勝負の分かれ目
ボールをセットした栗栖は、助走をつけて蹴りあげた。ボールは人が密集するゴール前に放り込まれる。
『ダァッ!』
相手DFに競り勝ったウォルコットがそれを頭で押し込み、ゴールネットを揺らした。後半のアディショナルタイム。通常なら時間稼ぎに利用することの多いコーナーキックで、和歌山は容赦なくゴールを奪う。この日和歌山がゴールネットを揺らしたのは5回目。この直後に、タイムアップの笛が響いた。
前半のラストプレーで先制点をもぎ取った和歌山と、千載一遇のチャンスがオフサイドで潰え、最後の最後でゴールをこじ開けられた金沢。両者の士気の差は明らかでハーフタイムで変わることもなく、後半和歌山は鬱憤を晴らすようなゴールラッシュを見せた。
開始早々、後半わずか50秒。栗栖のロングフィードを受けたソンが、ダイレクトクロスで中央へ折り返すと、剣崎が左足でトラップ。同じ足でシュートを打ち込んで2点目を決めた。勝ち点を得るには前に出ざるを得なくなった金沢は、DFを4バックに変更し、センターバック一人に代えてFWを投入する。しかし、反撃に出ようとした金沢をあざ笑うかのように、竹内が緒方から受けたパスを技ありのループシュートでゴールに放り込み3点目を奪う。
これで余裕を得た松本監督は、ゴールを決めた竹内に代えて櫻井、2得点の剣崎に代えて小松原を投入。その櫻井が、センターライン近辺でボールを受けると、得意の酔拳ドリブルで金沢DF陣を翻弄。最後に、パスを出そうと小松原を見やりながらそのままシュート。ノールックパスならぬノールックシュートで虚を突いて4点目を奪う。最後は沼井に代えてウォルコットで守備固めをし、櫻井のドリブル突破から得たコーナーキックで、冒頭の5点目。90分通じて金沢の反撃をシュート4本に封じた和歌山が、久方ぶりの完勝を収めたのであった。
しかし、試合後の会見に現れた松本監督は、心底安堵したように何度もため息をついた。
「結果として大きな差がつきましたけど・・・。正直3連敗、覚悟しました。それぐらい金沢の守備は固かったし、あのブラジル人のスピードも想定外でした」
「今の意見からして、やはり分岐点はあのオフサイド、ですね?」
Jペーパーの浜田記者に言われ、松本監督は「その通り」と肯定して話した。
「金沢さんが勝ち点を持ち帰るために、守備的に来ることは想定内でしたが、不安はうちの守備陣の集中力でした。前がかりになっているうえに自分たちの時間帯が続くと、守備の選手たちは集中しづらい。その状況ではカウンターをモロに受けやすい。だからこそあのオフサイドの意味は大きかった。それに追い打ちをかけるように剣崎がゴールを決めてくれた。前半45分台の二つのプレーが、今日の勝因だったと思います」
「ただ、今後に向けては選手のコンディションも気になるところですが・・・」
浜田記者の言葉に、松本監督はまたため息をつく。
「そうですね。また10月に入ると、A代表の試合もありますし、天翔杯も勝ってますからね。その辺はうまくコンディションを調整させながらやっていきますよ」
この金沢戦の3日前。和歌山は同じJ2の香川との天翔杯の三回戦を戦っていた。
GK20友成哲也
DF6辛島純輝
DF21長塚康弘
DF22仁科勝幸
DF14関原慶治
MF17チョン・スンファン
MF24根島雄介
MF32三上宗一
MF13須藤京一
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
試合は剣崎、竹内が立て続けにゴールを決めてそれを守り切って快勝。しかし、この試合で須藤が負傷離脱。試合後には長塚が腰の違和感を訴えていたのである。指揮官の本音としては、剣崎や竹内を金沢戦ではフル出場させたかったところだが、二人はA代表での活動もあるので、疲労の具合を考慮して途中交代させた。質の高い選手がそろう和歌山だが、実際のところ数での選手層はJ2の中程度のクラブと変わらなかったりするのである。
「今日の試合で攻撃陣は特に疲れたと思いますからね。まあ、手は打ちます。それも監督の仕事です」
「あ~っくそ。なんか最近疲れが抜けねえよなあ」
翌日のトレーニング。リカバリーメニュー(回復を主眼に置いた軽めの調整)をこなしながら、剣崎はふとぼやいた。
「はは。さすがのお前も人間だったわけだ。俺たちと違って、お前は世界を飛び回って、一年中サッカーやってるもんな」
ペアを組んでストレッチをする小松原は、同情するように言う。
「何が嫌かってやっぱ飛行機だよ。あんなに乗り心地の悪いもんはねえや。あんなところに何時間も監禁されりゃ体が固まっちまうぜ」
「代表はビジネスクラスで移動してんのにか?贅沢な悩みだな」
しかし実際のところ、剣崎と竹内のコンディションは村尾フィジカルコーチいわく「万全の四割程度」と言うほど疲労困憊である。リオ五輪やロシアW杯最終予選はもちろん、年始にもオリンピック最終予選を戦っているのだ。同じスケジュールをこなしている友成はキーパーである分疲労は多くないし、猪口も剣崎たちほど主力を担ったわけではない。オリンピック代表の常連となって以降、剣崎はまともな休息をとれている時間はほんのわずか。それでいて故障の気配がないのは、天性の身体の強さと言える。
しかし、小松原の言うように、剣崎も所詮は人間である。選手のコンディション管理を一任されている村尾フィジカルコーチが、松本監督の下を訪れた。
「監督。剣崎たちのコンディションについてお話があります」




