いかに終わるか
試合開始から10分もしないうちに、和歌山の「4トップ」が2得点をあげた。これで清水のゲームプランは崩落したが、裏を返せばやるべきことがシンプルになり、時間も残っている分、まだ戦意もあった。
「てめえらもっかい集中しろよ!!向こうは攻めてくるぞ!」
再開直前、友成は最後尾から怒号にも似た檄を飛ばして味方を引き締めた。和歌山ほどではないにせよ、清水にも質の高いストライカーがいるのだから、はっきり攻勢に集中されると、和歌山の守備力で耐えられるのかは未知数・・・というより、もつ気がしなかった。
実際、前半15分以降は清水の時間帯となる。キムと、大苗の2トップを軸とした攻撃に押し込まれるようになり、積極的にシュートも打たれていく。ウォルコットや米良ら最終ラインの面々も、厳しく体を寄せたり、身を投げ出してシュートコースを切るなど懸命のディフェンスを見せ、なにより友成が再三の好セーブ連発で清水攻撃陣に立ちはだかる。
そしてそのなかで和歌山も、更なる追加点を奪わんとカウンターで何度もチャンスを作る。左サイドに開いたポジションをとる小松原が、機を見てはゴール前に良質なクロスを送り、時には中央へドリブルで仕掛けながらポストプレーでタメを作る。そして剣崎や竹内が何度かシュートを放つが、追加点への執念が力みになってなかなか枠に飛ばない。
互いに攻めはしているものの、結実しないまま時間ばかりが過ぎる、異が痛む展開のまま前半は残り5分を切った。そんなときにミスは往々にして生まれるものである。
「うっ!」
ルーズボールをクリアしようとした関原が、まさかの空振り。すかさずキムが回収し、馬力のあるドリブルで一気に友成との一対一に持ち込む。しかし、予想外の出来事にもかかわらず友成の対応は素早く、すかさず飛び出してキムとの間合いを詰める。
(くっ!コースが・・・)
歯軋りしたキムだが、ためらわずにシュートを放つ。友成は右腕を伸ばしてボールに触れるが、それが精一杯。もう一人のFW大苗が無人のゴールに流し込んだ。
「すまん友成。俺としたことが・・・」
そう謝罪した関原を、友成は突っぱねる。
「ふん。謝ったところで事実は変わらねえよ。さっさと切り替えてくれ」
「悪いな」
「悔いるのはあとでいくらでもできる。今は目の前のことだけ考えようや」
「そうだな」
「なーに、一点とられただけだろ?また突き放しゃいいだけだ!」
清水があげた反撃の狼煙に、剣崎はむしろ自身の血肉に変えた。そして、有言実行の一撃を叩き込んだ。
前半終了間際、清水のパスをカットした米良が強烈なロングキック。ボールは驚くほど長距離を飛び、小松原がこれをキープ。一度は竹内に託したが、竹内はコースを塞がれてシュートを打てず折り返す。受けた小松原は、マークされながらボールを要求する剣崎を見る。
「コマッ!くれっ!」
(よしっ)
小松原は相手DFの頭を越えるループ気味のクロス。剣崎はポストへの体当たりも何のその。身体ごと飛び込んで追加点を奪い返した。ガシャンと音を立てて、剣崎は右肩を抑える。しかし、すぐに立ち上がって涼しい顔を見せた。
「け、剣崎大丈夫か?もろに肩打ったぞ?」
「はん!俺はクロスバーに頭突きしてこめかみ切っても生き延びた男だぜ!肩ぐらいならどうってことねえよ!」
心配しながら駆けつける小松原に、剣崎はそう笑った。その直後に前半終了のホイッスルがピッチに響いた。
「剣崎、よくやったぞ」
「へへっ!松さんに誉められるなんざ照れるぜ」
引き上げてくる折、松本監督は破顔一笑で剣崎を讃えた。指揮官にとって、自分達がハーフタイム直近にゴールを決めたという事実が大きな意味を持っていた。ビハインドの清水がそれだったら、後半に勢いをつけさせてしまうからだ。一度後半に入ると、どんな展開になろうが、選手交替以外で手の打ちようがなくなるからだ。
「ともあれ、向こうは自動昇格も見える位置にいる以上、勝利はもちろん勝ち点を死に物狂いで取りに来る。互いに攻撃力を持ち味としている分、おそらく逆転したとしても守りには入れない。後半は頭から一気に攻めあがってくる。・・・そこにカウンターを浴びせるんだ。後半開始のうちにうちが追加点を奪えば、清水は完全に今日の勝機を失うといっても過言じゃない。2トップのマークはウォルコット、米良がそれぞれにマンマークを続けろ。サイドバックは中盤の位置まで上がって向こうのサイドの上がりをふさげ。いいか、改めて言っておく。前に出る、それだけを忘れるな」
そして松本監督は大胆な手を打つ。まずまずの動きを見せていた栗栖に代えて猪口を後半開始から投入。よりカウンターを仕掛けやすいように、ボール奪取力に長ける猪口に、向こうの仕掛けをくじく役割を担わせたのだった。その作戦は、見事に的中した。
「いまだ!!」
後半キックオフ、自陣で組み立てようとパスを回し始めた瞬間を見定めて、猪口が高い位置でインターセプト。そのままドリブルで仕掛ける。相手が奪いにかかってくると、すかさず右サイドに展開し、竹内が攻める。
(このまま放り込んでもいいけど・・・)
竹内はゴール前を見ると、櫻井がペナルティエリア内に侵入していたが、一瞬逡巡したのちに逆サイドに大きく蹴りあげる。そこにいた小松原が左サイドからボールを入れ直すと、剣崎がエリアの外で右足でトラップする。そして、同じ右足でボールを蹴りこんだ。
「うっそ!?」
意表を突いたミドルシュートに、キーパーは反応できず剣崎のこの日2点目となるシュートが突き刺さった。




