逃げない引きこもり
「うおぁっ!」
意を決して放たれた剣崎のミドルシュート。しかし、金沢の選手が身体を投げ出してそれを防ぎ、フォローの選手がクリアする。
「だあくそっ!やっとシュートを打てたってのによ!!」
剣崎は頭を抱えて悔しがるが、栗栖が励ますように声をかける。
「ドンマイ剣崎!枠には行ってたぞ!すぐに切り替えてまた打ってくれ」
栗栖のフォローに気をよくしつつも、剣崎は苦戦を強いられる現状に苛立った。
(くそったれ。まさかここまでガチガチに守ってくるとはな。この俺がゴールをとれる気がしねえなんざ相当だぜ)
この試合の金沢の布陣は5−4−1。その全員が自陣にこもってブロックを作り、特にバイタルエリアにはセンターバック三枚とボランチ二枚でスペースを潰した。さらにボランチの秋庭と川藤がそれぞれ剣崎と竹内の2トップに執拗なマークを徹底。機能不全とまではいかずとも、フィニッシャーの自由を奪われた和歌山は、なかなかシュートチャンスに持っていけない。そもそも常に自陣で数的有利の状態を作っている金沢のディフェンスに何度もパスが引っ掛かった。
「か~。なかなか固いというか逃げ腰というか・・・。あそこまで引きこもって守られるってのはすげえな。にしても、ああいう姿勢はプロとしてどうなんだろうね」
宮脇コーチは、金沢の守備に舌を巻くも、逃げ腰ともとれる姿勢をくさす。だが、松本監督の考えは逆だった。
「いや、それは違うぞミヤ。逃げ腰であんないい守備ができるか。確かに引きこもっているが、気持ちは攻めている。だからこそ体を張れるし、パスにも敏感なんだ。まあ、前向きな守備、とでも言うべきかな」
「前向きな守備ねえ・・・」
「ただの引きこもりなら、放っておいても剣崎の馬力に屈するさ。だが、そうでないということは、対策が万全であるということと『必ず勝ち点を持って帰る』という信念が浸透しているということだ」
「となると、ますます『三人目の動き』が大事か」
「そういうことだ。剣崎と竹内にあそこまでマークを割いている以上、必ずフリーで動ける選手がいる。頼むぞ」
松本監督が期待を込めて、視線をピッチに移す。剣崎、竹内が封じられている今、栗栖と猪口の両ボランチと緒方、ソンの両翼の動きが鍵だ。それに、2トップは自由がないとは言え、剣崎は空中戦では何度も競り勝ち、竹内も巧みなポストプレーでタメを作っていた。
(剣崎たちが頑張ってる。ここで俺が何とかすれば・・・)
特にこの試合でのソンの鼻息は荒かった。国籍は違っても、同年代のまぶしい活躍に、負けず嫌いな性格のソンが奮起しないわけがない。
「俺がこじ開けてやる!!」
剣崎の落としや竹内のキープに呼応するように、何度もゴール前に顔を出す。そのスピードに、金沢サイドはうろたえつつも対処する。
「簡単に打たせるな!シュートコース切れ!!」
キーパーの原が味方DFに指示を飛ばし、それに合わせて的確に動く。ならばと援護するように、緒方が逆サイドからドリブルやクロスで仕掛けて揺さぶり、猪口も攻めあがって混戦のこぼれ球を回収する。そして、時折栗栖のキラーパスが、DFたちの合間を射抜く。それでも、時に身体を投げ出してシュートを止める金沢守備陣の執念が、和歌山の波状攻撃を食い止める。前半も残り15分。その間、和歌山は実に11本のシュートを放って、そのうち7本を枠に飛ばす。それでも、金沢のゴールをこじ開けられなかった。
「下がったら呑まれるぞ!前に出て、粘って守るんだ!」
「力任せにいくな!丁寧に攻めろ!!」
ピッチが熱を帯びる中、ベンチ前でも林下、松本の両監督が選手に叫ぶ。
まさに『猛攻』と言える和歌山の波状攻撃を受けながらも、冷静さと戦意を失わない金沢。そこに千載一遇のチャンスが転がり込んできた。
「あっ」
これまで再三ボールを回収してきた猪口がトラップミス。それをかっさらった川藤が、唯一の得点源と言えるブラジル人FWレオ・ロドリゲスに正確なロングフィード(前方へのパス)を送った。抜け出したレオは友成との一対一を迎え、飛び出してきた友成を交わしてゴールネットを突き刺した。
だが、友成はほくそ笑んでいた。そして、和歌山のDF陣も安堵の声を漏らした。
「ふう。うまくいったぜ」
「そうっすねえ。思ったより速くて焦ったけど、意外にきちんととれましたね」
沼井と米良は言いながらタッチを交わした。
レオが抜けた瞬間、若い和歌山の最終ラインはきっちりとオフサイドを取れていたのであった。これには松本監督も拍手をしながら選手を心の中でたたえた。
(いいぞ!よく集中できていた。時間はないが、このプレーは必ずゴールにつながる)
そして、第4審判が電光ボードを手に、前半のアディショナルタイムがないことを示すのと同時に、ついに和歌山がゴールをこじ開けた。ソンと入れ替わるように右サイドに駆けていく竹内。そこに栗栖のロングフィードが届く。
(ナイスクリ!よし、仕掛けてやる!)
受けた竹内は、フェイントで一人を交わし、ゴールラインぎりぎりをドリブルで仕掛け、ペナルティーエリアに侵入してきた。それを左足のアウトサイドキックで中央に折り返した。そこに走りこんだ猪口がシュートを放つが、相手の脚にあたって跳ね返る。続けてソンがダイレクトボレーで狙ったが今度はバーがはじく。
「だったら俺だぁっ!!」
いきり立って剣崎が右足を振りぬくが、今度は相手の背中がこれを跳ね返す。
「まだ時間あるぞ!!」
素早く猪口がそれを回収すると左サイドに浮き球のパス。緒方の頭上を通過したが、その緒方を追い越していた寺橋がクロスを放った。
「ぬおりやっ!!!」
そのボールを、剣崎が相手DFを背負いながらバックヘッドで狙う。前に出てきたキーパーの上を通過し、ポストを叩く。だが、ボールはピッチではなくゴールマウスの中に跳ね返り、ついにゴールを割ったのであった。
それと同時に、前半終了のホイッスルが響いたのであった。




