風物詩のそばで
『クラブに痛手!竹内、移籍決定的か?』
『浦和黄金時代へ。竹内に複数年提示』
『クラブ再生の切り札!名古屋、フロント総出で竹内と交渉へ』
前節の試合を終えたあとから、にわかにざわつきはじめた竹内の移籍報道。当然ながら本人には多くのマスコミが、真偽の糸口を手に入れまいと群がった。
「まあ・・・代理人さんからそういうお話を複数いただいているのは事実です」
言葉を選びながら記者に答える竹内。別の記者がこんな質問をする。
「竹内選手の契約は、確か今季で切れますよね。クラブから慰留に関した具体的な話とかはされましたか?」
「常々『必要』という言葉をGMや社長、監督からいただいてますし、ユースから合わせて8年お世話になってますから愛着もあるので・・・」
ここで一度沈黙した竹内。そして意を決したような表情で、再び言葉を繋いだ。
「『竹内俊也』はこの世に一人だけだし、正直Jリーガーとしても若くない年齢になっているので、いろんな話を全部聞いて、新しい世界というものを見れればいいなと思ってます」
それは移籍の可能性を否定しない一言であった。無論、竹内はこう続けた。
「そういうのはシーズンが終わったら嫌でも考えますから、今はアガーラ和歌山の選手として、アガーラ和歌山が目指している目標に向かって結果を重ねるだけです」
同じような移籍報道は、2トップの一角で活躍するFW小松原や、攻守両面でクオリティの高いプレーを見せるMF根島。若いながらボランチとセンターバックをこなすDF米良に、和歌山の攻撃の要といえるサイドバックのソンといった面々には複数のクラブが触手を伸ばしているともっぱらである。
しかし、今のところはいずれも噂の類いにとどまり、具体的な動きが見られたのは竹内だけだ。本来ならば剣崎に同程度、いやそれ以上の金額が動いてもおかしくはないが、彼のクラブへの忠誠心は絶対的なものであることは周知の事実のためか、ここまで動きはなかった。
そんな外野の喧騒がわき始めた中で戦うことになった、ホームでの清水戦。欧州でもプレーした元北朝鮮代表キムを筆頭に、得点力のあるストライカーを擁する清水は、その破壊力でこのJ2の舞台を戦い、現在は直近で6連勝と3位に位置し、自動昇格圏の2位松本と勝ち点1差にまで迫っている。対する和歌山は3連敗中であったが、もともとの攻撃力を比べるとむしろ和歌山が勝っている。剣崎、竹内の現役日本代表に、小松原、櫻井と負けず劣らずの逸材がそろっている。そしてこの清水を迎え撃つにあたり、松本監督は驚異的ともいえるスタメンを組んだ。
GK20友成哲也
DF15ソン・テジョン
DF50ウォルコット
DF34米良琢磨
DF14関原慶治
MF24根島雄介
MF8栗栖将人
FW16竹内俊也
FW11櫻井竜斗
FW10小松原真理
FW9剣崎龍一
スタメンが読み上げられるや、紀三井寺陸上競技場は沸きに沸いた。何せFW4人を同時に起用したのだ。期待が否が応でも高まる。
「でもどうなんだろうなあ。剣さんとサクさんって攻撃特化だろ?バランス大丈夫なんすかね、グチさん」
ベンチで盛り上がりを見ていたルーキーの緒方は、首をかしげながら猪口に聞いた。
「意外に大丈夫じゃないかな?あの二人意外と息が合うんだよ。それに、二人が攻撃一辺倒になっても、トシやコマがうまくカバーするよ。俺たちもちょっと楽しんでみようぜ?どんな攻撃を見せるのかさ」
猪口の楽観的な予測はあっさりと当たる。開始からわずか5分、根島が相手パスをカットして栗栖につなぎ、すかさず竹内と入れ替わるように右サイドに動き出した櫻井にボールを繋ぐ。栗栖からのロングボールを、まるでボールの方から吸い付いてきたかのような、鮮やかなトラップでコントロールした櫻井。
「さ〜てのんびり急ご」
櫻井はそのまま酔拳のようなドリブルで、ピッチを文字通り横断。左サイドで小松原にヒールで流す。小松原はそのまま、ダイレクトで柔らかいクロスをゴール前に送る。ニアの剣崎が血気盛んに飛び込む。当然、清水の選手たちは対応しようとするが・・・。
「せいっ!」
剣崎は頭で、このクロスをファーサイドに流す。そこにはフリーになっていた竹内が待っていた。竹内は立ち止まったまま、頭でこれを押し込む。あまりにも鮮やかであっけない先制点だった。
清水の選手たちは、改めて櫻井のドリブルの不可思議さに、唖然とさせられた。
(さてと。ここはもう一点とれるな)
竹内はそう気構えた。
そしてその3分後に和歌山が追加点をあげた。エースのキムをターゲットに反撃を仕掛けてきた清水。そのサイドからのクロスをウォルコットとキムが競り合う。
「ィヤァッ!!」
これをウォルコットが頭ひとつの差で競り勝ってクロスを跳ね返し、そのセカンドボールを回収した根島が、すかさず右サイドに展開する。
「ソンさん!」
「おうっ!」
受けたソンは、爆発力のあるドリブルで、奪いにかかった清水の選手を返り討ち、一気にアタッキングサード(ピッチを三分割して見た時の敵ゴール前から三分の一の範囲)に攻め上がる。
ソンがゴール前、バイタルエリアを見やったとき、手前から竹内、剣崎、小松原が走り込んでいる。
(よし。お前に託す)
ソンは鋭いクロスをゴール前に放ち、剣崎がヘディングで狙う。
「くそ!届かねえ!」
だがボールは剣崎の頭上を通過。小松原が胸でトラップし、一度サイドに逃げ、ボールをキープする。
「コマ!」
そこに栗栖がフォローに駆けつける。小松原からパスを受けた栗栖は、ループ気味のクロスを上げた。ふわっとした軌道は、剣崎の大好物だ。
「ひっさびさにいくぜぃ!」
剣崎はそう叫びながら、伝家の宝刀であるオーバーヘッドシュートを放つ。これで決まれば凄かったが、そうは問屋が卸してくれない。ボールはクロスバーに跳ね返される。しかし、そこに櫻井が真っ先に詰め寄った。
「ラッキー」
そして軽く押し込みネットを揺らす。
その傍らで剣崎が頭を抱えたのは言うまでもない。