FWとして生きるということ
ハーフタイムのホイッスルとともに、いつも以上に大股で歩き、真っ先にピッチから出た剣崎は、ロッカールームに入るや来ていたユニフォームをホワイトボードに叩きつけ、シャワールームに消える。その時の音が外の通路まで聞こえ、江口の顔面は死体のように血の気を失った。
「江口。そんな顔するな。まあ、剣崎が何でお前に怒ってるのか、分かってないとそうならないよな」
そんな江口に、背後から竹内が声をかけた。
「す、スイマセン・・・。なんか俺、FWってことに舞い上がっちゃって・・・」
「まあ、一度FWやったらまたやりたいもの。だって、一番目立つし、ヒーローになりやすいしな。俺だって、できるならFWでプレーしたいよ」
「そ、そんな・・・。トシさんそんなこと全然感じないじゃないっすか。意外だな・・・」
「で、ここから本題なんだけどさ」
幾分江口の気持ちが和らいだところで、竹内は諭すように話した。
「でもな。お前はFWとしての『結果』しか見えてないし目指してない。だから、得点が決まりやすい形にこだわっちゃうんだ。でも、それじゃあ絶対にFWはできないよ。FWは一番勝敗の責任を背負っているんだ。無失点と言うだけじゃ、勝利という結果は絶対に生まれない。だってサッカーの勝敗は『どれだけ相手を圧倒したか』じゃなくて『どれだけ相手より点を取ったか』だ。どれだけ守備を頑張っても、守るだけじゃ得点は生まれない。お前はきっとそう言うところが嫌でDFが身にならないんだろ?」
ズバリ当てられて閉口する江口。竹内は続ける。
「でもな、FWっていろんな責任を背負う。サポーターの期待もそうだけど、守備陣の踏ん張りにも報いるのが得点なんだ。点を取れなきゃ、無失点が勝利にならないんだ。守備が完璧であればあるほど、周りはFを戦犯にして吊し上げてくる。お前はそれに耐えられるか?それだけじゃない。たとえ自分がハットトリックを決めたとしても負けることだってある。お前、そんな時『自分がもっと点を取れれば勝てた』って言えるか?・・・あいつは全部受け止めるし、そう言えるよ?プロでFWとして生きるってことはそれだけ重い。ましてやエースとなればね」
そう言って、竹内はポンと江口の背中を押した。
立ち尽くした江口は、生まれて初めて、自分のプレー、考えに恥ずかしくなった。華やかであればあるほど、大きくなる責任やバッシングに対して、自分はまるで考えたこともなかったし、考えるのを避けてきた。覚悟もくそもなく、自分がサッカー選手として相当甘いことを痛感したのである。すると、頬を熱いものが伝っていた。
「気づけたか?自分の考えに」
そう声をかけてきたのは、松本監督だった。
「FWに対して未練があるのは分かっている。だが、お前の未練は華やかさだけに囚われていたものだった。少々荒療治だったが、こうなることを分かってて今日お前をFWにしたんだ」
そう言って頭を下げる監督に、江口は何も言えなかった。こうでもしないと、おそらく自分の自惚れに気付けなかったろう。釈然としない気持ちもあったが、それ以上に感謝の気持ちがあった。
「いえ・・・。俺がバカすぎました。むしろありがとうございますって感じです。こんなんじゃ後半に出ても足手まといです・・・」
「ただ、これだけは言っておきたい。お前の才能は、今五輪代表の主力にもなった大森以上だ。お前の努力次第になるが、日本代表レベルで勝負できる力はお前にある。だから獲得してもらったんだ。虫のいい話かもしれんが、今後はセンターバックとして精進に励んでくれ」
真剣に語り掛けてくる松本監督の言葉。今の江口にはすべて耳に入れることができた。
その後試合は、江口に代わって起用された小松原がチームを蘇生させ、竹内で追いつき、剣崎で追い抜く逆転勝利を収めた。
そしてこの日以降、江口の姿勢が明らかに変わった。ここから、センターバック江口の快進撃が始まるのであった。




