そのころのアガーラ
剣崎たちがオリンピックを戦っているころ、和歌山は矢神と江口という、攻守における有望株が移籍してしまうアクシデントに見舞われていた。ダメージは大きいものではあったが、同時期に入れ替わるように外国籍選手を獲得していた。
「ハジメマシテ。ウォルコットデス。イッショウケンメイ、ガンバリマス!」
会見で照れくさそうに、片言の日本語であいさつしたのが、補強されたオーストラリア人DFのティム・ウォルコットである。
年代別代表の経験はないが、母国豪州だけでなく、イタリアのセリエAやドイツのブンデスリーガでのプレー歴を持つ大型のセンターバック。一昨年までチームを率い、現在はアドバイザーとして和歌山に携わるヘンドリック・バドマン氏(シーズン2、3参照)の人脈で獲得に至った選手だ。195cm90kgと総合格闘家のような巨漢ではあるが、動きは俊敏で対人戦に強さを誇る。最後尾からのロングキックも制度が高く、カウンターの起点としても期待されている。背番号は50。アガーラ和歌山の歴史上で最も大きい番号を背負う。
そして強みであるサイドの増強に、日本人戦を期限付き移籍で獲得した。
「自分の持ち味はスピードとスタミナ。それを生かした上下動で貢献したい」
淡々とした口調で語ったのは、J1鹿島から加入したMFの辛島純輝。主に右サイドを主戦場とし、攻撃的な選手がそろうサイド勢で特に守備に秀でる。カバーリング範囲の広さやシュートブロックのうまさ、さらにはサイドからのプレッシング技術に定評がある。背番号は6をつける。ちなみに剣崎たちとは同い年である。
「同じ年齢のライバルが多い方が刺激になる。鹿島に帰るつもりはないし、ここでだめなら辞める肚で来てる」
淡々とした口調で、会見中一度も笑みを見せることはなかったが、この一言の時に目のギラツキが変わった。
この二人を加えて、まずは剣崎らオリンピック代表選手が抜けた直後の24節。岐阜との試合だ。
スタメン
GK29舳巧
DF15ソン・テジョン
DF50ウォルコット
DF34米良琢磨
DF14関原慶治
MF17チョン・スンファン
MF24根島雄介
MF32三上宗一
MF5緒方達也
FW10小松原真理
FW13須藤京一
松本監督は、入団したばかりのウォルコットを早速スタメン起用。まずは米良とコンビを組ませてみた。
結果は・・・見事なものだった。下位に沈む岐阜の攻撃陣が低調だったことを差し引いても、ウォルコットの守備力は出色であった。特に岐阜のブラジル人FWにシュートを打たせるどころか、ボールタッチの機会すら与えないマンマークが抜きんでており、文字通り相手の得点源を「潰した」。触発された攻撃陣も須藤のプロ入り初の2得点などもあって3-0で快勝。もう一人の加入選手・辛島はアディショナルタイムでの試運転にとどまった。
続く25節、松本戦。
GK29舳巧
DF6辛島純輝
DF50ウォルコット
DF22仁科勝幸
DF14関原慶治
MF8栗栖将人
MF24根島雄介
MF15ソン・テジョン
MF5緒方達也
FW10小松原真理
FW13須藤京一
自動昇格圏の松本に対して、松本監督は「試してみたかった」という右サイドの組み合わせで臨む。攻撃力の高いソンが前でプレーすることで生まれる化学反応に注目が集まった。そして立ち上がり、松本がこの夫人に慣れていないうちに、ソンがドリブルで切り込み、折り返しを小松原が押し込んで先制した。
しかし、次第にソンと辛島の動きのギャップで生まれる中盤を利用されて前半のうちに追いつかれてしまう。ハーフタイムで松本監督は二人にバランスをとるように指示したが、付け焼刃な感は否めずに同じパターンで勝ち越し点を許す。この組み合わせは不発に終わり、そのまま敗れた。
26節、千葉戦
GK29舳巧
DF6辛島純輝
DF50ウォルコット
DF34米良琢磨
DF19寺橋和樹
MF24根島雄介
MF15ソン・テジョン
MF31前田祐樹
MF8栗栖将人
MF5緒方達也
FW33村田一志
松本監督はこの試合に4-5-1の布陣を採用。1トップにはルーキーの村田を起用するなど若い選手を登用。前節敗戦の元凶だった右サイドの組み合わせも据え置いた。このギャップはこの試合でも露呈して先制点を献上。しかし、そこからの立て直しが早かった。失点直後、辛島はソンを捕まえて仕草を交えながらポジショニングの修正案を説明。対してソンも攻撃の時のフォローがどのようにほしいかを端的に話すと、以後は千葉の脅威となった。辛島の守備力を信頼したソンは積極的に攻め上がり、再三にわたりクロスを供給。ただ、この日チームは決定力を欠いて0-1で連敗となった。
27節、長崎戦
GK29舳巧
DF6辛島純輝
DF50ウォルコット
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF34米良琢磨
MF17チョン・スンファン
MF25野添由紀彦
MF31前田祐樹
MF8栗栖将人
FW10小松原真理
わずか中3日での一戦。ソンを出場停止、村田と根島をコンディション不良で欠いた中での試合は、前節と同じ4-5-1を採用。この試合は小松原の存在がとかく光った。コーナーキックの場面で先制点を叩き込むと、久しぶりの出場となった野添の折り返しをダイレクトボレーで追加点。守備陣も踏ん張りを見せて2-0と勝利を収めることに成功した。
28節、奈良戦
GK29舳巧
DF6辛島純輝
DF50ウォルコット
DF23沼井琢磨
DF14関原慶治
MF34米良琢磨
MF15ソン・テジョン
MF8栗栖将人
MF5緒方達也
FW10小松原真理
FW11櫻井竜斗
この試合はとにかく荒れた。ダービーなだけでなく、J3降格圏脱出をもくろむ奈良が激しいプレーを連発。そのケンカを真正面から買った和歌山との熱気が殺気に変わり、序盤からラフプレーの応酬となる。主審がカードを出しやすいタイプだったこともあって前半だけで4枚のイエローカードが飛び交い、米良が早くも2枚の累積で前半で退いてしまう。後半に入っても場の雰囲気にのまれた舳がペナルティーエリアの外で手を使ってしまって一発退場の憂き目にあい、相手も退場者を出したことから9対10というサッカーの体をなさない泥仕合に。それでも栗栖のPKを守り抜いて3勝2敗となった。
29節、山形戦
GK1秋川豊生
DF6辛島純輝
DF22仁科勝幸
DF21長塚康弘
DF14関原慶治
MF17チョン・スンファン
MF24根島雄介
MF25野添由紀彦
MF5緒方達也
FW10小松原真理
FW11櫻井竜斗
荒んだ試合からの立て直しに、松本監督はベテラン選手を大量に起用して4-4-2に戻した。ただ、互いに疲労が蓄積しているうえに、この日は悪天候も手伝って動きの少ない凡戦となった。ただ、守備陣が踏ん張りを見せたのは確かで、栗栖のフリーキックを冷静に守り抜いた守備は光った。
剣崎たちが不在のアガーラ和歌山は4勝2敗。大きく順位を落とすことなく戦いきったのであった。