破壊力抜群
「こんの!」
「うごっ」
町田がゴールへの形をおぼろげながら作りだしている一方で、和歌山はなかなかシュートを打てない時間が続いた。とにかく、剣崎をマークする降谷の奮闘が凄まじく、空中戦で剣崎と互角に渡り合っていた。こぼれ球に対しても、小松原が何度も詰め寄るが、降谷とコンビを組む韓国人センターバック、パク・ドンファンもなかなか鋭い対応でことごとくクリア。その度に江川を経由したカウンターでピンチを迎えるという試合になっていた。
「さーて、やられたままじゃ癪だし、そろそろシュート打とうか。いい加減に格の違いを見せろ」
再開後、友成からのロングパスを受けた竹内が、右サイドを駆け上がる。それと同じタイミングで、町田のセンターバックが和歌山の2トップに張り付く。剣崎には降谷が、小松原にはパクがそれぞれマークしている。
(正直降谷は結構手ごわいな。あの韓国人も悪くない。だが、コマを起点にすればどうなるか、動きは見ておきたいな。頼むぞ、コマ)
竹内は右サイドから、ファーの小松原に向かってクロスを放つ。小松原とパクの空中戦になったが、パッと見ほぼ互角。ボールはそのまま左サイドに流れ、緒方が回収した。緒方は一度中央に折り返して、根島がボールを預かる。そこに江川が身体を寄せてきた。
「わはっ、八面六臂っすね、エガさん」
「これぐらいは当然だろ?」
執拗なマークにも、根島は何とか耐えきる。そこにソンがフォローに来る。根島はすぐにソンに託す。
(ケンザキ。エースなら勝て)
そのまま前に浮き球のパスを放つと、剣崎と降谷が競り合った。
「んぐっ!」
「負けっかよ!!」
懸命に身体をぶつけてきた降谷に、負けじとなお高く飛ぼうとする剣崎。その執念がそうさせるのか、弾かれたボールは、小松原の近くに落ちる。
(いける!)
そう判断した小松原の一歩目は、パクの想像以上に速かった。
(なっ!?)
振り切られて呆気にとられるパクを尻目に、小松原は右足を振り抜く。キーパーは反応できずに鋭いシュートがつきささる。
キックオフから16分、和歌山のファーストシュートが先制点となった。
「ヒャッハー!!ナイスだぜコマっよくやったぜ~!!」
剣崎はすぐさまゴールを決めた小松原に飛びつき、そこに竹内、ソン、緒方が加わる。その傍らで肩を落とすパクが降谷に詫びた。
「スマンフルヤ。オレノセイダ」
「しょうがないっすよパクさん。切り替えていきましょう」
そう励ました降谷に対して、剣崎はさらに闘志を持たした。
「ようフル。『それでも俺を抑えてるから大丈夫』」って面してるな。だったら覚悟しな。すぐさま俺の本気を教えてやるよ。そんで、俺がオリンピックを戦う上で、『味方であってよかった』って腹の底から思わせてやるかんな!!」
自信満々にそう言い放った剣崎。降谷は眉間にしわを寄せた。
(なんだあの言い草・・・エースだからってなめんじゃねえぞ。お前を潰して、味方にハッパ賭けてすぐに追いついてやる)
降谷は決心を固めて剣崎のマークに入ったが、有言実行の一撃に驚愕することになる。
先制点を許したものの、町田の選手たちは冷静さを保ち、その後も踏ん張りながらカウンターでチャンスを狙う。
「くっ、またエガから・・・」
「ふっ、やっぱ敵にしたらウザいなお前」
そして町田の攻撃の正否を握っているのが江川であり、その度に猪口とのマッチアップは激しさを増す。
「ぐっ!」
執拗なマークにあいながら、江川はなんとかパスを出す。ただ、次第に精度は悪化し、受け手がそれをカバーしようと、江川との距離を近くとるようになった。こうなれば、松本監督はニヤついた。
(焦れて近づいてきたか・・・。フフ、中央ならともかく、サイドがそうなったら果たして攻められるかな?うちの両翼は、付き合うには少々手ごわいぜ)
そう、次第にサイドの主導権は和歌山に傾く。サイドから崩そうと江川をフォローするのはいいものの、それはポジションを下げるということであり、右サイドのソン、左サイドの関原が自由に使えるスペースが増えた。サイドバックの二人は、まず町田のサイドプレイヤーを押し返すことに成功していった。
「そうらっ!」
「あっ」
そうこうしているうちに、関原が見事なインターセプト。
「トシっ!走れ!」
関原はすぐさまサイドチェンジを敢行。受け手の竹内がそのロングボールに追いついた。町田のDFが対応に出ると、竹内は急停止。ノールックでタッチラインギリギリにボールを出す。そこは、ソンのオーバーラップの走路上だった。ソンがそのまま超人的な加速で一気に攻め上がる。
(剣崎に来るな。10番は・・・)
危機を感じて降谷は頭を張り巡らせるが、その思考の間が全てを決めた。既に、剣崎はソンにアイコンタクトをしており、ソンもすぐさまアーリークロスを放つ。
「フル!考えるだけじゃいつか振り切られるぜ?ピンチは感じろってんだ!」
シュート性のボールを走りながら鮮やかな胸トラップで勢いを殺すと、剣崎はボールに左足を叩き込む。対角線に放たれた強烈なシュートが、ゴールマウスの中で暴れ続けた。
降谷は、剣崎のオンプレー(流れ)でのシュートを見て、ただ立ち尽くすだけだった。
(嘘だろ・・・。あいつ、動くの早すぎだろ。まさか、トシヤが動いたとき、右サイドでの崩しを・・・いや、インターセプトが決まった瞬間から動いてねえと、俺を振り切るなんて・・・)
できることをやろうとする前に、標的はすでに動いていた。思案や判断に要する時間なんてコンマ単位だ。それをも上回るとしたら、それはもはや才能の域でしか説明がつかない。そう思い詰めた瞬間、目の前の背番号9が恐ろしく、そして頼もしく思えた。




