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投資の価値

「今日の客の入りは、いつもと比べてどうなんですか?」

 紀三井寺陸上競技場の貴賓席にて、ソファーに座りながら試合を眺める人物は、傍らに立つアガーラ和歌山の三好広報に訊ねた。


「いつもは1万人前後ぐらいで・・・今日はやはりオリンピックの影響かと」

「客入りは対戦カードによっても違うのかね?」

「近畿のクラブはもちろん、ダービーとなる愛媛、徳島との試合は比較的多くの入場が見込めます」

「ダービー・・・ライバル対決というやつですね」



 三好広報が応対している男性の名は高畠。肩書きは国内最大手の鉄鋼メーカー、「新大和住富金属」の和歌山工場取締役である。実は今年に入り、アガーラ和歌山は同社にスポンサー契約の交渉に入っており、この日はその決定権の権限を持つ人物が実際に試合を観戦に来た。竹下社長は三好広報と営業部長を伴って、取締役を接待しているのである。


「ちなみに今日の相手は、どれぐらいの強さなんですか?」

「まあ・・・おこがましいですが、ウチよりは少し力が落ちますね。今日に限れば和歌山が勝ちやすい力関係です」

「なるほど。では今日は勝ち試合を見せてくれるというわけですね。それは楽しみだ」


 三好広報の説明に、取締役はホクホク顔だった。





 さて試合だが、まずは和歌山のミスから始まった。


「あっ・・・」

「あのバカ!」


 仕掛けたオフサイドトラップが、古木のポジショニングミスで失敗し、友成との一対一に。相手にとって千載一遇のチャンスだったが、友成の鋭い飛び出しとキーパーとは思えない巧みなスライディングでボールを奪取。米良がそのボールを受けてクリアした。


「古木!始まってもう5分も経ってんのに何浮わついてんだバカ!さっさとゲームに入れよ!」

「す、すいません・・・」

「客が入ってるときにプレーできないなら、とっととフロントに志願してJ3に行ってこい!ここにいる以上はもっと集中しろ!」

「・・・す、すいません」


 友成に怒鳴られてすっかり平身低頭の古木。ただ、返ってくる謝罪の言葉に、友成は苛立った。

「練習でのお前はもっとまともにやってたろ!競技が変わったわけじゃねえんだよ。やれることをなんかやれ!!」

「す、すいま」

「すいませんばっか言うな!オウムじゃねえんだぞ!」


 二人のやり取りを見て、米良は苦笑せざるをえない。


「トモさん忙しいよなあ。こりゃ今日は大変だぞ」

 米良が予想した通り、序盤は鹿児島がペースを握りかけた。古木が試合に入れていないと見るや、古木のいる左サイドから攻撃を組み立てていく。しかし、ここ最近左サイドバックとして成長著しい寺橋が、懸命なディフェンスを披露してカバー。さらに昨年から守備のリーダーとして奮闘する米良のラインコントロールもなかなかに堅実で、次第にそれが下火になっていく。何よりも、守護神としてピッチに立つ友成が、その時間帯に迎えた一対一のピンチをことごとく平然としのいだことで鹿児島の勢いをそいだ。

 そしてエースのファーストシュートが、早くも試合を決定づけた。


「テジョン!」


 相手のファールからのリスタート。虚を突くように素早く、栗栖は右サイドのソンに繋げ、受けたソンは竹内と交差するように中央に切れ込み、相手が潰しにかかるとサイドに流れた竹内に繋げる。竹内はそれをダイレクトで鋭いクロスをファーサイドに飛ばす。狙いは無論剣崎だ。


「そぅらっ!!」


 走り込んでいた剣崎は跳躍すると、鋭く腰を回転。彼の身体能力が成せる「バイシクルボレー」でゴール左隅に打ち込んだ。



「すごいですね」


 ゴールの瞬間、高畠は前のめりになってそうつぶやいた。サッカーを理解しているとは言い難い彼をも惹き付ける魅力が、剣崎のスーパーゴールにあると言えよう。

「あれが噂の剣崎選手ですか?いやあ、百聞は一見にしかずとはよく言いますが・・・大したものですなあ」

「はい!彼はうちのクラブの看板というべき選手でして。日本代表にも選ばれております」

「なるほど。だから、あれだけ盛り上がるんですな〜」

 感嘆とする高畠に合わせるように、営業部長も合いの手を入れる。ただ、三好広報としては少し不安な気持ちがよぎる。

(たしかに剣崎君はすごい選手だけど・・・彼ばっかりに気が向かれても困るわね。営業部長もその辺分かってんのかしら・・・)


 そんな心配をよそに、ピッチでは剣崎が躍進する。


 オリンピックで得点王という目に見える、記録に残る結果を残してきた剣崎に対して、鹿児島は二人がかりで剣崎を封じ込めようとする。しかし、それは同じくオリンピックで活躍した竹内、あるいは同等の馬力を有するソンらほかの選手たちに自由を与えることにもつながり、同じように右サイドを攻略。今度はソンの弾丸のようなクロスを、剣崎はヘディングでゴール右隅へ突き刺す。エースストライカーとしての存在感を改めて際立たせたところで、前半終了の笛が響いた。



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