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西谷代表入り

「剣崎、竹内はどちらも欠場させろ。それがフィジカルコーチとしての決断か」

 監督室にて、村尾フィジカルコーチからそう説明を受けた松本監督は、腕組みしながらソファーにもたれ掛かった。

「今の二人は万全から比較すれば甘く見ても六割程度のコンディション。起用を続ければ高い確率で長期離脱に繋がるケガをしかねません」

「ケガの確率は?」

「普通にプレーしていても三割、コンタクトの激しいものならば・・・下手すれば八割は」

「そんなにか・・・」

「剣崎はその存在感ゆえに激しく削られるでしょうし、竹内は裏をとるスピードが持ち味なだけに必然とスプリント(加速)する回数が増えます。そういうプレーは局所的に身体に負担をかけますから、それなりのリスクは常にあります。ましてや二人は代表でも主力クラスとして扱われてますから、相手からのマークも集中しますからケガの可能性はさらに広がります」

 さらに言えば、次の試合がアウェーであることも、村尾フィジカルコーチの語気を強めた。大阪や京都など近場ならまだしも、山口での試合となるとその負担は小さくない。たとえ飛行機を使って移動時間を削ったとしてもだ。そして、村尾フィジカルコーチが強く欠場を進言する一番の決め手はこれだった。

「剣崎と竹内は代表での試合が控えています。少しでもコンディションを回復しておけば、代表でけがをするリスクは減りますし、ケガをして送還される可能性も下がります。自分たちにとって必要な戦力なのに、ケガして帰ってこられては迷惑でしょ」

「・・・なかなか、きつい物言いだな」

 松本監督は思わず吹き出した。


 かくして、山口との試合前日に行われた日本サッカー協会の会見で、無事(?)に日本代表に選出された剣崎と竹内は、山口戦を欠場することに。その山口での試合は、プロ入り後初めてフル出場を果たした村田が決勝ゴールを決めた。そしてほどなく開催されたW杯最終予選。ホームでのイラク戦、そしてアウェーのオーストラリア戦に臨む日本代表に、さらに今回は新たな戦力が加わることになった。


「ようアツ。久しぶりだな!むこうじゃ、かなり頑張ってるみたいだな」

 試合の二日前に合流した海外組の中に新戦力の姿を見つけると、竹内がそう声をかけてきた。

「当たり前だ。本大会からはじかれて頑張ってなかったら、それこそ引退しろって話だ。オリンピックに出れなくても、常連になれるのがA代表だからな」

 竹内に差し出された手を、西谷敦志はがっちりの握り返しながら意気込みを語る。

「アツ~!!久しぶりじゃねえか!!てめえあっちじゃすげえんだったなあ」

「・・・お前のバカさ加減、家に帰ってきた感じがするな」

 竹内と同じことを聞いてきた剣崎を、西谷は懐かしむように鼻で笑った。


 最終予選では主力としてプレーしながら、リオでの本大会のメンバーから漏れたことには、西谷をグレードアップさせることにつながった。同じセリエAの名門に所属しながら出番を失っている本条や長本をしり目に、西谷は二戦連続ゴールなど中堅クラブのフィレンツェでここまで3得点を記録。FWの軸として存在感を示している。タイ戦で快勝したとはいえ、長らく代表を支えた海外組が軒並み不振に陥る中で、西谷の新鮮さは大きな話題であった。実際、イラク戦の前のメディアのあおりでは、西谷を切り札として期待する論調に染まっていた。

「とにかくこの2試合で、俺はお前からエースの座を奪ってやる。いいな」

「はん!やれるもんならやってみろってんだ」

 ライバル心を燃やす二人を見やりながら、内海は首を傾げた。

「エースの座って・・・まだいうほど代表でやってないだろ。勝手にエースを気取るなと思うけどな」

「確かに、残してきた実績からしたら、まだエースは本条さんとか尾崎さんだろ。でも、今の状態で言えば、あの二人がエース扱いであってもおかしくない。俺たちリオ世代が、一気に世代交代の流れを作ろうぜ」

 竹内はそう言ってみせた。


 試合は序盤、グループリーグで最下位に沈むイラクが、出だしからフルスロットルで仕掛けて来たために、日本代表は地に足がつかない戦いを強いられる。これまでの日本戦でほかのアジアが取ってきたカウンター戦術ではなく、日本の土壌と言えたポゼッション、パスサッカーでチャンスを何度も作った。しかし、スタメンに抜擢された西谷が、献身的なプレッシングと強引なドリブルでの仕掛けで最終ラインに圧力をかけ続けると、次第に旗色が変わっていった。

「アツ!俺に出せ!」

「チッ。いいとこに居やがるな」

 前半の37分頃、先制点が生まれた。左サイドから強引にドリブルで突っ込んだ西谷は、囲まれながらボールをキープ。そこに背後のスペースに滑り込んだ剣崎がボールを要求。おいしいところを持っていかれる悔しさを隠さずに西谷はパスを出した。

「っし!」

 それを剣崎は、ボールの転がる方向をいじるような、ほんの一押し。つま先でキーパーの股を抜くシュートでネットを揺らした。この均衡を破る剣崎のゴールからわずか30秒後。相手のキックオフで再開したものの、西谷の猛禽のようなプレスにたじろいだイラクがパスミス。それを拾ったベテランMF長谷川がトップ下の竹清、そこから右サイドに展開し、竹内がオーバーラップしてきた結木とのライン際のワンツーで突破。竹内の低く鋭いクロスがバイタルエリア上空に、放たれる。それに剣崎が頭から飛び込む。だが、彼の選択はシュートではなかった。

「そこにいんだろ!?」

 ボールをバックヘッドでファーに流すと、その落下点に西谷が駆け付けていた。

「おめえには目が四つあんのか?はっ」

 鼻で笑った西谷が、それを頭で押し込み追加点。電光石火の展開で2-0とリードを奪った。


 その後、後半は3点目を奪えないまま推移し、イラクに1点を返されたものの、最後まで勝ち点は守り切った日本。たたき上げの西谷が強烈な名刺を配ったのであった。

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