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講演のテーマ「選考理由」

「んじゃ、なんか質問。ある?」

 ざわめきが一段落して、叶宮監督はいつものように、他人をなめたような態度で記者に尋ねる。しばしの沈黙ののち、大手一般紙の記者が手を上げた。

「まあ、どの記者も聞きたいことだと思いますが・・・。渡と西谷の落選理由を教えてください」

 対して叶宮監督は、露骨にがっかりしたような表情でマイクを取り、まずは質問をぶつけた記者をくさした。

「一番最初に手ぇ上げといてそんなベタな質問をするの?しょうもないわね~」

 記者はわずかに眉をひそめただけだが、特に反論しない。叶宮監督は、ため息を一つついて口を開いた。

「まあ、とりあえず各ポジションの決め手と当落の分かれ目を逐一説明するわ。どうせ、そんな質問が集中するんだし。言っとくけど、これ言わせた後に落選の理由尋ねて来たら出禁にすっからね」

 叶宮監督は「だからアタシを唸らせる質問考えときな」という表情をしながら記者団を一瞥し語り始めた。

「まずはGKだけど。渡と天野で悩んだわ。決め手は『想定外に対する心持ち』。メンタルの強さね。渡は代表歴は長いし、キーパーとしてのスキルも高く、すでにA代表にも召集されているわ。でも、劣勢の状況はもちろん、アクシデントがあった時にどっか頼りないのよね。対して天野は身体能力で言えば一歩劣るけど、視野も広いしコーチングが常に冷静。あらゆる状況に対してチームを落ち着かせる頼もしさがあるわ。それが決め手よ。まあ、渡は当然サポートメンバーとして連れていくわ。この二人のどっちかにアクシデントがあったときに、代わりを任せられるのは渡しかいないしね」

 説明に対して記者団は納得と言う雰囲気を作る。叶宮監督はDFの説明に入った。

「センターバックの小野寺と降谷も渡のケースとおんなじね。降谷はクラブでDFリーダーを任されているけど、特に押し込まれている時間の動き、判断が鈍い。小野寺は復調してきたし、大森と一緒に鹿島のステージ優勝に貢献してるから、ここ最近の動きを含めて比べて、小野寺にかけることにしたわ。で、サイドバックに関してはこの4人ですんなり決まったわ。組み合わせ次第で攻撃にも守備にもどう動かすこともできるからね」

 ここでスポーツ紙の代表担当が横槍を入れてきた。

「サイドバックの4人はいずれもサイド専門ですよね。それはMFがセンター系であることも関係するんですか?」

「ま、そういうことに気付くわよね。FWの時にも言おうと思ったけど、サイドに関してはバックの4人に加えて竹内と桐嶋にも何とかしてもらうわ。基本的にサイドの選手が攻撃の要だしね。中央は、ボランチを任せられる選手を選んだわ」

「しかし、茅野は小宮の代わりに使うなどフィットしているように思いましたが・・・」

「あらそう見えた?ま、いい質問ね。確かに、茅野を残す選択肢もあったし、亀井とかも最後まで悩んだわ。MFは唯一無二と言えるものを持ってたかどうかね」

「唯一無二、とは?」

「猪口はインターセプト、南條はロングスローという武器があるし、小宮はボランチで使ったとしても、攻勢の時にはトップ下的な役割もできる。この3人まではすんなり決まったわ」

「では、近森の決め手は?」

「そうねえ。変な言い方だけど『副キャプテンシー』を持ってた、とでも言いましょうかね。キャプテンは内海に任せるつもりだけど、責任の重さを分かち合える奴っているじゃない?ベンチでもピッチ内外を鼓舞する姿勢も近森は素晴らしかったしね」

 叶宮監督独自の表現には、質問したスポーツ紙の記者をはじめ、周りを唸らせるだけの説得力を持っていた。

 そしていよいよと言うべきか。FWの理由に入る。

「悩んだわね〜ほんと。本音を言えば西谷も連れていきたかったわよ。あの子の強引なドリブルは十分通用するわよ」

「では、なぜ西谷が落選したんでしょうか。そもそも、誰と迷ったんですか?」

 サッカー専門誌に寄稿しているフリーライターがそう質問すると、叶宮監督はわざとらしく唸りながら答えた。

「薬師寺、西谷、野口の三人で迷ったのよね。で、西谷が持ってないもの、勝っているものをそれぞれが持っていたということよ」

「と、言いますと?」

「まずは『ゴールの嗅覚が剣崎並にあるかどうか』だけど。これは言わずもがな薬師寺よね。で、次の選択したが『クロスが活きやすいのはどちらか』ということ。となれば、高さで勝る野口よね。天宮も考えたけど、剣崎に馴れているかどうかを考えたら、1年だけとはいえチームメートだった野口に分があるわよね」

 一通りの説明を終え、叶宮監督はすっかり満足げの表情。そこで夕刊ゴシップ紙の記者がひねくれた質問をぶつけた。

「でも監督。今回発表されたメンバー、現在も所属している選手も含めて、実に11人がアガーラ和歌山と関係がありますよね~。正直、ちょっとひいきが過ぎるんじゃないかなって思うんですが~?」

 一瞬場が静かになるが、叶宮監督は平然と言い切った。

「だから何?」

「えっ?」

「だ~か~ら、何?」

「い、いや、あの・・・」

「だぁ~かぁ~らぁ~・・・何だって聞いてんだよゴルァ!!」

 普段のオカマ口調が消え去り、ドスの効いた低音で怒鳴りながらテーブルに拳を叩きつけた。

「てめえみてえなエセ記者に話すことは何もねえ。・・・帰れ」

 殺意のこもった眼光を向けられた記者は、すくむ身体を必死に抑え込んで、逃げるように会見場を後にした。静まり返った会見場の沈黙を破ったのは、叶宮監督だった。

「質問は100点だったけどね~。態度がマイナス1万点。さて、せっかくだから皆さんにはその答えを教えましょうかね」

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