宿願
30分アニメでいうところの2時間スペシャルのようなものですw
オリンピック出場のかかった、準決勝のイラク戦。
スタジアムに日本国家が流れる中、選手たちは、その高ぶる気持ちを抑えきれないでいた。
(監督に言われるまでもない。それだけのために俺たちは戦ってきたんだ。絶対につかんでやる!!)
内海はそう心の中で闘志を燃やした。
スタメン
GK1渡由紀夫
DF14真行寺誠司
DF4小野寺英一
DF5大森優作
DF18吉原裕也
MF3内海秀人
MF17近森芳和
MF16竹内俊也
MF7桐嶋和也
FW9剣崎龍一
FW22西谷敦志
キックオフ直前、円陣を組んだ中で、内海は言った。そして吠えた。
「この試合、絶対勝つ!!!」
勇ましい雄叫びが、円陣から生まれた。
「気合入ってますね、あいつら。今日の試合の意気込みがここまで伝わってきますよ」
ベンチにまで聞こえてきた雄叫びと、円陣を解いた後の凛々しい表情を見て、黒松ヘッドコーチは頼もしげに語る。一方で、叶宮監督は珍しく悲観的だった。
「どうかしらね。3位決定戦を意識から封じ込めようと、無理やり気合を入れているようにも見えるわね。こんな状況で、まともな攻撃ができるのか、正直疑わしいわね」
「は、はあ・・・」
結構バッサリと切り捨てた指揮官の言葉に、黒松コーチは並行してしまう。
「この試合で決めてしまいたいのは日本代表もイラク代表も同じ。執行猶予を意識から放りだそうとするのはいいけど、こういう試合は、より冷めて戦えるかよ。ま、じっくり見させてもらおうじゃないの」
叶宮監督の言う通り、この試合は「ここでオリンピックを決めてしまいたい」という願望のぶつかり合いとなったが、それがより鮮明に出ていたのは、アテネ以来3大会ぶりの切符を目指すイラク代表であった。大袈裟でもなく、サッカーのイラク代表は、繰り返される内戦やテロ行為に疲弊している国民の希望の星だった。苦しむ自国民に、少しでも明るい話題を届けたい。まさに「国を背負って」ぶつかってくるイラクの迫力に、立ち上がりこそ互角だった展開が、次第にイラク側に傾倒。イラクの3トップがゴールを脅かす場面が続いた。
「でぇぃっ!!」
その結果、イラクに何度もコーナーキックを与える羽目になり、その度に渡がその長身を生かしたパンチングやキャッチングで難を逃れた。
(くそっ。何としても前線にボールを送らねえと・・・)
苦虫をかみつぶしたような表情で、渡はボールを大きく蹴りだす。だが、元々パントキックが得意でない上に、この日は風下にさらされたことも災いし、ボールはセンターラインを越えるのがやっとという状況。ボランチの内海と近森は、セカンドボールの奪い合いに奔走したが、この争いでもイラクの出足が早いために攻撃をなかなか遮断できないでいた。
「くのぉ!!」
ボールを拾ったイラクのMFを、近森は懸命に身体を投げ出して止めにかかる。だが、言い換えれは強引すぎる守備はファウルもとられやすく、レフェリーは躊躇なくイエローカードを掲げた。憮然とする近森を内海はたしなめた。
「チカ、気持ちはわかるがそういう態度は出すな。もっと冷静にいかないとまたカードもらうぞ」
「・・・わかっちょる。ばってん、自分が不甲斐なくて腹立つばい」
近森が漏らした自分への苛立ちは、内海もまた感じていることだった。だがチームを、ピッチの11人をまとめるキャプテンとしての責任感がそれを押し殺し、近森への労いを発した。
「とにかく焦るな。そして耐えるんだ。チャンスは必ずくる。必ず、な」
「・・・おう」
