。
「ヒヨルドさん、ギルド内での揉め事は禁止ですよ」
お姉さんが後ろで叫んでいる冒険者に注意をしてくれる。
しかし、全く効果が無いみたいだ。
「アイシャちゃん、これは揉め事なんかじゃねーよ、身の程を知らねえ餓鬼に現実を教えてやってんだ。黙って見てな」
なるほど、普段からこんなのを相手にしてれば、僕の挨拶や言葉遣いに驚く筈だよね。
妙な所で納得しちゃったよ。
あ、このお姉さんはアイシャさんって言うんだ、覚えておこう。
名前:ヒヨルド
種族:ヒューム
性別:男
年齢:29歳
職業:冒険者(D級)
【スキル】
片手斧
補助魔法・徐々回復小(体力)
ランクDの冒険者なんだ、中々良いスキルを持ってるね。
様子をこのまま見て、悪いヤツっぽければスキルを取り上げちゃうかな。
「おい、くそ餓鬼!このヒヨルド様の教えのおかげで命が助かったんだ、謝礼として有り金全部置いていきな」
はて?僕、何か教えて貰ったっけ?言ってる意味が全く分かんないや。
「えっと……ヒヨルドさんでしたか?僕、何か教えて頂きましたでしょうか?心当たりが無いんですけど……」
僕の問いかけに、このやり取りを見ていたギルド内にいた冒険者の人達が笑い出した。
「おいおいヒヨルド、お前相手にされてねーんじゃねーか?成人したての餓鬼になめられてんだよ」
ヒヨルドを指さして笑いながら、冒険者の一人が声をあげる。
そしてその声を聞いた、他の冒険者達が更に大声で笑い声をあげる。
笑われた張本人のヒヨルドは顔を真っ赤にさせて、怒鳴りだした。
「巫山戯んな、クソ餓鬼があっ!解らないというなら体に教えてやるっ!!」
そう言って、振り上げた拳を僕に向かって叩きつけようとする。
避ける事は出来るんだけど、僕が避けると下手すれば受付嬢のアイシャさんに当たってしまうかも知れない。
そんな事、許せるわけがない。
仕方ない、殴られよう。
ポーションも沢山作ったし、死ぬ事は無いだろう。
ぐっと衝撃に備え、歯を食いしばった。
「ドゴッ」
ヒヨルドの拳は僕の右頬に命中し、衝撃で座っていた椅子からそのまま転げ落ち、背中が受付カウンターに激しくぶつかった。
「痛っ」
僕はそのまま、床に仰向けに倒れ込んでしまう。
アイシャさんは怒りの表情を顕わにし、冒険者達の中には口笛を鳴らしながら囃し立てる。
僕は痛みで意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、このクソ野郎のスキルを二つとも奪い取る。
カット&ペーストが無事完了した事で、内心ざまあみろと口元に笑みが浮かぶ。
しかし、ヒヨルドには笑われてると思ったんだろう、更に激昂し倒れている僕の腹を力一杯踏みつける。
「ぐっ」
痛みに悶絶する僕を見て、気が晴れたのか踏みつけた足をそのままグリグリと力を掛けながら押し潰してきた。
これは流石に不味い……。
僕の意識はそこで途切れてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうした?下がやけに騒がしいな、また馬鹿共が何かやらかしたのか?」
執務室を出て、一階へと向かう。
階段が近づくにつれて、喧噪が耳にはっきりと聞こえてくるようになってくる。
「おいおいヒヨルド、お前相手にされてねーんじゃねーか?成人したての餓鬼になめられてんだよ」
ふむ、騒ぎを起こしているのはヒヨルドのヤツか。これで何度目だ?流石に今回は厳罰を覚悟してもらおうか。
「巫山戯んな、クソ餓鬼があっ!解らないというなら体に教えてやるっ!!」
階段の踊り場まで辿り着いた時、その光景が目に飛び込んできた。
ヒヨルドのヤツが受付席に座っている少年目がけて拳を振り上げている所だった。
む、あの少年……、避ける事が出来るのに歯を食いしばりやがった。
下手に避けるとアイシャが巻き込まれるから、か。
歳に似合わない行動、そして覚悟だな。中々出来る事じゃあない。
今時、見所がある若者だ。
そして、当然少年はそのまま殴られ、地面に倒れ込んでしまう。
「いかん」
ヒヨルドのヤツめ、殺す気か!?
