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海外を知る

「前半は予想外が二つあった。攻撃面においてオーストラリアのオフサイドトラップが、想像以上に完成されたものだった。この辺りは向こうを侮った私のスカウティング不足だ。しかし、ほとんどのシュートはいい形で打てている。ためらわず、後半も積極的に裏を取れ。その分消耗も激しいが、必ず一度はチャンスが来るはずだ」

 前半でビハインドを背負った日本代表のハーフタイム。ロッカールームで四郷監督が、頭をあげつつ後半に向けて指示を出す。そして、声のトーンを落として守備陣を見る。

「もう一つは、我々の守備があまりにも地に足が時間が長すぎたことだ。オーストラリアのパスサッカーに関してはミーティングもしたし、抑えどころについても大方予想通りだ。だが、45分も使っておいて同じパターンで何度も攻め入られるとはどういうことだ!」

 普段は寡黙な四郷監督が、珍しく語気を強めてDF陣を叱る。言われて内海は肩を落とした。

「確かに、対応は難しいかもしれない。だが、私はできない選手に無理な要求はしていないつもりだ。内海、お前は次の日本代表の守備を束ねる役割を担える力があり、担わなければいけない存在だ。酷なようだが、アジア程度で押されっぱなしでは話にならんぞ」

「す、すいません・・・」

「それに吉江、それから長谷川。お前たち海外組はもっと声を出せ!イングランドやドイツ、ヨーロッパではこのレベルの攻撃をするチームはいくらでもあったろう。その経験をもっと周りに落としていけ」

 一つ咳払いして四郷監督はミーティングを締める。

「いいか!W杯で結果を残すのなら、そこに至るまでの試合で必ず何かを得てこい。今のままでは何も得るものはない。後半、DFはラインを高く上げてMFと連動して陣形を小さくしろ。攻撃陣はより狙いをつけてシュートを打っていけ。少なくとも、前半との違いを見せてこい!」

 四郷監督はそう告げて叶宮コーチとともにロッカールームを出た。残された選手たちはそれぞれに打ち合わせを始めたが、肩を落としたままの内海を見て、西谷はため息をついた。

「責任感が強いというか・・・あいつ自分のせいだと思ってんのかよ。前半の失点」

「実際そうだろ。どのプレーに対しても慌てすぎなんだよ。内海ヒデだけじゃなくて、結木チヒロも慌てたまんまだったな。リオの本戦も行ってるの情けない」

 バッサリと切り捨てる友成は、西谷に問いかける。

「・・・こういうのは、やっぱ海外を知ってる知ってないの差ってあんのか?」

「どうだろうな・・・。まあ、俺とあいつらじゃポジション違うから一概には言えないけど・・・まあ、してるしてないは意味があるんだろう。日本人以外の発想ばっかりだもんな。ロシアとイタリアでやってみたけど、まあJではできない経験はさせてもらってるね。つーかお前、そういうの考えてるのか?」

「ああ。俺は今年で和歌山やめるつもりだけど」

 さりげなさすぎる爆弾発言に、西谷は思わず飲んでいたドリンクを吹き出す。

「唐突だなお前・・・。ってことは海外か?」

「いや。別にそういうこだわりはねえ。まあ海外は“あわよくば”の範囲。希望は優勝を狙えて俺にポジションを用意するチームだ。なんか俺、リオでそこそこ評価あげたらしいしな」

「なんでまた移籍考えてんだ?」

「単純な話、このチームに飽きたからな。それに、Jリーガーの寿命は24歳。俺は来年それになる。一クラブだけで終わる美徳なんかばかばかしいだけだし、経験できるうちにいろんなことをしたい。・・・金も欲しいしな」

 そういって友成はそれ以上話さなかった。はっきりとした願望に、西谷は唖然とした。


「さ~て、後半こそゴールをぶち抜いてやるぜ!」

 そんなことを知らない剣崎が、シャワーを浴び終えて意気軒昂の表情で現れた。

「・・・のんきだな、お前」

「んあ?何か言ったかアツ」

「なんでもねえよ・・・。なあ、お前海外は行く気ねえのか?」

 西谷はさりげなく質問を投げかけたが、剣崎ははっきりと言いきった。

「んなもんねえよ。俺をサッカー選手として見てくれて、雇ってくれて、育ててくれたアガーラ和歌山にゃ一生かけて恩返しをしなきゃならねえ。俺がサッカーやめるときは死んだときかアガーラクビになった時だ。成長なんか海外行かなくったってJだけでも十分できるぜ」

 剣崎はそう言って鼻歌交じりに着替え始めた。

「・・・いろんな考えがあるもんだ。あいつのクラブ愛は相当なもんだな」

 西谷は改めて思った。


 さて試合再開。日本代表はオーストラリアのパスワークに対して、パスコースを限定させるポジションを取りながらDFラインをあえて上げ、オーストラリアの中盤の選手たちにプレッシャーを与えた。前線とのコースを切られた彼らは、次第にボールを「持たされている」状態となりFWは孤立。その攻撃を鎮静化させることに成功した。しかし、オフサイドトラップは再三の猛攻にもかかわらずなかなか乱れず、また、次第にオーストラリアが逃げ切り体勢に入ったことでバイタルエリアでのチャンスが目に見えて減った。

「くそったれ!!こうなりゃミドルでもロングでもぶっ放してやらあ!!」

 戦意をむしろ増していく剣崎が、豪快な一撃を見舞うもいずれもなかなか枠に飛ばない。

「剣崎落ち着け!!やみくもに打ったって意味ねえだろ!」

 見かねた西谷は剣崎に冷静になるように促す。そしてこう続けた。

「てめえはもうシュートだけが能じゃねえねえだろ。一瞬でいいから目の前を見ろ!」

「何!?」

「俺が言える柄じゃねえが、おまえは世界レベルの嗅覚がある!一瞬でも考えてみろ」


 そうこうしているうちにアディショナルタイム。徹底してボールをキープし確実に時間を消耗していくオーストラリア。それでも竹内に代わって入った原田のプレッシングに焦れたオーストラリアDFがボールロスト。素早く同じく交代出場の竹清がゴール前に迫る。

 瞬間、剣崎は深呼吸してみる。そして、言われたようにちらりと周囲を見る。そして、動き出した。

「パスッ!!!」

 竹清に向かってボールを要求する剣崎。その眼光に竹清はほぼ条件反射のようにパスを出した。ボールは剣崎の要求通りに来る。背後からきた浮き球のパス。ゴールを背にしながら半身の体勢となった剣崎。そしてすっとかがみ、バックヘッドでボールを頭で突き上げた。虚を突いたふわりとしたヘディングシュートに、DFたちは何も反応できない。あざ笑うように緩やかな弧を描いたボールは、そのまま・・・クロスバーに当たった。

「そうだよ。そういうのもお前はもうできるんだよ」

 そこに西谷が詰めた。土壇場の同点ゴールが決まった。


 直後に試合終了のホイッスルが響いた。山場のオーストラリアとは勝ち点1を分け合った。

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