しかし、チャンスの前にきたのは、先制点献上という屈辱だった。前半で早くも五度目となったコーナーキックの場面。ショートコーナーで意表をつかれて生まれたマークのずれに漬け込まれ、イラクのセンターバック、ハマードにドンピシャリのヘディングを叩き込まれた。押し込まれ続けた末に、耐え切れずに許してしまった先制点。日本代表の雰囲気が、一気に暗くなるのが目に見えた。
前線に立つ、背番号9を除いて。
「アツ、ちょっとの間守備頼むわ。ちょっと俺、ゴール狙うから」
「はあ?急に何言って・・・・フン」
剣崎の一言に驚き、とがめようとした西谷だったが、渋々剣崎の頼みごとを引き受けた。
「分かったよ。じゃあ、絶対に決めろよ?その『目』に免じて、貸しにしないでやるよ」
西谷が剣崎の要求に応じたのは、剣崎の目がとにかくぎらついているのが分かったからだ。こういうとき、剣崎は大概ゴールを決めてきた。技術的な根拠はない。だが、得点に関して、剣崎の宣言に偽りはなかった。
それが成されたのは、前半のアディショナルタイムだった。
「せぃっ!」
セカンドボール争いに勝った内海がふと前線を見ると、剣崎から強烈な視線を感じた。
俺によこせ。絶対決める。
そんな声が聞こえてきたような気がした。
(あいつならイケるかも・・・。かけてみるか!)
「頼むぞ!!」
意を決し、ロングボールを剣崎目がけて蹴り上げた。その瞬間、内海は息をのんだ。剣崎はたった一歩でイラク最終ラインの裏を、オフサイドギリギリのタイミングで抜け出した。そしてボールの落下点に駆け付けると、ゴールを背にして胸でトラップする。そしてためらいなく跳んだ。
「せいやぁっ!!」
オリンピック出場が決まるか否かの大一番で、最も可能性の低いオーバーヘッドシュート。その一撃は、意表を突かれて反応できないキーパーの右を貫き、同時に前半終了のホイッスルが響く。
エースの一撃で、日本は1-1で折り返すことになった。
ロッカーに引き揚げる両代表の表情は、どちらもこわばらせたままだった。リードして終われるはずが、まさかの同点に意気消沈したイラクは言わずもがなだが、日本代表も明るい気持ちにはなれない。エースの一撃は頼もしかったが、それ以外に自分たちの良さを見いだせない展開だったからだろう。イラクは落胆だが、日本代表は手応えのなさからくる疲労感がその表情を作っていた。
そんな日本代表に、叶宮監督は強烈な劇薬を投入した。
「後半、頭からキーパーは友成で行くわよ」
ロッカールームがざわめき立つ。真っ先に小野寺が反論する。
「ちょっと待ってくれよ監督!!ユキオは1点しかとられてねえし、むしろよく防いでいたんだぜ?これからってときになんでそんな博打打つんだよ!!」
「そうですよ。前半、あんな展開だったのにむしろ1点で済んだのは、ユキオが踏ん張ってくれたからですよ?いくら何でも、交代はあんまりです」
続いて大森も渡を弁護するが、指揮官はそれを突っぱねた。
「よく防いでいた?むしろ1点で済んだ?後ろに目がいかないってホント恐ろしいわね~。アタシは前半の展開は渡が元凶と思っているんだけど。当の本人はどうかしら?何か反論ある?」
そう言って、叶宮監督は渡に振る。その時の渡は黙り込んでいたが、悔しさを押し殺すというより、本音を漏らすまいと懸命に耐えているように見えた。そして、おもむろに口を開いた。
「オノ、大森、庇ってくれて悪いが・・・。前半は完全に俺のせいだ。向こうの圧力に尻込んで、パニくってたんだ・・・・」
「で、でもよ!向こうのクロスとかハイボールは、ちゃんと処理できてたじゃねえか」
「そうだぜ。渡だからああいうボールに対応できたんじゃんか」
