一喝
「す、すまない友成。うかつだったな」
失点後、内海は友成にそう頭を下げたが、友成はそれを突っぱねた。
「謝罪はロッカーの時でいい。満座の前での惨めな姿さらすな」
「しかし・・・」
「ただでさえ『キャプテンのミス』にみんなが戸惑ってんだ。さっさと切り替えろ」
友成の不安は見事なまでに当たる。試合に入りきれていない精神状態から、全幅の信頼を受けるキャプテンが失点に直結する凡ミスを犯した。動揺が広がらないわけがない。すぐに追加点を奪われただけでなく、反撃のシュートを打てないまま前半が20分を経過。その間、さらに8本のシュートを打たれ、半数以上の6本が枠に飛んだ。
(クソッタレ。あてにならない連中だせ、ったくよ!)
友成はそう吐き捨てながらビッグセーブを連発し、プレーで味方を勇気づけようとする。
しかし、攻撃がシュートに至らないもう一つの理由は、小宮の『暴走』であった。
「くっ!」
小宮から右サイドに放たれたロングフィード。だが、ボールは懸命に走った竹内の遥か向こうに着弾し、ピッチの外に出る。口惜しそうにボールを見やりながら、小宮の方に振り向いた。
(どうしたんだあいつ。さっきから強引なパスばっかりだ。確かにいつものような『無茶ぶり』にも見えるけど・・・)
小宮の放つキラーパスは、竹内の言うように無茶ぶりには違いない。少なくとも外野からはそう見える。しかし、その強弱や精度は味方の脚力やポジショニング、さらに芝の質も瞬時に計算したうえで、味方がトラップするうえで「ミスの仕方を教えてほしい」というぐらいの良質なボールを供給している。少なくとも、パスを出す瞬間の頭は恐ろしいぐらいに覚めている。
だが、竹内が戸惑ったように、この日の小宮のプレーはピッチ上の仲間からも独善的に映った。というのも、小宮は異常なほどこの試合に入れ込んでいる。理由はあった。
「『ロンドンに出さなかったことを、結果で後悔させる』ですか?」
小宮のおかしさに首をひねっていた黒松コーチに、叶宮監督はそう分析した。
「小宮はこのメンバーでただ一人、ロンドン五輪の予選を戦い、主力を担いながら本大会は戦術的な観点からサポートメンバーからすら外れたわ。そのリベンジへの思いがあるんでしょ。口には出してないけど、そういう思いは日本から離れた時からずっと醸し出していたわ」
「し、しかし・・・。それなら完全にチームを私物化していますよ。代えましょう、監督」
「フン。もともとそんな感覚でやってんだから、代えたところで大きな意味はないわ。今は頭に血が上りすぎて、たまたま空回りしてるだけよ。それに空回りするってことは動けてはいるってことよ。それに、根源には『チームを勇気づけたい』ってのがあるからね。かみ合えば何とかなるわよ」
だが、ピッチの状況は悪化の一途をたどる。攻撃は小宮の空回りで形にならず、守備は緊張とナイジェリアの圧力に翻弄されて友成頼み。アディショナルタイム直前には3点目を失い、後半を残して早くも敗色濃厚であった。
(どうしちまったんだ小宮の野郎・・・それにみんなも全然動けてねえじゃねえか・・・これじゃあ、ハーフタイムに入れねえ。・・・おおし!)
最前線からピッチを見渡して、剣崎は危機感を募らせる。この状態でハーフタイムに入っても、修正なんてできっこないと直感し、何かを決意してそのポジションを静かに下げていく。
「コミ!俺によこせっ!!」
アディショナルタイムに入ったとたん、そう叫んだ剣崎。小宮はいらだった表情を見せたが、言われるがままにパスを出す。剣崎はそのボールを受けると、放った。
「どぉうりゃぁっ!!」
ドンっ!と和太鼓を打ち鳴らるかのように、剣崎は右脚をボールにたたきつけ、轟音とともにシュートが放たれる。およそ30mのロングシュートが、まるで当然のようにネットを揺らした。
得点が認められる笛のあと、前半終了が告げられる笛が続いた。
「コミ!まずはてめえ今日のプレーなんだよ!無茶苦茶なパスばっかりで全然攻撃になってねえじゃねえか!トシとかカズ、それに俺やタクトを上手く使ってのお前だろ!ちょっとは冷静になれよ!」
ロッカーに引き上げるや、剣崎は小宮の胸ぐらをつかんで説教する。いつもなら鼻であしらう小宮だが、今回ばかりはぐうの音も出ない。剣崎の言葉に歯軋りしながら目をそらす。
しかし、剣崎は矛を納めず、さらには竹内や桐嶋も叱責する。
「つーかお前らもお前らだぜ!動けてたら追い付けたパスがいくつかあったぜ?まだ試合に入れてねえなんて情けねえぜ!お前らのスピードとクロスが攻撃の肝だろ?コミのパスはひどかったけど、予感してたら活かせてたはずだぜ!」
そして剣崎は、守備陣にもダメ出しをする。
「あとディフェンス陣よ〜。お前らももっと走れよ!ヒデがミスってからガチガチじゃねえか!俺達の持ち味は運動量と負けん気だろ!いくら友成が頑張ってても、今のままじゃまた点とられるぜ!集中っつうかどんどん足だせよ!」
味方の不甲斐なさを片っ端から言い放った独演会を終えた剣崎は、そのままシャワー室に消えた。残された選手たちはしばらく黙っていたが、やがて友成が口を開いた。
「や〜れやれ。あの単細胞に、あそこまで的確に言われるなんざ、やっぱ俺達は『谷間の世代』だな。ずいぶん無様な話だぜ」
「と、友成てめえ!」
嘲笑混じりの友成に、桐嶋が怒りをあらわにする。
「・・・だが、今回ばかりはあのバカの言ったことは一言一句満点回答だ。特に、ヒデのミスの後の無様さったらねえな。俺一人で守った方が失点が減るぜ」
ギロリとした友成の眼光に、桐嶋はじめメンバーは黙り込む。
「この際、切り替えろとか開き直れとかは言わねえよ。『点を取る』。それだけ考えていこうぜ。なあ、監督さんよぉ」
友成が言うや、見計らったように叶宮監督が現れた。
「まったく、あんたたち二人は大したもんよね。アタシが罵りたかったこと、ぜ〜んぶ指摘しちゃったんだから。ま、そういうこと。ついでに選手交替もしちゃうわね」
ハーフタイムが終了し、ピッチに戻ってきた日本代表。叶宮監督は野口に代えて南條を投入し、小宮のポジションをより前に変更。剣崎と2トップを組ませたのである。
「クソッタレ・・・下っ端の分際でこの俺様に説教たれやがって」
憮然とした表情で、小宮は剣崎を吐き捨てる。見かねた内海がなだめた。
「まあそういうな小宮。あいつにあそこまで言わせたのは、俺達が不甲斐なかったからだ。俺達に喝を入れてくれたんだよ」
「フン。・・・だが、久々に気持ちのいい説教だったぜ。ああまで言わせて変わらなかったら、それこそメダルを狙えねえ」
小宮の素直な一言に、内海は口元を緩めて肩を組んだ。
「だったら、そうじゃないところを見せようぜ。俺もお前もな」
「おうよ」




