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敵味方に分かれて

 特別な感情は・・・正直かなりあった。何せユースの頃から合わせ足掛け7年、顔見知り、互いを知り尽くす仲間と初めて敵としてぶつかるのである。戸惑いがないと言えば嘘だが、それ以上に高揚感が大きかった。仲間や後輩がレギュラーの座をつかんでピッチで暴れまわる一方で、スーパーサブどまりで存在感を示せなかった悔しさもあった。町田への移籍で自分がどれだけ変わったかを見せつける。全てをぶつけるつもりでこの試合にかけていた。


「さて・・・どうしてくれようかな」


 中盤でボールを受けた江川は、ふと周りを見渡す。どうパスを出せば相手を戸惑わせられるのか、考えを巡らせていた。

 そこに、和歌山の選手が立ちはだかった。


「好きにさせないよ、エガ」

「だろうね。キーマン潰しはお前の専売特許だ。てことは、松本監督は俺を警戒してくれたって訳か」

 猪口に向かって軽口を叩く江川。

「この試合は俺とお前、どっちがどれだけ仕事ができたかに尽きるな」

「そゆこと。やらせないぞ、エガ」


 猪口はそう言って江川のボールを奪いにかかる。



 世間は五輪代表の剣崎や降谷に耳目を注いでいたが、試合への意気込みはこの二人が一番高かったと言える。二人のマッチアップは、チームメート時代には見られない激しさがあり、優位に立っていたのは江川のほうだった。

 猪口の激しいプレッシングをものともせずにボールをキープし続け、フォローに来た味方に正確なパスを出した。

「西さん」

「エガ、ナイス!」

 受けた町田のウイングバックの西本は、そのままドリブルでかけ上がる。

「うおっ、やべぇ」

 江口はそれを止めんと、前に出ようとするが、仁科がそれを止めさせる。

江口タイガ落ち着け!すぐにピンチになる訳じゃねえ。お前が抜かれたらそれこそヤバいんだぞ!」

「あ、はい」

「そういう気の強さは買いだが、やるなら周りをもっと見ろ。マークがダブったら人数揃っても意味ないんだからな」

 仁科はこの試合、町田の動きだけでなく、センターバックのコンビを組む江口の動向にも神経を張った。


(さすが仁科だな・・・。だが、言葉で理解できても経験で理解してなければ、必ず漬け込める。やはり江口を揺さぶらせるとするか)

 仁科のコーチングの様子を見た町田の相葉監督は、そう判断してゆっくりとテクニカルエリアへ歩き、声を張り上げる。

「ミーティング通り、4番を揺さぶれ!中央から崩すぞ!」


 町田サイドは、和歌山の守備について江口を弱点と定めて、どうにか揺さぶろうと画策。対してFWの競り合いは江口とのペアを組む仁科を狙うようにした。

「ぬおっ!!」

 左サイドからのセンタリング。仁科は町田の190cmFW田所と競り合う。だが、田所がもともとの高さと跳躍力で競り勝ち、味方に繋ぐ。一人のスルーを挟んで、走りこんできた江川が強烈なシュートを放った。ゴール右隅を狙った一撃だったが、友成がこれを涼しい顔ではじき出した。

「はは~。相変わらず固いな・・・。凱旋弾決めさせてよ~」

「俺がそんな甘くないってことぐらい先刻承知だろ?だったらてめえで何とかしろ」

 苦笑する江川に、友成は見下ろすように言い返した。続くコーナーキックでも、町田は仁科を空中戦に引きずり出す。しかし、今度は仁科が身体を寄せて田所の体勢をくずした。

「ぐっ・・・。ミスった」

「ハン!なめんなよ。俺だって伊達にサッカーで10何年も飯食ってねえんだよ若造」

 苦虫をかみつぶす田所に、仁科はそう言い放った。


 ただ、ベンチの松本監督は、今の攻防に少なからず冷や汗をかいた。

「立場は人を作るとはよく言うが・・・。江川のやつ、町田で定位置を得るや一気に化けたな」

「だな。あの場面で走りこんでくるスピードとスタミナ、そしてポジショニングの良さと判断の速さ・・・。切ったのがもったいなかったぜ」

 同調するように言った宮脇コーチは頭をかいた。だが、松本監督は「たしかに、放出するには惜しかったが・・・」と前置きして言う。

「結局のところ、うちで伸びきれなかったのは、居心地の良さに浸かってしまったってことだ。ひとり身になることで、やっとプロとしての自覚に気付いたってことだ。おそらく、残っていたとしても、今年のような活躍はしていないだろ」

 そしてため息をつき、話をセンターバックに置き換える。

「予想はしていたが、向こうは田所を仁科にぶつけるつもりだ。仁科も悪いDFではないが、空中戦に関しては江口よりは劣る部分はある。そして、仁科に苦戦の色を出させて、江口を焦らせる算段だろうな」

「う~んアイツは今成長してはいるが、『自分が何とかしなきゃ』っていう気持ちが強すぎるからな。そういう若さに付け込んでくるか」

「ただ、こっちに勝算がないわけではない。失礼な言い方だが、町田の守備力は降谷さえ潰せればどうってことはない。だから、小松原コマの働きがカギだ。『10番』に値するポテンシャルを見せてくれよ」

 そうつぶやいて、松本監督は前線の背番号10を見やった。

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