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最終予選、まだ半ば

「ひぇっくし!」

 ランニング中、剣崎は豪快なくしゃみを響かせた。

 イラク戦から日を置かず、日本代表はオーストラリアはメルボルンに移った。最終予選の最大の山場であるオーストラリア代表と戦うためだ。だが、その気候は涼しいを飛び越して「寒い」と言っていいくらいだった。


「あ〜こりゃ驚いたな。こんな寒いところで試合すんのか。ウォームアップきっちりしとかねえとケガしちまうぜ。へっぶしっ」

 なんというか、どこか子供じみたことをぶつくさぼやく剣崎。一方で西谷や本条は誰よりも平然としている。


「まあ日本に比べたら確かに寒いが、ロシアはこんなもんじゃなかったですよね。本条さん」

「まあな。そやから、俺らが手本になって、寒いとこでのプレーの切れを見せないかんな」

 マスコミに対する強烈な言動から、本条には時に傲慢といえるイメージがつきまとうが、基本的に気さくでノリの軽い一面を持つ。五輪組の台頭と所属クラブでの冷遇、そして最終予選における不振から、代表での地位が揺らいでいる本条ではあるが、試合前はこうして自ら若手たちの輪に入る。こうした人柄に、はじめは萎縮していた若手たちも、今は剣崎をダシにコミュニケーションをとれている。今の日本代表の雰囲気は悪くはなかった。


 さて、それはそれとして。


 今宵戦うオーストラリアは、オセアニア州でありながら、サッカーにおいてはアジアの一国として戦う。長らく国民的英雄のFWカールをはじめとしたベテラン頼みだったチームは、ここ数年若い戦力が台頭著しく世代交代が加速。再びその隆盛を取り戻している。ここ数年FIFAランクの下落が止まらない日本代表も半ば無理やりに世代交代を進めているだけに、状況は割と似ている。最終予選においては日本にとって最大の壁と言える存在である。

 しかし、四郷監督にしてみれば、オーストラリアは強豪ではない。いわく「彼らを圧倒できないようでは、ロシアの決勝トーナメントは突破できはしない」と会見で語っている。



「だけどよ、オーストラリアを倒せたなら、あとはロシアへ一直線だ。ぜってーゴールを決めてやんぜ!」


 剣崎の鼻息はいつもにまして荒かった。



 だが、剣崎はもちろん、期待されていた若手たちはオーストラリアの前に、苦戦を強いられる結果となった。


「くっそ!またかよ!」

 オフサイドの判定に、剣崎は頭を抱えた。

 オーストラリアもまた、この試合を重くとらえ、入念な対策を敷いてきた。それがこの成熟されたオフサイドトラップだった。

 剣崎ら三人の推進力は、今の日本代表の大きな武器であり、攻撃における要であるが、この裏をとる動きを少しでも鈍らせる、あるいは仕掛けにくいと意識させる目的で、オーストラリアはその練習を徹底してきた。序盤、面白いようにオフサイドを奪っていった現実が、オーストラリアに精神的な優位性をもたらした。

「落ち着け剣崎。いらだってもしょうがないさ。切り替えていこう」

「くそ・・・しょうがねえけどよ」

 竹内の声に、剣崎はぐずった。


「ふ~む。なかなかどうして。あそこまで精度が高いとは・・・これは俺のスカウティングミスだ」

 ベンチで四郷監督は、腕組みをしながら険しい表情でつぶやいた。

「まあ、それだけオーストラリアがアタシたちの破壊力を警戒しているということでしょう。いくらネットを揺らされても、オフサイドなら点にはなりませんからね」

「しかし、それは仕方ない。問題はうちの守備だ・・・」

 叶宮コーチの言葉を聞き流しながら、今度は舌打ちしながら自軍の守備を見やった。


 この試合、主導権はオーストラリアにあった。日本はオーストラリアが中盤を中心に繰り出すテンポと球足の速いパスサッカーに翻弄されていたのだ。


「こ、こんなに足元がうまいなんて・・・」


 センターバックで先発した内海は、高いキープ力を持つFWラディをマークしながらも、その奪い時を図りかねていた。チャンスを伺っても、仕掛けるタイミングで中盤にボールを返すラディ。受けたMFたちは、日本の選手を誘いながら再びパス回しに転じた。そしてついに生まれた一瞬の綻びを、見事に突かれてしまう。

「くっ!」


 一本のパスが内海の背後に向かって放たれ、ラディがそれに合わせて動きを見せる。だがそれはマーカーの内海やもう一人のセンターバック吉江の意識を自分に集めるフェイクであり、その合間を縫うようにアタッカーのMFニルソンが裏に抜け出した。内海は追いかけようとしたものの、状況は既にキーパー友成との一対一だった。

「バカが」


 友成は味方の呆気のなさに舌打ちしながらも、一対一に集中する。ニルソンは友成を「小さすぎるキーパー」と試合前に鼻で笑っていたが、友成はその予想をひっくり返す。


 予備動作もなく瞬時に間合いを詰められ、ニルソンは慌てるようにシュートを打つ。ボールは友成の右手を掠め、ゴールマウスを外れるように転がる。しかし、そこにはオーストラリアのサイドハーフが駆け上がっており、ボールを押し込んで無事にゴールと相成った。



「あ〜あ。あそこまで連動できてりゃ世話ねえな」


 友成は白旗をあげたような物言いをした。


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