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足跡

「くそぉっ!!」

 友成は自由形の水泳選手のように、懸命にはってボールを追いかける。手を伸ばしたところで掴めそうになるがわずかに届かず、むしろ触れた指先が最後の一押しとなり、ザグロヴィッチのハットトリックをアシストした。その傍らで勝利への確信とハットトリックの余韻に浸って、跪いて天を指さし、ザグロヴィッチが恍惚の表情を浮かべていた。


(ふん。思い知ったか・・・。お前たちじゃ『世界』には届かねえんだよ)


 浸ったのちに友成を嘲るように見下ろしたザグロヴィッチ。その表情が何を語っているか、そしてそれに対して何も言えないことに、友成はただ唇をかむしかなかった。土壇場で許した勝ち越しゴールのダメージは、日本にとって重くのしかかる。無論、剣崎・・・を除いて。


「タク、下向くんじゃねえぞ。俺がハットトリックをやりかえしゃいいんだ」

 センターサークルにボールが届き、主審の笛が鳴るのを待つ中で、剣崎は野口にそう語りかけてきた。

「・・・相変わらず、頼もしいな」

 懐かしさにも似た感情とともに、そう苦笑する野口。だが、剣崎が自分を見た時の表情に、背筋が凍った。

「やるったらやるかんな。おめえも最後まで死ぬ気でこい」

 その眼光に、野口は生唾を飲み込んだ。



 試合再開。だがスウェーデンは残していた交代カードをここで切り、時間を浪費する。だが、剣崎の眼光は鋭いままだった。むしろ、背中から発するオーラに、誰もが思いを一つにした。


剣崎コイツにボールを出せば、何かが起きる)


「うおっ!!」

 キープのためのパス回しのボールを、猪口は一瞬のスキをついてインターセプト。それをヒールで内海につなぐ。

(頼む!剣崎!何とかしてくれ!!)

 浮かせたボールを前線に送る内海。その時剣崎は、一度だけボールを一瞥してペナルティーエリアの手前でまで走り、そこでゴールを背にして待ち構えた。


『打ってくるぞ!つぶせ!!』

 2得点ですっかりスウェーデンに警戒された剣崎には、DFが立ちはだかってシュートコースを切り、わずかな隙間にはキーパーが待ち構える。ゴールを背にした剣崎は、内海のボールを胸で一度トラップする。ボールは高く弾んだ。トラップミスかと、スウェーデンの選手たちは思った。


 だが、ほどなくして全員が度肝を抜かれる。

 剣崎は雄たけびを発することなく、静かに地面を蹴り、右脚を振り上げる。伝家の宝刀と言えるオーバーヘッドボレーで、わずかに開けられたシュートコースをぶち抜いたのであった。


(な、なんだ今のシュート・・・)


 ボールが自分の顔の真横を通過し、立ち尽くすスウェーデンのキーパー。剣崎のオーバーヘッドの完成度に、思わず見とれていたのである。その得点とほぼ同時にタイムアップの笛が鳴った。同時刻に別会場で行われていたコロンビアとナイジェリアの試合はドロー。グループリーグ最終戦は、四か国が勝ち点1を積み上げ順位は据え置き。3位の日本代表はあえなく敗退が決まったのであった。


「『参加することに意義がある』な〜んて弁明が通じるほど日本はレベルが低い訳じゃないから、この結果は正直がっかりね。特にあんたたちマスコミと日本のサポーターは」


 試合後の記者会見にて、叶宮監督は皮肉じみた一言で話はじめる。通訳を聞いて海外メディアからはジョークと受け取った笑いがちらほらあった。

「ま、考えようによっては、満足以上の結果かもしれないわね。主力を担う選手たちはユース年代でアジアでことごとく敗れ、世界を経験してこなかった。その事実がここで尾を引いたのかもね。もっとも、それを何とかカバーするのが首脳陣の役割なんだけど、そういう意味でアタシのせいね。メダルを逃したのは。ただ、今回の日本代表、特にエースの剣崎の名前はオリンピック史上に刻まれるでしょうね。グループリーグだけで6点も取っちゃったんだから。今後は『本場』が黙っちゃいないかもね」



「今回のオリンピック、負けたのは僕たちDFの責任です。僕をはじめ、もっとみんなが落ち着いて試合に入って、ミスを恐れず、引きずらずにプレーしていれば、もう少しまともな戦いができたんじゃないかなと思います。一言でいえば『甘かった』ということにつきます」

 一夜明け、日本のマスコミの囲み取材に応じた内海は、キャプテンとしての総括を求められてこういった。

「剣崎だけじゃなく、薬師寺や竹内といったストライカーたちが点を取っていてくれたし、何より友成が何度も何度も好セーブを見せて味方を鼓舞してくれた。それに応えること、チームに浸透させることができなかった。キャプテンとしてこれは猛省になければなりません。応援してくれた日本の皆さんには何一つ期待に応えられずに、申し訳ないとしか言えないです・・・」

 敗退の責任を一人で負うかのような内海の弁。いたたまれなくなった記者の一人が、話題を変えた。

「このオリンピックの舞台で、何か得るものとか、今後に活かしたい経験とかあれば、何か一つ」

 少し考えて、内海は口を開いた。

「やっぱり・・・日本は、まだまだ世界とのレベルがあるんだということを痛感しましたね。アジアにも、韓国やオーストラリア、中東と言ったライバルはいますけど、それを勝ち抜いたからと言って、そのまま世界の舞台での結果に直結するわけではない・・・。そう痛感させられました。常に上を目指す、高みを目指すという意識をもって、一選手としてレベルを上げていかないといけない。悔しい分、余計にそう思いました。あと・・・」

 ここで初めて内海は笑った。

「剣崎龍一というストライカーが味方にいることの頼もしさと幸運も感じました。マンガのヒーローとか、スーパースターとか、そういう人たちってプレー一つ、シュート一本で流れを変える力があるじゃないですか。そんなのが敵にいたら気が休まらないし・・・僕らが最後まで戦えたのも彼の存在のおかげですね。今後もこういう戦いを、A代表で一緒にやっていければいいなと、そう思ったし、そうなれるようにもっと成長したいです」


 日本代表はかくして帰国の途についた。しかし、剣崎がこのオリンピックで残した足跡は確かなものであり、グループリーグ敗退にもかかわらず、6得点で大会得点王に輝いたのである。この日以降、アガーラ和歌山には欧州クラブの代理人からオファーが集まるのだが、それはまた別の話ということで。

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