帰ってきた看板たち
剣崎たちが中東の地でオリンピック出場を決めているころ、松本監督率いるアガーラ和歌山は、一次キャンプの和歌山県串本町から宮崎に移って、チームの成熟に努めていた。
松本監督は一次キャンプの時から、守備における約束事を徹底させた。ます、これまでの持ち味であった積極的なプレッシングを改めさせた。闇雲に一斉に仕掛けるのではなく、ボールホルダー(ボールを持っている選手)には最も近い選手が奪いにかかり、それ以外の選手はそのパスコースを防ぐポジショニングを取らせた。ボールホルダーが中盤にいれば、前線の味方は、常にバックパスを奪える体勢に入りショートカウンターを仕掛けられるようにする。最終ラインにいるならば、FW、MFと波状にプレスをかけ相手の最終ラインを押し下げさせた。
攻撃においては、出し手と受け手のプレースタイルの共有に腐心した。どういうパスが得意でどのタイミングで仕掛けるのか・・・等々、お互いが得意とするプレーを理解させ、判断のスピードアップを目指した。
だらだらと書いてきたが、松本監督の志向するサッカーは、恐らくクラブの歴代監督と比較して、最も頭の回転を要するにサッカーだ。変な話、昨年初頭にクラブを率いたヘルナンデス監督に近いが、プレーの改善点や手応えについてはまず選手の口から感じたことを語らせ、それをもとに練り直しや錬成を進めるという、選手の感性を無下にしないという相違点があった。
重要視しているのは「コミュニケーション」「観察力」「判断に対する決断力」。プレーを重ねるごとに偏ったプレーをしたり、ためらった様子を見せた選手に対しては厳しい言葉をぶつけた。
そんな中に、剣崎たちは凱旋してきたのである。
そして宮崎での初日。レギュラーと控えメンバーで紅白戦が行われた。和歌山の場合、レギュラーはビブスなしでプレーする。そこで松本監督は、剣崎たちの現在地を示した。
レギュラー組
GK29舳巧
DF15ソン・テジョン
DF22仁科勝幸
DF21長塚康弘
DF14関原慶治
MF24根島慶介
MF34米良琢磨
MF25野添有紀彦
MF5緒方達也
FW36矢神真也
FW10小松原真理
ビブス組
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF23沼井琢磨
DF4江口大吾
DF19寺橋和樹
MF2猪口太一
MF17チョン・スンファン
MF16竹内俊也
MF13須藤京一
FW9剣崎龍一
FW11櫻井竜斗
「むこう(ビブス)の面子、結構豪華だな、長塚」
「現役五輪代表に、元韓国代表キャプテンか。まあ、そんじょそこらの連中じゃまずひるむな」
レギュラー組のセンターバックを組む仁科と長塚は、その状況を楽しむように笑う。流石は百戦錬磨と言うべきか。
「おい舳、向こうのFWはどっちも化け物だ。お前のコーチングもカギだ。遠慮せずにどんどん指示を出してくれや」
「は、はひ、にちなさん!!」
仁科に声をかけられて、舳は大柄な風貌に似合わぬ緊張で返事を噛む。その様子に仁科は苦笑が止まらない。
「さてっと、俺たちがいない間、どんだけチームを鍛えてたのか試させてもうらおうかい!」
一方で、ビブスを身にまとった剣崎は、久々のチームでの練習に胸を躍らせていた。
さてキックオフ。レギュラー組でプレーする根島は、今一度ビブス組を見る。
(剣崎さん、友成さん、猪口さん、竹内さん・・・。やっぱ改めて見るとすごいメンバーだ。どっちがレギュラーか分かったもんじゃない。でも・・・)
右足を振り上げながら、自らに喝を入れた。
(俺だって監督のやりたいサッカーを理解して、今だけでもレギュラーとして扱ってくれている。開幕まで維持しないと)
そして右サイドを見ながら、攻め上がるソンの進路上にパスを通した。受けたソンは、持ち味の馬力とここ最近身に付けつつある老獪さで須藤、寺橋の二人をあっさりかわし、ゴール前にクロスを放つ。競り合うのは小松原と江口。そこで中東帰りの面々は、江口のポテンシャルに舌を巻く。
「んだりゃあ!!」
「うおわっ!!」
弾き飛ばされる小松原、見た感じの体格はかなりの筋肉質だが、それでも昨年のリーグ戦における空中戦で、チーム内では剣崎に次ぐ勝率を残した小松原。それにあっさり勝利する光景に、友成は少なからず驚いた。
「ほう・・・。コマに勝てるってのは大したもんだな。だが・・・」
弾かれたボールは、力なくすぐに落下。猪口が矢神に奪われる前にかっさらって難を逃れた。
「ひゅ~。助かったっすよ猪口さ~・・・んぎゃ!!」
「てめえクリア下手にもほどがあるだろ。あれじゃまだ電柱のほうが役に立つわ」
猪口に感謝しようとした矢先、友成に不意のケツキックを喰らって説教をくらう江口。
「電柱って・・・電柱は動かねえじゃねえっすか」
「空中戦は人間に競り勝てばいいってもんじゃねえんだよこの脳みそなし!沼井、てめえこのでくの坊をもっと教育しろ!」
「相変わらず辛辣だなお前・・・」
まくし立ててきた友成に、沼井は笑うしかなかった。
紅白戦はなお続く。