トレンド
「しっかし・・・すげえ数だな」
練習場に入った剣崎は、戸惑い気味につぶやいた。試合翌々日、オフ明けの練習に合流したオリンピック代表の4人は、見学者たちから拍手とともに「よく戦ったぞ!」「しっかりしろよお前ら!」「キャ~、こっち向いて~」と老若男女の喝さいを浴びた。竹内や猪口には黄色い声援も飛んでいる。
「これがオリンピック効果ってやつか・・・今が夏休みの時期っつってもここまで見学者が来るとはな~」
「フン。この9割がたが話題に弱いミーハー連中だ。応援されて悪い気はしねえが、『いないよりマシ』な連中は常連と同等には接したくないな」
感嘆する剣崎に、友成は相変わらず辛辣な意見をつぶやく。
「ハハ。お客さんに対して手厳しいなお前。一見お断りの料亭みたいだな」
「悪いか?ああいうミーハー連中は、甘やかしたらつけあがる、マナー無視の無法者も少なくないからな」
栗栖は頑固な友成に苦笑するしかなかった。
「ま、今日お客さんが多いのは間違いなくお前ら目当てだ。その人たちをスタジアムに連れてこれるかどうかは、お前らの振る舞い次第だから頼むぜ?」
「なんだクリ。まるで営業みてえな言い方だな」
しかし、トップチームの練習場だけでなく、隣接するユースチームの練習場にも、ここ最近は見学者が増えている。Jクラブや大学関係者、そして高校サッカーのコーチたちなどで、選手の視察はもとより、その育成メゾットを学ぶのが目的だ。
「短所に目をつむり、長所を徹底的に伸ばす。そうした一芸者をうまく組み合わせて一つのチームにして戦う。口で言うのは簡単ですが、やるとなるとこれがまた難しい。選手の長所は神経を使ってみていかないとなかなか見えてこない。短所ってものはほっといても勝手に目につくだけに、余計にそれを感じます」
こうした指導者たちに対して、剣崎たちの育ての親でもある今石博明GMや、片山良男ユースディレクターらが定期的に講演会を催す。この日は今石GMがなぜ剣崎や友成を発掘できたかについて、当時を振り返りながら答えていた。
「サッカーは野球と違って、代打とか代走とか、そうしたスペシャリストを見出しにくいし、実際にプロの世界でも通じにくい。特に今の日本のサッカーじゃ、とにかく万能を求められる。FWにはファーストディフェンスの意識、センターバックには攻撃を組み立てるための足元の技術と言ったようにね。それの拙さが邪魔をして『いくら点が取れても守備をしないんじゃ・・・』とか『当たりに強くてもボールを簡単に失う』とか、ちょっとの短所で見限ってしまう。せっかく才能があってもね。でも、才能だけを伸ばしていけば、自然と選手は短所を自覚するんです。一度自覚できればこっちの指導は全部耳に入って貪欲に吸収するんすよ。剣崎がまさにそれでね。あいつがまともにポストプレーや前線の守備をこなせるようになったのは、J1でプレーするようになってからなんですから」
今石GMが伝えていることは至極当たり前、別の言い方をしてしまえば理想論でもある。しかし、「剣崎龍一」という目に見える成果だけでなく、オリンピック代表を率いた叶宮監督一押しのクラブの礎を築いたといえる今石GMの話には説得力があった。指導者たちは真剣な表情で耳を傾け、自然と頷く。ただ、裏を返せば、どれだけ今の日本の育成年代に「木を見て森を見ない」指導者が多いかとも言える。
「短所をカバーする技術ってのは、いくらでも後付けができる。でも、長所ってのはそれこそ育成年代でしか飛躍できない。これはスカウティングでも同じで、まずは一番の武器を探し、それが上のステージに通用できるかどうかの魅力を持っているか。そこを見つけてやってほしいってことですよ」
そして、剣崎たちが復帰する初めてのホームゲーム。鹿児島を向かうっての試合であるが、ホームチームゴール裏だけでなく、メインスタンドやバックスタンドも和歌山サポーターで埋め尽くされた(ただし、満員と言える2万人には届いていない)。これも明らかなオリンピック特需であった。
「すげえな・・・こいつらの目の前で勝ったら、サポーターになってくれるぜ」
またものんきに感嘆する剣崎に、栗栖は苦笑する。
「ま、そう単純じゃないけどな。じゃあ頼むぜ、エース様。今日来たお客さんを新規サポーターに突込むためにもよ」
「任せろってんだ」
さて、そういう雰囲気でのスタメンだが、またも松本マジックと言えるルーキーの抜擢があった。
GK20友成哲也
DF32三上宗一
DF34米良琢磨
DF28古木真
DF19寺橋和樹
MF2猪口太一
MF8栗栖将人
MF15ソン・テジョン
MF5緒方達也
FW9剣崎龍一
FW16竹内俊也
「よ・・・よろしくお願いします・・・」
「おいおい、お前大丈夫だろうな?」
明らかに緊張している古木に、友成はあきれかえる。
「つーか監督は正気かよ・・・。こんな時になんでルーキーなんだ?米良、今日はマジで頼むぞ。こんな最終ラインじゃ俺が忙しくなる」
「トモさん、そりゃあんまりじゃねえっすか?」
露骨な溜息と愚痴をもらす友成に、米良は唖然とする。
「なーにフル。いくらミスっても大丈夫だ。この野郎はそれをカバーできるぐらいのセーブを見せてくれるし、ミスって点を取られたところで俺が取り返すから問題ねえよ」
「は、はい!が、がんびゃりましゅ!」
「・・・二回も噛むなバカ」
剣崎に励まされて無理やり自分を奮い立たせた古木だが、友成はますますあきれた。




