伸るか反るかのスウェーデン
「まあ正直、厳しいことは厳しいわね。ただ、条件がシンプルな分目の前の試合に集中できると思うし、その辺は良し悪しよ」
スウェーデン前の囲み取材でのこと。叶宮監督は試合をそう展望した。
「出場停止の大森が掘った穴をどうするかね。ただ言えることは、カードのこととかは考えずにいくわ。そんな器用な戦いができるなら、ナイジェリアであんな無様な試合しないしね」
グループリーグ第3戦を迎えるにあたり、ここまでの順位を整理する。
コロンビア(4、+3)
スウェーデン(3、−1)
日本(2、0)
ナイジェリア(1、−1)
※括弧内は左から勝ち点、得失点差
力関係やここまでの戦いぶりを考えると、コロンビアがナイジェリアから、星も勝ち点も落とすとは考えにくい。仮にそうなったとしても、引き分け以下では敗退はもちろんグループリーグ最下位という汚点を残すことになりかねない。たしかに最終戦を前に「勝利あるのみ」と定まったことは、ある意味でアドバンテージとも見れた。そこに希望を見いだして日本のマスコミはサポーターの気運を高める報道をしたが、現実は想像以上の難題であった。
「誰でこいつをつぶすか、よね」
首脳陣はホテルの一室に集まって、スウェーデン対ナイジェリアの映像を検証していた。
「やっぱ大森の出場停止は痛いわね。剣崎並みのフィジカルがあって、スピードもあるだけに。このバケモノの相手を任せるつもりだったけど・・・」
叶宮監督がそうぼやいたのは、スウェーデンのエースFWザグロヴィッチだった。イングランドのプレミアリーグ移籍が噂されている大型ストライカーであり、ナイジェリア戦は彼が2得点を挙げてチームの勝利に貢献している。
「正直なところ、小宮の出場も賛同しかねます。特に足首に疲労がたまっていて・・・。使えるとしてもせいぜい15分がいいところで・・・」
暗い顔をするフィジカルコーチの報告に、叶宮監督は顔をしかめた。
「それに、スウェーデンは決して彼の力だけではない。攻撃はそうかもしれないけど、守備はボランチ、センターバックともに対人戦に強くフィードもうまい。カウンター合戦になったら分が悪いわね・・・」
叶宮監督の言うように、スウェーデンのカウンターの鋭さは驚異的だった。ザグロヴィッチの個人技は切り札としつつも、ボールを奪ったらあらゆるパスをつないで徹底的に崩していくのがスウェーデン代表の特徴だった。高さ、強さ、そして速さの三拍子を兼ね備えた大森の不在は思いのほか大きかった。
「ま、もともと出ることすら期待薄だったオリンピック。こうなれば後は野となれ山となれよ」
叶宮監督はそうほくそ笑んだ。
そして迎えたスウェーデン戦のスタメンが次の通りである。
GK1友成哲也
DF14真行寺誠司
DF5小野寺英一
DF3内海秀人
DF15真行寺壮馬
MF2猪口太一
MF6南條惇
MF13近森芳和
MF16竹内俊也
FW8薬師寺秀栄
FW9剣崎龍一
「ボランチ3枚・・・これはいったいどういうことでしょうか」
「や~ちょっとこれは意外ですねえ。見た感じサイドバックも守備が売りの二人なんで・・・。叶宮監督はゴール前ガチガチに固めてきましたよ?攻撃は前線の二人に任せるつもりなんでしょうか・・・」
日本の放送局は、そのメンバー構成に戸惑いを隠せずにいた。実況は驚き、意図を質問された解説者も首をひねる。しかし、解説者の読みは外れてはいない。
「実質3ボランチ」「守備的なサイドバック」というメンバーは、ゴール前、特にバイタルエリアのスペースを可能な限り埋めて、守備をがっちり固めるためだった。攻撃に関しては2トップとトップ下気味の竹内の3人の自由に任されたのであった。
「俺達はとにかくボールを奪え、って監督も味気ない指示よな〜」
苦笑混じりにぼやく南條。
「ばってん、小宮以外のMFはそういうタイプしかいなか。ピッチに入れられりゃ、それが仕事たい」
方便混じりに言い返す近森。
「だけど、出番もらっといて無様な真似は出来ないぞ!二人とも!」
「ほいよ」
「そうタイ!」
猪口の喝に、二人はそう応じた。
『う、なんだこいつら。ちょこまかと・・・』
『気をつけろ!予想以上に当たりが強え!』
スウェーデンの選手たちは、特に猪口と近森の運動量とフィジカルの強さに舌を巻く。もっと言えば、猪口の奮闘は光った。序盤は中盤の攻防で日本が有利に展開した。しかし・・・
『だからなんだってんだ。俺に通せば何の問題もない』
スウェーデン代表のエース・ザグロヴィッチはそうほくそ笑む。一本のパスが通った瞬間、その凄みを見せた。
「挟むぞ!ヒデ」
「オッケー!」
猪口と内海が二人がかりで対応に来るが、一歩で二人を振り切り、スライディングを仕掛けた小野寺も鮮やかに交わす。
『ふん。所詮日本は大したことないな』
キーパー友成の動きを見切って放ったシュートは、柔らかい弾道でゴールマウスへ。真行寺誠司が全力疾走でボールをかきだしにかかるが、間に合わずボールとともにゴールに吸い込まれていった。




