罵声にされられ続けた者たちの前夜
ピーィッ!ピー・・・・
中東ドーハの地で、レフェリーが高らかにホイッスルを響かせる。その瞬間、日本代表の準決勝進出が決まった。
リオオリンピック最終予選は、いよいよ「負けたら終わり」の決勝トーナメントに入る。叶宮監督率いる日本代表は、準々決勝でイランと対戦した。
スタメン
GK20友成哲也
DF14真行寺誠司
DF5大森優作
DF4小野寺英一
DF18吉原裕也
MF17近森芳和
MF21南條惇
MF8結木千裕
MF10小宮榮秦
MF7桐嶋和也
FW11野口拓斗
一発勝負の初戦で、いきなりの叶宮マジック。守備の要であるキャプテンの内海と、攻撃の核としているエース剣崎をベンチに置く、大胆不敵なオーダーを組む。だが、4バックとダブルボランチがブロックを組んで冷静にイランの攻撃を遮断。押され気味の展開ではあったものの、要所で身体を張り、友成もサウジアラビア戦と同様に好セーブ連発でゴールを割らせない。攻撃では、前半終了間際、桐嶋が倒されて得たPKを司令塔・小宮がきっちり決めて先制して試合を折り返す。後半に入るや、その小宮と野口を下げて茅野、西谷を投入し、イランの攻撃を運動量で対抗。20分過ぎに得たスローインで、南條のロングスローがさく裂。これを大森が押し込んで追加点を奪うと、最後は猪口を南條に代えて投入し守備固め。終了間際、セットプレーの混戦から1点を失うものの逃げ切ったのであった。
「何が大きいかって言えば、エースとキャプテンを温存しきったのが大きいわよね~。今日は今日で負けちゃダメだったけど、次の試合は勝っちゃいたい試合だから休ませてあげたかったのよね。選手たちはよくやってくれたわ」
会見で叶宮監督は、珍しく満足げに語り、こう締めくくった。
「ま、今まで散々くさされた世代の大逆襲。次の試合はその総仕上げよ」
そして準決勝前夜。日本代表の宿舎。
「いよいよ明日タイ・・・。変な言い方やけど、なんか不思議な感じとね」
近森が椅子にもたれながら、なまりの強い口調でつぶやく。
「ああ。俺たちは相当叩かれてきたからな。やっと明確に言い返せる機会が来たな」
渡は巨体を丸めて、腕組みしながら頷く。
「ただ、逆に言えば、明日負けちゃ何にもならん。むしろ、負けたら『やっぱり駄目だった』って今まで以上にくさされるぞ。気合入れていかなきゃな」
そう言って、小野寺は握り拳に力を込めた。
一方で、それを遠巻きに見ていた剣崎は、彼らの興奮がもうひとつ自分たちと違うということを感じていた。
「なんか・・・あいつらの気持ちの入れ様、ただ単に『オリンピックを決めたい』ってだけじゃない気がすんな」
「ほう?脳みその入っていないお前でもそれぐらいは分かるんだな」
ふとつぶやいた剣崎にそう言ってきたのは、ユース年代はもちろん、前回のロンドン五輪でも予選で中核を担っていた小宮だった。
「知っての通り、俺たちの世代はアジアですらまともに勝てず、世界で戦うチャンスをことごとく逃してきた。そして揃いも揃って優等生タイプだったから、発言のおとなしさですら『覇気がない』って叩かれた。些細な失敗も、マスコミによってことごとく膨張され、無知無能のサポーターもどきにボロクソにさげすまれてきたんだ。それを見返す、最初のチャンスがオリンピック出場ってわけだ。今まで受けた屈辱を考えりゃ、気合が入るのも無理ねえよ」
普段ならいくら聞いてもくさすだけの小宮が、珍しく雄弁に語る姿に、剣崎は正直驚いていた。
「お前でも仲間をかばうこと言えるんだな」
「フン。勝手なレッテルが気に入らねえだけさ。『覇気がない』なら人格否定レベルの酷評で代表続けてられるか?『史上最弱』ならなんで俺やお前が存在する?日本のスポーツ記者もどきやにわかサポーターには反吐が出る。明日はそんな連中を失業させ、発言権を剥奪するための一戦さ」
最後まで嘲笑を絶やさなかった小宮だったが、逆風にさらされ続けたチームメイトに対する思いを感じさせた。
一方で、そういうチームで長らくキャプテンを続け、旗頭としてチームを引っ張ってきた内海は、自室のベットで大の字になり、天井を見上げていた。
(明日で俺たちの積み上げてきたもの・・・その成否が決まる。絶対に、勝ってやる!)
キャプテンらしく、人一倍気持ちを高ぶらせていたのであった。