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初出場に付け込まれ

 エース本条の完璧なヘディングシュートが決まり、先ごろまで漂っていた不安の空気はすべて吹き飛び、歓喜が埼玉スタジアムを包んだ。決めた本条に元へはもちろん、選手たちはたたえるべく竹内のもとに次々と駆け寄る。

「ナイスキック竹内!」

「大したもんだな。こういう雰囲気できっちり決めるなんてよ」

 照れくさく謙遜で返し続けた中、竹内のもとに本条が駆け寄った。タッチを交わすと抱擁を交わした。

「ええボールや。次のチャンスも俺に頼むで」

「はい、ありがとうございます」


「いよっしゃー!!さすがだぜトシ!!」

 一方ベンチでは、剣崎が誰よりもはしゃいで何度もガッツポーズを作った。仲間の選手たちはそれを見て苦笑していたが、友成が剣崎のケツを強烈なミドルキックで蹴り飛ばした。

「はしゃぎ過ぎだ単細胞。とっとと座れ」

「と、友成てめえ・・・」

 突っ伏した剣崎は、ふんぞり返る友成をただにらんだ。


「いい雰囲気ですわね。押されていた中での先制点は、大きいんじゃなくって?」

 叶宮コーチはそう言って指揮官に問うたが、四郷監督は表情を崩すことなく、一言だけ返した。

「大したことはない。まだ15分、8分の1だ。これが合図になる」


『くそ!マーク外しちまったぜ!』

 一方でUAEサイドは肩を落とし、本条をマークしていたDFバージルは舌打ちした。

『なーに、こういう失点は往々にしてよくある。俺達の時間帯のうちに点がとれなかったのが悪いのさ。向こうの右サイドに無警戒だったこともあるしな』

 そう言って、MFオマンは仲間をなだめた。

『それに、時間はまだまだある。最後に勝てばいいんだ。大事なのは切り替えることだよ』


 スコアが動いた試合だが、UAEに動揺は見られず“何事もなかった”ように、再び日本代表を翻弄しにかかった。ただ、1点をリードしている状況が守備に勇気を与えて、それまでのように翻弄されなくはなった。しかし、オマンから見れば、大した差はなかった。

『1点リードしたからって、急にチーム力が上がるわけじゃない。だったら、俺たちも左から崩してみるさ』

 UAEの左サイド、つまりは日本の右サイド。最終ラインに入っている結木を試すように、オマンは味方にパスを出した。

(くっ!やっぱくるよな)

 結木は相手選手と並走しながら、懸命に食らいついていく。この場面ではクロスを上げられたが、結木の動きを見てオマンは口笛を吹いた。

『へ~。いいスピードしてんじゃん。それに、日本人らしく一生懸命だね~』

 その瞬間、オマンは悪魔のような笑みを浮かべて、左サイドの味方MFマフーにアイコンタクトを送り、マフーも同じような表情で頷いた。


 試合はその後しばらく膠着する。UAEはFWの出来が良くないのか、再三の決定機で力みが目立って狙い通りのシュートを打てない。かといって日本の攻撃は、先制点のシーン以外はたまにカウンターを仕掛けるぐらいで得点の匂いが感じられない。このまま1点リードで折り返すかと、スタジアム中が思い始めていた。

 しかし、前半終了間際、UAEが好機を生み出して同点に追いついたのである。


「くっ!」

 左サイドでの攻防。ドリブルで攻めあがるマフーを追走する結木。マフーは結木を振り切ろうと、中央に切れ込もうとする。その時だった。一瞬だが、マフーがフッと動きを止めた。

(わっ!)

 追いかけているマフーの急停止に慌てた結木は、反射的に胸の前に手を出す。それがマフーを背後から突き飛ばす格好になった。主審が笛を吹きならして駆け付けた。

「え?いや、あの・・・」

 訳が分からないまま、結木は弁明しようとするが、主審は問答無用でイエローカードを出す。しかも、オマンが最も得意とする角度でのフリーキックとなった。


『ふふふ。真面目ってのは罪だよな。ちょっと一生懸命になったら、目の前しか見えないんだから』

 ボールをセットし、助走をとりながら、オマンはふとつぶやいた。

『でも正直気の毒だよな。あいつ初めての代表らしいじゃん。ミスが点に繋がったらショックだろうな』

 味方の呟きに対して、オマンは非情なまでの一言を言い返す。

『ショックを受けたのなら尚更好都合だ。それだけ向こうに漬け込める隙ができるわけだからな。W杯に行くためなら、余計な感情は捨てようぜ』

『・・・。そうだな』



 その後、オマンは冷静にフリーキックを直接ゴールに突き刺し、1−1のスコアで前半は終わった。


「前半の出来は・・・はっきり言ってひどいものだ。私を含めて、看過できないミスがいくつかある」

 ハーフタイムのロッカーにて、四郷監督は淡々と、それでいて厳しい口調で選手たちに語った。

「向こうのパスサッカーが、ある程度高いレベルであったことは想定し、正直それ以上の出来だった。これについては私のミスだ。だが、私の間違いでなければ、カウンターでシュートにいけた場面が少なくとも2回あったはずだ。もっとオープンプレーでシュートの意識を高めなければならん」

 そういいながら四郷監督は結木に声をかける。

「結木。確かに失点はお前のプレーだ。だが、だからと言って委縮することはない。むしろ、前半以上に突っかかっていけ。お前と竹内の右サイドが、今日のうちの肝だ。もう一度言う。仕掛けていけ、いいな」

「は、はい」

 とがめられると思って表情をこわばらせた結木だが、四郷監督の言葉に少しは気が楽になった。



 一方ピッチでは、ベンチ入りメンバーがウォーミングアップの強度を高めていた。

(さあいつでも呼んでくれ~監督さんよ。絶対に点を取ってやる)

 剣崎は内なる闘志を燃やしながら、ダッシュを繰り返した。


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