地面に倒れ込んだ少年の腹を力を篭めて、押し潰すのを見て流石にこのまま見ているだけという訳にはいかん。
「やめんか、馬鹿者っ!」
ギルド内の全域に響き渡る程の大声でヒヨルドに向かって叫んだ。
一斉に視線が俺に集まる。
「「「「ギ、ギルド長……」」」」
「なあ、これは何の騒ぎだ?え、ヒヨルドよ」
シンと静まりかえったフロア内に俺の声が響き渡る。
殺気を込めて、ヒヨルドを見据えると、ヤツはガクガクと震えだし、弁明を始める。
「こ、これはアレだ、そう教育だ、ギルドの先輩として言う事を聞かないクソ餓鬼を指導してやったんだよ!」
「この前も似たような事を抜かして、有望株だった新人に絡んだ挙げ句、ギルドを辞めさせてくれたよな?ああ?」
何度も同じようなくだらん言い訳にもならん言い訳を繰り返す馬鹿者に、苛立ちを覚える。
「お前、この前俺に言ったよな?反省してます、もう二度としませんって……ありゃ、嘘か?」
「違う!嘘なんかじゃねーよ、反省してるさ、俺は何も悪い事はしてねえ、悪いのはこのクソ餓鬼だ」
あくまでも自分が正しいと言い張るか、よかろう。
確認してやろうじゃないか。
「ほう、アイシャよ。この馬鹿がこんな事を言ってるが本当か?」
いきなり、話を振られたアイシャは慌てつつも俺が望んでいた答えを返してくれた。
「いいえ、違います。”冒険者では無い一般人、しかも成人を迎えたばかりの少年”に因縁をつけ、金銭を要求しておりました」
アイシャの答えを聞き、ヒヨルドのヤツは再び顔を真っ赤に染め、怒りながら喚き散らす。
「ふ、ふざけんなよ!俺はそんな事はしてねえ、いい加減な事抜かすんじゃねえよっ!」
「しかも、少年が要求を断ると”一般人である彼に対して”いきなり殴りかかっております」
「よくわかったアイシャ。取り敢えず、お前はその少年を治療室にすぐ運んでやれ。後は俺が処理しておく」
俺の指示に頷き、アイシャは同僚の受付嬢と一緒に少年を治療室へと運んでいった。
重傷だろうが、これで死ぬ事はあるまい。後でギルドからあの少年に詫び金を出さねばならんな。
アイシャ達が視界から消えたのを確認して、俺は静かに階段を降りていく。
「なあ、ヒヨルドよ……俺に教えてくれないか?一体、何時から冒険者が……しかもD級の冒険者様が一般人のお子様に向かって手を上げても良くなったんだ?」
殺気を振りまきながらヒヨルドに問いかける。
「お、俺は悪くねえっていってんだろ?なあ、許してくれよ……もうやんねえからよ、ぜってえ、やんねえから、な?いいだろ」
「何度目だ?俺にそう言うのは?」
「今度こそ、ぜってえだよ。嘘なんかじゃねえ、本当だ!信じてくれよ」
「いや、流石にもう信じんよ、お前俺を……ギルドを舐めてんだろ?」
何度も同じ過ちを繰り返す、更に今回は一般人に手を上げている。
無罪放免なんて出来るわけ無いだろう、許して貰えると本気で思ってるなら本気で救いようの無い馬鹿だって事だ。
「選択肢を二つくれてやる。一つは今回の違約金として白金貨10枚払い、ギルドを除名」
「じょ、冗談じゃねえ、そんなの呑めるかよ!巫山戯るなっ!!!」
「もう一つは、ギルドを除名のうえ、今ここで俺に両腕を切り落とされ落とし前をつけるか、だ。好きな方を選べよ」
一般人に対しギルドが認めた冒険者、しかもD級というそれなりのランクを持った者が手を上げた挙げ句、殺し掛けるなぞ、ギルドの信頼を著しく貶める行為だ。
ここまでやっても世間からは、まだ生ぬるいと言われかねない失態だ。
「……くそったれ、どっちもお断りだああああっ!!!!」
この馬鹿、一番最悪の選択をしやがった。
俺に武器を向けるなんてな。
だが、何かおかしい。大声を上げて、斧を全力で振り下ろしてくる割に、キレが無い攻撃だった。
D級冒険者とはとても思えない攻撃だ。
……手を抜いているようにはみえんが、まあいい。何か企んでいようが蹴散らしてくれる。
俺は背中に背負っていた両手剣を一気に抜刀し、そのままヒヨルドの両腕を肩から切り落とした。
策を巡らせていたかと思ったが、随分あっさりと終わってしまったな……まあいい。
「ウガァァァァ、お、俺の腕がァァァァッ~~~~」
腕が無くなった以上、もう冒険者として生きていく事は出来まい。
これからは慎ましく生きていくんだな。
俺はそう思いながら、ヒヨルドの肩に無造作に高品位ポーションを振りかけた。
あくまでもこれは落とし前で、殺したい訳ではないからな。
そして、ギルド内に向かって大声をあげる。
「いいか、お前ら冒険者に品行方正であれとは言わん。だが、冒険者ギルドという組織に組みする者として決められたルールは守れ」
突然、起こったギルド内での惨劇に冒険者達がどよめく中、俺の声が響き渡った
「ルールを守れない者、守る気がない者、そしてギルドの尊厳を貶める者、そんなヤツラはギルドにはいらん。すぐに出て行け」
それだけ言い放ち、俺は治療室へと歩き始めた。