偉大なことには変わりない・・・はず
後半開始早々に剣崎がミドルを叩き込んで、試合は決していた。いかに清水の攻撃力が高いとは言っても、サッカーで3点差をひっくり返すことは相当な難題である。しかも、和歌山は余裕を持った選手交替で着々と守備固め。竹内に代えて辛島、櫻井に代えて寺橋を投入。スタメン時にサイドバックのソン、関原を一列前に上げてサイドの守りを強固なものにした。
そんな試合の締めくくりは、後半のアディショナルタイム直前に起きた。時間稼ぎのボールキープから、突然のドリブル敢行。不意を突かれた清水のDFが、ペナルティエリアで倒してしまった。
「剣崎、お前が蹴れ」
ボールを手にした小松原は、剣崎を呼び寄せると、ボールを渡しながらそう促した。
「いいのかコマ。お前が獲ったPKだぜ?」
「いいんだよ。俺が決めても、ただ二桁になるだけで普通じゃんか。でも、お前がこれを決めたら歴史的だろ」
いや、二桁ゴールを決めることは、プロのFWとしてはひとつの勲章である。だが、小松原はそのチャンスを剣崎にあえて譲る。何故ならば、剣崎のゴールはJ2の歴史において大きな偉業として刻まれるものである。
(やっべぇ〜・・・すげえ緊張しやがるぜへ〜)
ボールをセットし、キーパーと対峙したとき、感じたことのない心臓の鼓動。その激しさに、剣崎は笑わずにはいられなかった。
(ええい!どうにでもなれってんだ!)
主審のホイッスルに呼応し、助走をつけた剣崎。そしていつものように、豪快に右足を振り抜く。強烈なシュートはバーに直撃したものの、ボールはゴールマウスの中へ飛び込んだ。
『ゴーーーーーォーーーールッ!!コングラチェイショーーーン!!』
スタジアムDJの絶叫とともに沸きに沸いたサポーターたち。アウェーゴール裏席に設置された大型のオーロラビジョンに「100」という数字がでかでかと映し出された。
試合はそのまま終了。エースの価値あるハットトリックと、攻撃的布陣が功奏し、清水の快進撃を食い止め、プレーオフ圏内を死守する弾みをつけた。お立ち台には剣崎が呼ばれ、サポーターはその偉業を讃えた。
「やっぱそういうのはずっと意識してたし、できれば今年のうちにやっちゃいたかったんで、それができてすっげえ嬉しいっすね」
インタビュアーにマイクを向けられて、剣崎は饒舌に語る。
「ただ、J2はやっぱ通過点にすぎねえというか、どうせやるならJ1でやったほうがもっと意味があるんだろうし・・・これで余計にJ1に行きたくなったっす。はい」
J1昇格への意思をはっきり言い切ったことで、サポーターが沸き立つ。
「次はJ1での100ゴール、そんでもって初めての200ゴール目指して、これからもどんどん点とるんで、応援お願いしやっす!あざっした!」
剣崎の偉業に対して、敵将の清水・戸林監督はただただ脱帽した。
「ゴールの数も素晴らしいですけど、それ以上に時間帯というか、相手からしたら『今やられたらマズイ』って時にゴールを奪ってくる。相手の戦意を削ぐ重みのある一発が打てるという嗅覚、センスは素晴らしいと。長いことサッカーに携わってますけど、まさか日本で、しかも日本人でそんなストライカーに出逢えるとは。まあ、悔しさを通り越しちゃいましたね」
一方で松本監督は、周りから見れば淡々としているように語った。
「まあやったことが偉業であることには違いないんですが・・・。僕は長いこと彼を見てるんで、変な言い方だけど『これぐらいやって当然だよね』って感じなんですよね。でも、僕がすごいと思うのは、海外移籍をしてもおかしくない年齢と結果を残しているのに、ずっと同じチームにいて、J1、J2とレベルの違うカテゴリーにいながら、ずっと高いレベルで得点感覚を磨いて、代表でも結果を出してるってことですよね。選手としての成長は、環境も大事だけど志もどれ位大事であるか、それを将来のサッカー選手たちにこれからも示してほしいですね」
この試合で勝ち点3を上乗せした和歌山は、その後もプレーオフ圏内をキープ。そしてホームでの最終節を残して、プレーオフ出場を確定させたのである。