真行寺兄弟が、兄誠司、弟壮馬の順で擁護するが、渡はそれに対して首を横に振った。
「あんなもんは身体が行き当たりばったりに反応して、たまたまそれがはまっただけだ。・・・・恥ずかしい話だが、失点の時のショートコーナーの時から、まともに覚えてねえんだ・・・。はは、無様だろ?大事な試合で何にもできなかったんだからさ・・・」
最後は自分を卑下するように、笑って座り込んでうつむく渡。長らく守護神として五輪代表を引っ張ってきた姿はそこになく、切符へのプレッシャーで押しつぶされてしまった、「一人の若いキーパー」でしかなくなっていた。そんな渡の頬に、剣崎の拳が飛んだ。そのまま剣崎は床に転がった渡に馬乗りになり、胸ぐらをつかんで吼える。
「てんめえ腑抜けてんじゃねえぞ!!!それが背番号1をずっと背負ってきた男の言葉かよ!!!お前を信じて体張ってきたDF陣にそんな無様な姿見せんなよ!!!誰もお前を笑ってねえのに・・・なんで自分を笑うんだよ!!!!!」
顔を紅潮させ、鼻息を荒くし、目に光るものを浮かべながら、渡を叱咤する剣崎。再び静寂に包まれたロッカーに、準備万端の友成が入ってきた。そして、剣崎の頭をスパイクで叩いた。
「外まで聞こえてるぞバカ。味方殴るなんてどんだけ単細胞なんだよお前。昭和の体育会系じゃあるまいし。ま、言ってることに間違いはねえし、それが響かねえようなら代表どころか選手として終わりだぞ渡」
友成の言葉に、渡の目に次第に戦意が戻ってくる。
「ま、お前が1点で済ませたゴールは、これ以上絶対に割らせねえ。この天才・友成が守る以上、今日の負けはありえねえ」
「・・・・ふう。代わられる立場が言うのもおかしいが、どっからそんな自信が来るんだ?友成」
友成の決意表明に対して、苦笑しながらツッコむ渡。さっきまでの弱弱しさは消えている。友成はほくそ笑んで答えた。
「自信はどっかから来るもんじゃねえ。自分の中でとっくに出来上がってるもんだ。特に、俺のような天才はな」
そのタイミングで、ハーフタイム終了のブザーが鳴った。
「あらら。後半の策は何も言えずじまいだったわね。まあいいわ。やることは一つよ。『今日でオリンピックを決める』それだけよ」
キーパー交代という策に、日本のテレビ中継やイラクのベンチは驚きを隠せないでいたが、10人のフィールドプレイヤーの腹はくくれていた。
渡を交代させた叶宮監督の意図は二つ。一つは怯んでしまったがゆえにポジションが下がった最終ラインを高い位置に押し上げ直すこと。そしてもう一つが、友成のキック力をもってカウンターを仕掛けやするすることだった。
そして、特にもう一つの狙いがまずハマった。後半は風上だったこともあり、弾丸ライナーで放たれる友成のゴールキックは、風にもよくのってなんどもアタッキングサード(ピッチを三分割したときの敵陣ゴールラインから三分の一の範囲)近辺に到達。これを剣崎が競り合い、西谷、竹内、桐島に散らす。次第に攻撃が形になってきた日本代表は、一転チャンスを多く創出。攻める時間が長くなることで最終ラインも高くなり、イラクを押し込むようになっていた。
それでも、終始日本代表が押していたわけではない。時たまカウンターをくらうこともあったし、攻撃でもフィニッシュの精度を欠く。
「ふ~む・・・ちょっと攻撃のパターンを変えないといけないかもね。カードをどう切るかね・・・」
ピッチの11人を見渡しながら、叶宮監督はそうつぶやく。そして、ひらめいた。
「前線で身体を張るには、必ずしも体格が全てじゃないのよね」
