勝って当たり前
目下最下位のカークス金沢を、ホームの紀三井寺陸上競技場に迎え撃つアガーラ和歌山。現在の順位はプレーオフ圏内の5位。しかし、直近2試合で同じ圏内のセレーノ(3位)、京都(6位)に連敗。圏外の7位町田との勝ち点が2に縮まっており、もし3連敗となろうものなら町田の結果次第で6位転落、あるいは圏外の7位に順位を落とす可能性を秘めていた。言うなれば崖っぷちである。
にもかかわらず、紀三井寺陸上競技場に駆けつけた和歌山サポーターの空気は緩かった。「確かに今はヤバいけど、今日は勝てるからどうってことはない」という雰囲気に溢れていた。
「片や日本代表のFWを二人も擁する強豪、片や最下位に沈み選手層も貧弱な弱小。今日の試合を客観的に言えばこういうことだ。特にアガーラに対して強いイメージを持ってここに足を運んでくれたサポーターは、今日は勝ち試合しか見たくないぞ」
松本監督のどこか他人事のようなつぶやき。言いながら選手を観察して一つ息をはいた。
「よし、どうやら勝てると思っているのは、和歌山サポーターだけのようだな。ここに誰かいたらどうしようかと思ったぞ」
「フン。順位なんかはただの結果論だ。目の前の敵に警戒できないようなら、昇格なんかできっこないし、できたところで一年でのUターンが目に見えてるよ」
友成がグローブをはめながら言う。眼光は既に臨戦態勢だ。
「第一マツさん、あんたが言ったんだぜ?相手は俺達をリスペクトしてくるって。だったら俺達がやらねえでどうする。あっちが死に物狂いでくるなら、俺達も死に物狂いで迎え撃つだけだぜ」
鼻息荒く剣崎が続く。他の選手たちも同じような表情だ。
「まあ、それでももう一回言っておく。金沢は負けているとは言え、ここ最近は紙一重のサッカーができている。特に守備に関しては確実に立て直している。とにかく枠に飛ばさせないように、バイタルエリアのスペースを消して、身体を張ってくる。そしてカウンターにおいても夏場に補強した選手がハマりつつある。ミーティングでも言ったが、ブラジル人FWのスピードと強さは侮れん。試合はほとんどの時間帯でウチが主導権を握るだろうが、守備に対する意識を切らすな。最終ラインはオフサイドを確実にとれ。前線もプレスを忘れず、相手DFを慌てさせろ。これらを忘れるなよ」
スタメン
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF34米良琢磨
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF8栗栖将人
MF2猪口太一
MF15ソン・テジョン
MF5緒方達也
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
発表されたメンバーに、スタジアムは一瞬どよめく。剣崎、竹内の2トップもそうだが、最終ラインがこれだけ若返ったのも久しぶりだからだ。
「しかしなあ・・・今石も監督の時は時々めちゃくちゃやったが、お前も決めたらホント思いきるよな」
ベンチでふんぞり返る宮脇コーチは、わざとらしくあきれながらつぶやく。
「これでも苦肉の策だよ。確かにウォルコットと辛島のおかげで守備はまともになったが、いつまでも二人に頼るわけにはいかん。実際、移籍間もないころからフル稼働してきたから、ここのところコンディションはよくなかったしな。それに、三上と寺橋も十分任せられるレベルになってきている。試すなら今だよ」
「試すなら今・・・か。攻めっ気を感じられない連中相手に意味あるのか?」
「あるさ。人間は90分集中するなんて不可能だし、かといって集中していなければとっさの場面で100%ミスる。抜き方・・・と言ったら言葉は悪いが、どういう場面で力を入れるべきか。その呼吸を学んでもらうのさ。攻めっ気がない相手なら、なおさらそういうのは大事だろ?」
「なるほ」
「なんかすげえ久々だな。お前と2トップ組むの」
キックオフ前、剣崎は傍らに立つ竹内にそうつぶやいた。
「確かに。リオでも代表でも、俺は右サイド中心だからな」
「でもよ、俺との2トップは、なかなかいいもんだろ?」
「ああ。しっかり狙わせてもらうよ。お前のシュートミスのおこぼれをな」
「ヘン。ぬかすな」
そしてキックオフ。
和歌山は、金沢の執念ともいえる守備に苦しめられることになる。




