実績を残したがゆえに・・・
明らかな不可抗力ながら、まさかのPK献上となった日本代表。ここでゴールを割られると、ギリギリのところで保たれていた均衡が崩れ、試合は一気にサウジアラビアのペースになる。しかも、それで負けたとなれば、後味の悪さを引きずったまま決勝トーナメントに臨むことになる。大袈裟に言えば絶体絶命と言えよう。
だが、そんな状況にありながら、友成はとんでもない行動をとる。
『!!??』
「ぷわ~あ~あ・・・・」
ボールをセットしたサウジアラビア代表のMF、ムハンドは、目の前で友成の構えに唖然としている。いや、それは構えではない。何故なら友成は脚を肩幅に開いて腕組みしているのである。しかも、あくびをして。普通、PKの時は手を大の字に広げ、身構えて臨戦態勢に入るのだが、実にけだるそうに突っ立っているのである。
「ゴルァッ友成ぃっ!!てめえやる気あんのかぁっ!!!」
剣崎はそう怒鳴り声を上げて、大森が羽交い絞めで抑え込む。剣崎でなくても、ほぼすべての人間が、友成の腑抜けた姿にそんな怒号を浴びせたくなる。おそらく、帰国すれば、空港で水をかけられるような振る舞いだ。
(なんだこいつ。さっきまですごく手強かったのに・・・・俺たち寄りの判定でやる気でも失せたのか?)
ただ、当事者のムハンドは、疑心暗鬼に陥っていた。前半、おそらく3点は防いでいるであろう友成の鬼気迫るプレーからのギャップである。まして彼らは、日本と違って勝利以外許されない崖っぷちである。否が応でも失敗できないプレッシャーがあるのに、目の前でありえない行動をとられて、さすがに混乱していた。その最中、主審がホイッスルを鳴らす。それでも友成は腕組みしたままで突っ立ったままだ。笛を吹く前と違って、ニヤニヤと腹の立つ笑みを見せながら。
(何なんだよこいつ・・・。まあいいや。止める気がないなら、ありがたく先制点いただくぜ)
助走をつけながら、ムハンドはゴールを確信し、右隅を狙ってボールを蹴った。
だが、恐ろしいものである。
突っ立ったままの友成が一瞥したボールは、ポストに弾かれてしまったのである。慎重に、より確実に、十二分に狙いをつけた結果、つけ過ぎてしまったが故のミス。すぐさま押し込もうと一斉に選手が飛び掛かってくるが、頭一つ早く抜け出した猪口が、ボールを裏のスタンドに蹴り飛ばしてコーナーキックに逃れた。
「てめぇ一体何血迷ってんだよ!!」
「あれで点とられてたらどうすんだ!!俺たちまで笑い者になんだろうが!!」
血相を変えて詰め寄る剣崎と西谷に、友成は「何怒ってんの?」と反省どころか、すっとぼけた表情で言い返す。
「別にいいじゃねえか。今日は勝ち負けはどうでもいいんだからよ。それより、これで向こうのMFは一人潰れたぜ?そいつが代えられる前にお前ら点とれよ」
その二人から離れて、猪口に耳打ちする。
「あのミスったMFを見張ってろ。次ボールが渡ったとき、100%ミスるぞ」
「100?あり得るのか?」
「起死回生のチャンスを十中八九モノにできる状況でしくじったんだ。そこから数分で立ち直れるのは、ウチの剣崎しかできない芸当だ。絶対奪え」
そしてコーナーキック。放り込まれたクロスにサウジの選手が飛び込むが、ヘディングはバーに跳ね返り、拾ったこぼれ球でのミドルシュートは、大森の背中に当たってはじき出される。これを拾おうとしたのが、先ほどPKを失敗したムハンドである。ムハンドもまたダイレクトシュートを狙っていたのであろう。しかし、信じられないことが起こる。弾んだボールに対して、ムハンドの右足は空を切ったのである。
(ホントにミスったよ、おい)
猪口は驚く間もなく、そのボールを拾ってドリブルで攻め上がる。是が非でもと先制点を狙っていたサウジの選手たちは前掛かりになっており、自陣にはDF2人が残っているだけだった。
「グチッ!」
声がした右サイドを見ると、駿足を飛ばして追いついた竹内がフリーの状態でいる。猪口は迷わず右サイドに展開する。竹内はゴール前に、精度が高く、鋭い弾道のクロスを放つ。待っていたのは、前線で待機していた野口であった。
(すげえクロスだ。これふかしたら尾道の名が廃るぜ!)
野口もまた、フリーの状態で跳び上がり、頭で竹内のボールを正確に捉える。ボールは、立ち尽くすキーパーの左上を通過し、ネットに突き刺さった。
絵に描いたカウンターがはまった直後、サウジ代表のベンチはムハンドを交代させたが、一度狂った歯車は二度と元に戻らなかった。
友成の推察どおり、千載一遇のチャンスを逃した影響は、サウジの選手たちはむしばんでいた。勝利以外にグループリーグを突破できないシチュエーション、攻めては友成の好セーブに阻まれ、守っても日本代表に押され気味の試合展開で得たPK。そのPKでキーパーがやる気をなくしたかのような振る舞い、ゴールは完全にがら空きという状況での失敗。当の本人はもとより、周りの選手たちにも、焦りや戸惑いがあったのも無理はない。まして、ここまで若い世代での世界大会で多くの実績を積んできただけに、「予選敗退なんてできっこない」という、実績が生み出すプレッシャーに自らハマっていたのだ。後半以降の出来事だけに、ベンチワークでできる立て直しも制限された状況で、彼らの勝ち目はほぼ消えたと言ってよかった。
攻撃的な選手を次々投入してサウジ代表が攻撃の圧力をかけるたびに、日本は猪口を中心としたカウンターで対抗。後半40分ごろには猪口のインターセプトから、西谷に代わって出場した桐嶋が左サイドを突破。複数のショートパスをつないで、最後は野口が押し込んだ。
日本代表は、サウジアラビア代表を予選敗退に追い込み、グループリーグ全勝での突破を果たしたのである。