後半も残り15分を切ろうかというところで、叶宮監督は2人同時に交代することを決めた。下げるのはセンターバック小野寺とFWの西谷。二人とも運動量が明らかに落ちているのが見て取れたからだ。しかし、対して投入するのは同じボランチタイプの南條と猪口だった。さらに驚くべきは、猪口は西谷と交代でピッチに立ち、そのままFWのポジションに入ったのであった(ちなみに南條はボランチに入り、内海がセンターバックのポジションに下がる)。
「グチ・・・。なんでお前がFWに来るんだ?」
「やっぱそう言うよな普通。でも、監督にここに行けって言われたからね」
けげんな表情を浮かべて尋ねる剣崎に、猪口は苦笑する。ただ、自信ありげな表情も見せた。
「『向こうのスイーパー(ボールを回収する役割の人。要はこぼれ球に真っ先に反応するDF)を潰して来い』だって。『いつもやる徹底マークの要領で』ってね。奪ったボールはお前と竹内と桐嶋、一番フリーな状態の選手につなげるから、あとは頼むよ」
「そういうことか。まあ任せとけ。ただ、一つ言わせろ。まず俺に渡せ。逆転ゴールは俺がこじ開ける」
「言うと思ったよ。でも、監督の伝言は『あんたのパス能力じゃ無理』だって」
猪口の言葉に、剣崎はむくれたのは言うまでもない。
この猪口起用は、ズバリとハマった。友成がかっ飛ばしてくるゴールキックや、内海、南條のロングボールを剣崎が競り合うまでは今まで通り。この競り合いでこぼれるセカンドボールの回収率が飛躍的に向上。猪口が鋭い反応と読みでいち早くセカンドボールを拾い、左に桐嶋、右の竹内に展開。未だに運動量の落ちない両翼は、ギアをさらに一段階上げて攻めにかかる。そして、イラクが二人に対する守備でスローインに逃げれば、南條の存在が光ることになる。
「そいじゃ、い~きま~すかっ!!」
助走をつけ、思い切り振りぬかれた両腕から放たれるボール。南條はロングスローの名手であり、脚で蹴り上げたクロス並みの球速と精度のあるボールを投げられるのである。ここへきてイラクは、延長戦を見据えて、フィールドプレイヤー10人全員が自陣に引きこもり、ゴール前のバイタルエリアは数にものを言わせてシュートコースを埋めたのである。日本代表が既に交代枠を使い切っているだけに、この手段をとること自体は間違っていない。だが、頑丈に締め切ったイラクの壁を、日本代表は総力を挙げて破りにかかった。
「くんぬやらあっ!!」
アディショナルタイムが「4分」と表示されたのと同時に、剣崎のミドルシュートがイラクゴール前を襲う。DFの背中がそれを跳ね返すと、猪口が拾って右サイドへ。これを竹内がさらに右に繋ぎ、攻め上がってきたサイドバックの真行寺誠司がゴール前にセンタリング。今度はイラクのセンターバック・ハマードが得意のヘディングで跳ね返す。今度は近森が拾って左へ。桐嶋はゴールラインぎりぎりまで攻め上がり、潰しに来た相手を切り返しでかわしてセンタリングを打ち上げると、それを剣崎がヘディング。これはクロスバーに跳ね返されたが、それを拾ったのは内海だった。その瞬間だった。
(見えた!!)
敵味方が密集する中で、内海は前を向いた瞬間、一本の光が見えた。その光になぞらせるようなシュートを右足から放つ。
放たれたミドルシュートは、誰にも当たることなく、真っ直ぐ地を這って、ゴール左隅を貫いた。
ベンチの選手たち全員が飛び上がり、抱き付き合い、ピッチの選手たちは呆然とする内海に次々と抱きつく。二重三重にのしかかられながら、内海はあおむけに倒れた状態で雄たけびを挙げる。
その3分後、日本はオリンピック出場の切符を勝ち取ったのであった。