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手応え加速、成績失速

「オッケー!」


 練習場に江口の甲高い叫びが響き、サイドからのクロスに反応して頭で弾き返す。


 清水戦以後、FWとしての限界を悟り、DFとしての期待に感銘を受けた江口のプレーはガラリと変わった。品欲に先輩にアドバイスを求め、友成や仁科といった強面の面々にも自分の意見をぶつけるようになった。その変貌に、最年長のチョンが舌を巻いた。

「かなりの荒療治だったらしいが・・・よく立ち直れたもんだ。んで、人間もガラリと変わったな」

「むしろ今までの指導者が釘を刺しきれなかったってことでしょう。レンタルってことで変に気を使われたんでしょ。なまじ才能があったぶんね」

 竹内の予測にチョンが頷く。

「しかし、頼もしくなるにはまだまだかかりそうだ。しっかり見守るとするかね」



 だが、この時期から、和歌山は突如失速することになる。


 まず9節、ホームで迎えた山形戦。下位に低迷する相手に勝ち点3を狙ったのだが、慣れない長距離移動を含めた五輪代表活動の疲労が見え隠れする攻撃陣が、再三のチャンスをモノにできず、引きずられるように若手もミスを繰り返す。さらに、山形自慢のハイプレスが守備陣をじわじわと削り続け、終了間際・・・。


「うそ!オフサイドじゃない!?」

「あ、ヤバい!!」


 裏へ抜け出した山形FW高村へのオフサイドトラップが、江口のポジションミスで失敗。決勝点を献上し、今季初黒星を喫する。


 続いてホーム連戦となった東京戦。剣崎、猪口をベンチに、竹内をメンバー外とスタメンを入れ替えて臨んだが、代わりに起用した選手がかみ合わないまま、東京のブラジル人FWの個人技で2失点。セットプレーで野添、江口のレンタル組ラインで1点を返したものの及ばなかった。


 そして11節。アウェー長崎戦。それまでの快進撃が綱渡りだったことを暴かれたかのように、信じられない大敗を喫する。運動量と連携の熟練度で勝る長崎イレブンの猛攻にされるがまま失点を重ね、引っ張られるように攻撃陣も空回りして4-0の大敗。枠内だけで11本のシュートを打ち込まれ「あと3点は取れてたけど、友成がそれだけ凄すぎましたね」と敵将に言われる始末だった。


「まあ・・・。ある意味では当然の結果かな、とも思ってます」

 どちらかと言えば感情を表に出さない松本監督だったが、さすがにこの日の会見では肩を落としているのが見て取れた。

「ここ最近はようやく移籍組が動けるようになっているので、手応えもあったんですけど。反比例で五輪組が動けないんですよね。そういうときに、結構チームの化けの皮ってはがれるもので、僕を含めてまだまだ、親離れできていないというか・・・。やっぱ彼らに頼る比重ってのがいかに大きいか。改めて思い知らされたのが一番の収穫ですね」

 ふうっと息を吐いて、こう会見を締めくくった。

「まあ出直しです。でも振り出しに戻りはしたけど、すごろくと違ってあがりのマスは最大で6つありますからね。気長に構えて、早急に立て直していきます」



「あ~くそ!!」

 和歌山に戻ってからの練習日。ウォーミングアップでのランニング中、江口が突然叫んだ。

「どうしたボウズ、いきなりいきり立つんじゃねえぞ」

 隣にいた仁科が頭を叩いてそれをとがめたが、江口は憮然とした表情で首を傾げる。

「だってニシさん。俺今守備にやりがい感じれるぐらい心が入れ替わったんすよ?なのにそっから連敗って悔しいじゃねえっすか」

 そんな江口に、背後から友成が飛び膝蹴りを喰らわせた。

「自惚れんなよボンクラ。心入れ替えたっつってもてめえそれまでどんぐらいツケてきたんだ。んな簡単に進化できるんだったら、昨日までの素人が次の日にはプレミアに行けるわ。せいぜい今までの行いを反省しながらまるで感じられない成長に悶絶してろバーカ」

 地面に突っ伏して説教(という名の罵詈雑言)を聞かされていた江口。顔を上げたときには涙目になっていた。

「ニシさ~ん。あの人マジでえぐいっすわ。飛び蹴りと暴言ってただのいじめっ子じゃないっすか。オフシーズンVシネマに出てないですか?」

「知らんわ。まあ、しかし、キツイ冷や水だなおい」


 しかし、江口がこうしていら立ちを吐きだしたくなるには、もう一つの理由がある。


 次節のホームゲームで、今シーズンJ3から4年ぶりにJ2に戻ってきた町田レオーネと対戦するのだが、江口が今着けている背番号4、その前任者が凱旋するのである。



「江川がここまで覚醒するとはな・・・。逃した魚は大きかったか?」

 首脳陣がクラブハウスで町田の試合映像を検証している最中、宮脇コーチが感嘆の声を漏らした。

「まあ、うちじゃ正直頭打ちの状態だっかからな。移籍という出来事が空を破るきっかけになったんだろう。それに、元々これぐらいはできた選手だ。図らずも独り立ちという状況になって、一プレイヤーとしての欲と自覚を身に付けられたんだろう」

 そう言って、松本監督は映像に目を戻した。


 江川樹。アガーラでは剣崎らクラブ最強世代の一人で、昨年まで在籍したバイプレイヤーだった。今シーズン、戦力外通告を受けた身でありながら町田でそのサッカー人生を繋ぎ留め、見事に覚醒。ここまで全11試合にフルタイム出場を果たし、若き司令塔として町田を引っ張っているのである。そして、それゆえに今まで不甲斐なかった江口と、覚醒した江川とでは背番号4を背負ったもの同士で間違いなく比較されてしまうのである。



 剣崎ら五輪組がトゥーロン国際大会に出場するために、離脱前最後の試合でもある。はてさて、どうなることやら。

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