相手の土俵で戦える力が実はあったという
「ぬおおうっ!!」
ゴール前に放り込まれたクロスを、渡が長身を伸ばしてキャッチした。
それを大きく蹴りあげると同時に、主審がホイッスルを高らかに響かせた。
前半、剣崎が挙げた先制点のあと、ハーフタイム直前のコーナーキックから大森が追加点のヘディングシュートを決めた日本代表。剣崎と西谷の圧力で疲弊させた北朝鮮代表の最終ラインから、途中出場した竹内がだめ押しゴールを決め、守っては相手の攻撃を交代要因もうまく使って完封。初戦を3−0の快勝で飾ったのだった。
「いでででで・・・・あいつらホントになりふり構わなかったな。身体中ズキズキすらあ」
ロッカールームで剣崎が愚痴りながらユニフォームを脱ぐ。あらわになった肌にはいくつかの痣ができていた。
「俺もまあ脚を結構削られたけど、お前は常に空中戦やってたからな。しかし、それだけどつかれて愚痴だけで済むってことは・・・・」
「脳みそがバカだから怪我してるかの判断ができねえんじゃねえの?」
「ああそれか」
「ちげえよっ!!」
ソックスを脱いだ西谷が剣崎を見ながらつぶやいた仮説に、友成が友成らしい結論をつけて西谷はあっさり納得。それを剣崎は否定した。
「しかし、そうでないにしても、剣崎は並外れたFWには違いないさ。お前、やられたらむしろ力入れてったろ。普通そこまでやられたら萎えてくるけどな」
そんな剣崎の気分を良くしたのは、ユースのころから世界大会での経験が豊富な内海だ。小野寺も同じように舌を巻いていた。
「頭に血が上ってる、とはまた違うんだろうな。下手すりゃ乱闘になってもおかしくない削りあいだったぜ」
「はは!俺は懐の広い男だ!やられた分はすげえプレーで返しゃいいんだよ」
「懐なら『深い』だろバカ。バカのくせに馴れない日本語使うんじゃねえよ」
得意満面の剣崎に、友成は容赦ないツッコミをいれた。
第2戦VSタイ代表
GK12天野大輔
DF4小野寺英一
DF3内海秀人
DF5大森優作
MF21南條淳
MF2猪口太一
MF17近森芳和
MF10小宮榮秦
FW16竹内俊也
FW9剣崎龍一
FW7桐島和也
中2日で迎えるタイ戦。北朝鮮と戦った時とはまるで別物の布陣となった。最終ラインは内海をリベロに配置した3バック、ボランチもインターセプトに長け、運動量も豊富な3枚。
前線はトップ下の小宮が3トップを操る構図。桐島、竹内はサイドを主戦場とするウイングと呼ばれるポジションをとった。数字で表せば3−3−1−3。全く違うチームに変わってしまったのであった。
それでもタイが完全に不利というわけではない。ここ数年、五輪世代がアジアでめざましい戦果をあげるサウジアラビアに対して、選手のスピードと正確にボールを行き来させるパスサッカーで互角の試合を展開。引き分けに持ち込む健闘を見せている。
だが、日本の3人のボランチが、このパスサッカーを機能不全に陥らせたのだった。
「今だっ!」
タイのパサーの動きと狙いを見切った猪口が、素早い反応でボールを奪う。こういう光景が試合開始後から続いた。
3人のボランチは、ポジションに拘らず、遊撃的に動いて、受け手近辺をうろついてパスカットやマンマークを仕掛ける、タイの攻撃を滞らせた。ならばと、裏をとることを得意とするスピーディーな2トップに放り込むが、内海が束ねる3バックに面白いようにオフサイドをとられ、通ったとしても小野寺や大森の餌食になった。そして、常に日本代表が一手先の動きをとれていたのは、GKで先発した天野の的確なコーチングの賜物だった。
「アタシの見込みに狂いはなかったわね。まさかこんなに早く相手のクセを見抜くとはね」
ベンチで叶宮監督は満足げにつぶやいた。ユース時代から第2GKとして経験を積んできた天野は、俯瞰的に相手を観察する能力に長けていた。相手の動きやその時々の味方のポジショニングを見逃さず、そこから予想されるピンチやチャンスに応じたコーチングをこなす。セービングに派手さがほとんどないのも、味方を自在に操って、「ファインセーブでしか防げないシュートを打たせていない」からである。
守備に決壊の気配を感じない一方で、前半の攻撃はこれまた静かだった。とにかく小宮がパスを繋げれないのである。
「あーら、これとられるか」
インターセプトされた瞬間、まるで他人事のようにぼやく小宮。その態度に桐島は苛立っていた。
「小宮ぃ、てめえやる気あんのかよ!さっきからとられてばっかしじゃねえか!」
「そう吠えるなカス。まだ時間はあるんだ。のんびり行こうぜ」
「時間って、もう前半終わるぞ!あと『カズ』だこのやろう!!」
どこ吹く風というよな態度の小宮に、桐島の苛立ちはさらに募った。同じように、剣崎も言葉にはしないが、明らかに苛立っているというオーラを醸し出していた。一方で、竹内は小宮のプレーを訝しんでいた。
(あいつ何企んでんだ?まるで・・・タイ代表の連中を試してるかに見えるけど)
そんな小宮がスイッチを入れたのは、前半40分過ぎだった。
「さてと。お前ら3人は、この雑魚どもとは違うよな」
嘲笑を浮かべながら小宮はつぶやいた。そして、右足から鋭いパスが放たれた。
それのほぼ一呼吸前、走りだした竹内は、タイの最終ラインの裏に抜け出した。あまりにもとっさのパスに、立ち尽くしていたタイの選手たちは、オフサイドをとることができず、ほぼ独走状態の竹内。だが、竹内に余裕がない。小宮のパスの球足が速く、追いつけるかが怪しいからだ。
(くそっ!とりあえず、最悪でもゴール前にっ!!)
ちらりとゴール前を見やり、竹内はスライディングボレーでゴール前にクロスを上げた。
ゴール前にさえ上げれば何とかなる。竹内のプレーの根底にはこの意識があった。
なぜなら、二本には絶対的な点取り屋がいるからである。
竹内の、狙いもくそもない雑なセンタリングを、剣崎は平然とヘディングで叩き落とす。頭一つ小さく、体格にも劣るDFたちに成す術はなく、キーパーもただ唖然と立ち尽くす。それくらい虚をついた一撃だった。
「カス!濁点が欲しけりゃ俺を感じろ!そして俺のパスに追いつけ。それができたらつけてやるよ」
小宮は桐嶋にそう言い放った。
そして先制点からわずか2分後。今度はノールックで左サイドに放たれたキラーパス。これを桐嶋はきっちり追いつき、そしてゴール前にドリブルを仕掛ける。自分に選手たちが集まったと感じるや、パスを放つ。一瞬でマークを外した剣崎が、右足を出してそれを押し込んで2点目を決めた。アシストを決めた桐嶋に、小宮は駆け寄って声をかけた。だが、桐嶋はまた怒った。
「よくやった。見直したぞ、ガス」
「位置が違う!!」