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本質に忠実

「ちぇ。もう俺の出番は終わりかよ。マツさん、そりゃねえだろうよ。俺はまだやれんだぜ」

 ハーフタイムが終わり、ピッチに散っていくイレブンを見送りながら、剣崎は松本監督を冷やかすように愚痴った。剣崎と竹内はオリンピックで主力として長くプレーしたことを考慮して、松本監督は前半限りであると決め、事前に全選手に伝えていた。後半15分ごろには猪口も交代するつもりである。

「お前は平気かもしれんが、休めるときに休んでコンディションをコントロールしなければ、大事な終盤で働けん。ハットトリックしたかっただろうが、今日はこらえろ」

「ったくよ、マツさんは心配性過ぎるぜ〜」

「ぼやくなよ、剣崎。むしろそれは俺の台詞だよ。ゴールとってないのに交代なんだからさ」

 あくまでぐずる剣崎に、竹内は苦笑しながらぼやいた。



「おや?あの9番の選手は、代わりましたか?出てないですねえ」


 スタンドの貴賓席にて、高畠は戸惑いぎみに言った。竹下社長が説明する。

「ふむ。どうやらそのようですな。恐らく、オリンピックでの疲労を考慮したものでしょう」

「疲労?あれだけ動けるのに?」

「選手というのは、自分の疲労はなかなか気づけないものなんです。それに、我がクラブは剣崎選手に頼ったチームではありませんから。彼以外にも頼もしい選手がいますので、それもお楽しみください」

 竹下社長はそう話したが、高畠は不満そうな表情を見せた。それを見た営業部長は、三好広報に耳打ちする。

「み、三好君。まさか監督にこのことは?」

「ええ。一切伝えませんでしたよ」

 それを聞いて営業部長は三好の腕を引いて、高畠らに背を向けて問いただす。

「どうしてですか!?あなた我々の努力を無駄にする気ですか!?せっかくの大口スポンサーに対して、

エースの活躍を見せないなんて・・・」

 うろたえる営業部長に、三好広報は毅然と言い返す。

「お言葉ですが。確かに剣崎君はクラブの象徴的な選手です。ですが、だからと言って彼だけに負担を負わせてはいけないし、松本監督のゲームプランに余計な制約をかけるのもよくありませんから」

「だ、だからって・・・」

「それに、剣崎君以外にも心をわしづかみにできる選手はいます。心配したいでください」



 そして三好の言う通り、ほどなく高畠は興奮のあまり身を乗り出す。


 剣崎と竹内の2トップに代わって出場したのは、小松原と櫻井。センターサークル近辺でボールをもらった櫻井が、ドリブルで鹿児島の選手たちを翻弄した。ゆらゆらとふらつきながらタックルを受け流し、スライディングをかわしてゴール前まであっという間に攻め上がる。

 そこで櫻井が放ったシュートはクロスバーを叩く。だが、跳ね返ったセカンドボールは櫻井自身がボレーで仕留め直した。ほんの数分間繰り広げられた櫻井劇場に、スタジアムは大いに沸いた。


「なんという選手だ・・・あんなすごいプレーを簡単にやってのけるなんて・・・」

「彼はブラジルで技を磨いた選手でして」

「なるほど!本場仕込みの選手というわけですか。いやあ、実に素晴らしい!」



 エースの2得点に、テクニシャンのエンターテイメント性溢れる追加点は、スタジアムの観戦者を虜にするには十分だったが、その裏には若き守備陣の奮闘があったことを忘れてはならない。


「フルキ!アガレ!ミカミ!カバー!」


 猪口に代わって送り出され、最終ラインに入ったウォルコット(これに伴い米良はボランチにポジションチェンジ)は、片言の日本語で指示を飛ばし、相手の反撃の芽を摘んでいく。プレーを重ねるごとに古木の動きもキレが出てきて、アグレッシブなディフェンスも目立った。


「ほう。あの変人(バドマン監督)の眼力ってなかなかのもんだな。もううちの若手の動きを把握してやがる。久しぶりに暇な試合だな」


 友成は最後尾からウォルコットのコーチングを見守って、そう言って一つあくびをした。


 結局剣崎たちの復帰戦は、3-0で快勝。敵将のブコビッチ監督は、苦々しい表情を浮かべながら、試合後の会見で兜を脱いだ。

『ワカヤマは恐ろしいチームだ。やっているフットボールは、正直言ってプロフットボールとしての美しさはない。だが、徹底してゴールにこだわり、まい進する姿は、ゲームの本質にきわめて忠実だ。いかに勝つか、このことに対して、少なくとも二部リーグの中にかなうチームはない。万全な対策をしたはずだが、その執念には敵わなかった・・・』



「今日はお忙しい中、ご足労いただきまして・・・」

 試合後、競技場の前で竹下社長は、観戦を終えた高畠に頭を下げていた。

「いえいえ。サッカーがわからない私でも、今日はサッカーを楽しむことができました。やはり、勝っているというのはいいものですなあ。剣崎選手だけじゃないということもわかりました。次は、家族を連れて一観客としてみたいと思っていますよ」

「ぜひ、お待ちしております」


 満足そうに帰路に就く高畠に、営業部長が安堵の表情を浮かべていたのは言うまでもない。

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