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かつての仲間

第5シーズン。いよいよクライマックスです。

 セレーノとの準決勝を制した和歌山は、J1昇格まであと一歩。残すは決勝戦のみとなった。そしてその対戦相手は、京都を下した松本山河FCとなった。シーズンの順位は松本の方が上なので、引き分けが許されないシチュエーションは準決勝と同じだ。

 そのミーティングにおいて、松本監督は二人の選手を要注意人物に上げる。その二人は選手の誰もが見知った選手だった。

「鶴岡と桐嶋。この二人が縦並びになって攻めるのが松本の得点源だ。特に鶴岡の高さは相当に厄介だ。DF陣は、空中戦で勝とうかどうかよりも、こいつに万全にプレーさせないことに徹しろ。ボディコンタクトはカード覚悟で激しくいけ」

「だな。マッさんの言う通り、こいつの高さはケタ違いだ。しかもそれで結構俊敏だってっから、厄介極まりねえな」

 仁科が頭の後ろで手を組みながらそうぼやく。その後ろではウォルコットが通訳兼トレーナーのリンカ・バドマンから鶴岡の特徴についてレクチャーを受けている。

「そしてその鶴岡の落としをきっちり叩き込む。あるいはドリブルで自分で仕掛けて仕留める。・・・今じゃすっかりストライカーと化した桐嶋は厄介だ。とりあえず、うちでやってた時とは別人と考えた方がいい」

「だろうな。ポジショニングもそうだが、シュートが格段にうまくなってる。ま、俺には問題ないがね」

 友成は余裕の表情を浮かべた。

「むこうの瓜町監督はかなりの戦術家。スカウティングの入念さもJリーグ全体でも屈指だ。守備についてはゾーンで網を張って、運動量でつぶしてくると俺は見ているが、特にFWはそれにとらわれるな。シュートのタイミングに関してはお前らピッチの選手自身の判断に任せる。打てるシュート、狙えるシュートはどんどんいけ。変な駆け引きは逆に思うつぼだぞ」


 ところ変わって長野県松本市。その市内の練習施設で、松本山河の選手たちは戦術練習に汗を流していた。

「うわっ」

 マーク役の選手が、ドリブルを仕掛けようとした桐嶋に振りきられて驚きの声をあげる。鋭いドリブルで一気に仕掛ける。潰しにかかるDFもかわし、そのままキーパーもかわしてゴールを奪った。

「カズっ!今鶴岡が側でフリーだったんだぞ!もっと周りを見ろ!」

 しかし、瓜町監督は、桐嶋のやや強引なプレーを指摘した。桐嶋は「あ、すいません。つい・・・」と頭をかいたが、瓜町監督はやれやれと苦笑いした。

「意気揚々なのはいいが、そういうときこそ冷静にな。血が上ったままじゃいいサッカーはできないぞ」


 シーズン中もそうだが、桐嶋は和歌山との対戦を前にすると、異常とも言えるぐらいに入れ込んでいた。名門薩摩実業で西谷淳志(現フィレンツェ)とともにダブルエースとして名を馳せながら、和歌山ではFWとしてプレーする機会はほとんどなかった。今石GMに言わせれば「FWとしても捨てがたいが、スピードやクロスの精度はサイドバックでこそ生きる」と彼をサイドバックに転向させたのだが、桐嶋からすれば同い年の剣崎や竹内、そして西谷がストライカーとしてステータスを築いていく中で、同じように勝負させてもらえなかったのは、屈辱以外の何者でもなかった。

 今となっては同じように勝負をしていたら、今ごろはJリーガーでいられなかったかもしれないと理解はできるようになったが、それでも古巣に対して「見返してやる!」という感情は自然と沸き立ってくるのだ。

 そして、FWとして獲得してくれた松本に対しても、昇格して恩返ししたいという思いが、決勝戦への気持ちをさらに高ぶらせていた。古巣を見返すという思いでプレーしていくなかで好調を維持し、リオ五輪に滑り込みでメンバー入りし、さらには日本代表にも名を連ねることができた。個人のステータスをジャンプアップさせた今、その土台となった松本をJ1に引き上げるのが筋だと考えていた。


(今の和歌山、特に剣崎や竹内はますます化け者じみてやがる。俺か真っ先に刃向かって、勢いを作らねえとな!)






 そして決戦の日。長居サッカー場は雨が降りしきっていた。長居スタジアムと違って臨場感のあるサッカー場だが、屋根はメーンスタンドにしかないために、サポーターは雨具を着込んでいた。


 この日のスタジアムは、ある意味すごいことになっていた。共に緑をチームカラーとするもの同士の一戦ゆえ、360度が緑色に染まったのである。



「うおわ!緑っ!」


 ピッチに入場した剣崎は、開口一番にそうたじろいだ。


「こりゃすごいな。緑色じゃないのは俺たちと審判ぐらいだな」

 さすがの栗栖も、この状況には苦笑せざるを得ない。この試合は松本のホーム扱いとなるので、松本の選手たちはホーム用に緑のユニフォーム。対する和歌山はアウェー用のオレンジのユニフォームだ。栗栖の言うように、緑を身に着けていないのは和歌山のイレブンと審判団だけだ。

 整列し、両チームの選手たちが一人ひとり握手を繰り返す。その中で、剣崎は突然手を強く握られた。

「痛って!なんだてめ・・・ってカズかよ。脅かすな」

 強く握ってきたのは、桐嶋だった。剣崎は笑みを見せたが、桐嶋は眼光鋭くにらみつけている。

「・・・お前にもアガーラにも、絶対勝ってやる」

 敵意むき出しの桐嶋に、剣崎もニヤリとした。

「・・・上等だ。てめえの意気込み、根元からぶった斬ってやっからな」



 J1昇格に向けた、最後の椅子取りゲームが火ぶたを切った。


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